表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
抗い 結ぶ  作者: すら氏
第1章「ネズミは闇夜に溶けはしる」
19/22

第14話 【結②】後

 〇


「さて……」


 起きて椅子に座り、机の上、瓶の中の『忘れ虫』を見つめる。

 この中から不正の証拠を取り出さなくてはいけない。つまりは改竄される前の紙片か、記載された名前か、あるいは……。


「どうするんだ? また契約を結ぶのか?」


 横に立つシンが訊いてくる。


「いや……」


 薄い知識だが、『忘れ虫』は、記録の出し入れに使えると言う。記録を好んで喰うというのは、腹の中に記録を溜め込む性質のせいだ。

 その腹の中にうっすら透けて見える喰い溜めた紙片や黒い筋。

 それらが、概念だとしても、そこに『在る』のだ。

 吐き出させれば良い。

 

「あとはきっかけだけ……。まあ……やはり、こうするしかないか」


 アタシは、机の上に、瓶の蓋を外して置く。

 軽く魔力を込めた右手の親指で、左の手の平、下の部分を切り裂いた。皮膚が裂け、血がにじむ。

 蓋の上に魔力を込めた血を垂らす。

 そのまま、『忘れ虫』をその上へ。


「うえ……触りたくないなあ」


 言いながら、指で軽くぶよぶよとしたその腹をつまむ。

 魔力を込めてその腹を、何度か押し出すようにした。


「お、おい。どういうことだ? 大丈夫なのか?」

 

 シンが少し動揺した声で言った。契約存在についてはコイツの方が知識があると思っていたが、そういうわけでもないらしい。

 つまりこういうことだ。

 『忘れ虫』の中から、なんらかの記録の概念が取り出せるとしても、何も指定が無ければ、良くわからないものが無作為に出てくるだけ。

 今欲しいものは『(かえ)(どり)』に関する何らかの記録。

 ……手がかり、きっかけになるのは、アタシの魔力を込めた血。一度『(かえ)(どり)』と、仮契約とはいえ、血絆(ブラッド・リンク)を結んだそれ。

 『忘れ虫』はアタシの血に近づくと、それをたしかめるように頭らしき部分を近づけ、アタシの押し出すような魔力に応えた。


 光がほぐれるように、『忘れ虫』の頭らしき部分から、茶色い、半分液体のような、固体が流れ出てくる。

 茶色い半液体はそのまま、どろどろと流れ、(うごめ)いたかと思うと、――文字の書かれた紙片を形作り、固まった。

 紙片に書かれた文字は『(かえ)(どり)』。

 文字の色は――青。円座(カデンツ)送りを意味するそれ。


「ふう。――決まりだな」


 一息つき、紙片を手に取り、それを指で弄ぶようにして、アタシは言った。蓋の血の上で蠢く『忘れ虫』を横目で見ながら。


「なぜだ。フェルナー……」


 シンは呟くように言った。

 信じられない、信じたくないという雰囲気で。

 自分から、不正の話を振ってきたくせに勝手な男だ。

 シンはしばし黙り込み、視線を落とした。

 

 そして――意を決したように、口を開いた。


「この際だ。疑問を解消してしまおう。――サキ。もう1つだけ頼む」


「ふふん。諦めたようだな。あの気持ち悪い男は裏切り者だ。……もう1つ? 何を探るんだ?」


 シンは答えず、しばしアタシを見た。

 その目の意味がわからず、アタシは軽く首を傾げる。


「……お前の、最初の記録だ」


「はあ? (わたくし)の?」


「ああ」


(わたくし)の名前があるとすれば、あの『契約災害対処に関する』……なんとか『同意書』と言うものに書いた名前だけだ。貴様もあの日見ただろう。自分の名前だし、色は変わっていなかったぞ」


 フェルナーがあの日、大聖堂の祭壇の上で見せつけてきたそれ。シンもその場にいた。

 時間が押し迫る中、署名してしまった自分の迂闊さを今でも悔やむ。

 ……いや、それでも、あの思慮深いネモラのチェックさえすり抜けたのだ。時間をかけたとて、罠に気づけなかったかもしれない。


「いや。それはあくまで、我が組織とお前の間の契約書だ」

 

 シンはきっぱり言った。

 

「支部に来たものは、契約の器も契約存在も、等しく支部長が別の用紙へ記載する。お前の名も、記録として円座(カデンツ)へ送られているはずだ」


 そこで一度、シンは言葉を切った。


「そして……オレの推測が正しければ、それは……」


 言いたいことは、わかった。

 わかってしまったからこそ、先に切り捨てたくなる。


「……言いたくないが、(わたくし)に価値があったのは、グラファリエルとともにあった時だろう。記録されていたとしても、今は……改竄の価値など無い」


「いや。契約の器の価値は、中身――つまり契約存在で変わらない。お前が黄金竜を失ったとしても、我らにとって、その価値や、記録される文字の色は変わらない」


 シンはそこで、少しだけ目を伏せた。


「……頼む。お前のためじゃない。オレの疑問のためだが」

 

「そこまでいうならまあ……。といっても、何も出ないかもしれないぞ。(わたくし)は、そちらの可能性の方が高いと思っているからな」


 シンの勢いに押され、渋々、蓋の上の『忘れ虫』を見る。

 まだ、アタシの魔力を込めた血の上にいるから、手がかりとしてはそれで十分だ。なんなら『返り鳥』よりきっかけとしては強いはず。

 改竄されたアタシの記録があるとすれば、『返り鳥』より古い記録だから、概念的にはずっと奥の方になるのか? 

 とはいえ、『返り鳥』とアタシの記録の間に、フェルナーが何も喰わせていなければ、近い記録になるのか。……あるとも思えないが。


 嫌悪感を覚えながら、指で軽くぶよぶよとした『忘れ虫』の腹をつまむ。

 魔力を込めてその腹を、何度か押し出す……前に、蓋の上の血と似た種類の物を探る。

 ――っ!

 ある、ような気がする。血が、『忘れ虫』にとってだけではなく、アタシにとっても手がかりになっているのかもしれない。


「ふう……これ……か……?」


 探り当てた――といっても違和感程度の――それを押し出す感覚で、魔力を通す。

 『忘れ虫』はアタシの押し出すような魔力に応えた。

 光がほぐれるように、『忘れ虫』の頭らしき部分から、茶色い半液体めいたものが流れ出る。『返り鳥』の時と同じく。

 どろどろと流れ、(うごめ)いたかと思うと、――文字の書かれた紙片を形作り、固まった。

 紙片に書かれた文字は――『ヴェルザキーナ・フォン・ローゼンヴァルト』。


「……本当にあるとは」


 信じられず、思わず、呟く。アタシに改竄するほどの価値があるとは思えなかったから。

 だが、その文字の色は――赤でも青でもない。

 白に近い、輝く『緑』だった。ほとんど白と言っても良い。


「見ない色だな。3つ目があるなら言っておいてくれ。おい、シン。緑は何だ?」


 自分の記録などない、と言っていた手前、少しの恥ずかしさを覚えながら、軽口のようにシンに訊く。

 しかし、返事がない。


「おい、もったいぶらなくてもいいだろう」

 

 言いながら、怪訝に思い、シンの横顔を見上げた。

 ――蒼白で、表情を失ったシンの顔。

 一拍おいて、返事が返ってくる。

 

「『緑』は……円座(カデンツ)以外、手出し無用。……即座に円座(カデンツ)へ送れないのなら、絶対にそれに手を出すな、だ」


 〇


「バカな……。フェルナーは……何を考えているんだ……」


 シンが呆然と呟く。

 そのまま、はぁはぁ、と荒い息をつき、ふらふらと焦点の定まらない目が、ゆっくりとアタシを見た。

 明らかに動揺している。


「おい、どういうことだ? 意味が分からん。説明してくれ」


 言いながら、紙片を横にずらし、『忘れ虫』を瓶へ戻し蓋をする。

 アタシの名前があったのは意外だったが、もういいだろう。


「今、言ったそのままの意味だ。記録した時点で……その色が出たのならば、即座に円座(カデンツ)へ送る。青とは違って、移送係が来る期限を待つのではなく、可能な限り早く。契約を結ぶなど、(もって)ての(ほか)だ! 誰が窓口になっていたとしても、契約を結んだのなら、即座に取り消されるべき案件。……いや」


 そこまで早口に言って、シンははっきりとアタシの顔を見た。

 そのまま、シンはアタシの両肩をつかむ。意識をしていなくても、いや、意識していないからこそ、今この男の握力はとんでもなく強い。

 座ったまま、身体をずらされ、正面からシンを見るような体勢になった。

 

「いや、いやいやいや……。そもそもお前は、我が組織との契約で何を得た? 何を要求した? よほどの何かを得なければ、『緑』……お前ほどの価値がある者との間に、成立しない、いやさせてはいけない契約だ」


「はあ? (わたくし)は貴様らとの契約で得たものなんか無い。要求したことなぞ無いはずだ」


 応えたところ、肩をつかんだままのシンの顔がゆがんだ。

 

「――――っ! では、お前は、最初から騙されて……?」


「最初からそう言っているだろ。要求するとすれば、そうだな。さっさと家に帰してくれということだ」


 シンの顔が、いや、上半身が、アタシの肩をつかんだまま、がっくりと落ちた。

 そのままの勢いでシンは、がくん両膝を落とし、床につく。

 

「お前と我が組織の間で結んだ契約は、反抗の恐れがある構成員と、我が組織との間で結ばれる、奴隷のような契約だと言っただろう? 我が組織の力は強大だ。知れば、その力を借りたいものも多い。また、報酬を得る代わりに構成員として働かせてくれと言う者もいる。力を貸す代わりに、組織の力になってもらう。で、信用できない者をその契約で縛るわけだ。契約の前にしろ、後にしろ、助力か、報酬は得られる。意に反して結ぶことなど無いはずなんだ」


「……っ。はずとはなんだ、はずとは」


 シンは続ける。アタシの顔を見ずに、顔を下に向けたまま。


「オレがお前をここへ連れてきたあの日、オレがフェルナーに言われたのは『契約を結んだものの、召喚に応じない、竜を持った強い少女がいる』だ。その少女を連れてくるように、と『門』を通じて、お前の学校へ現れた。竜を持っているから価値はある、野放しには出来ない、としてな」

 

「……召喚に応じるも何も、(わたくし)があの契約書に署名をしたのは、貴様に会った日だ。応じられるわけがないだろう」


 シンの肩が目に見えて、さらに落ちた。


「……オレは、お前のことをずっと、何かを我が組織との間で得た、あるいは報酬として何らかをこれから得るものだと思っていた。その代償として契約を結んだにもかかわらず、それに逆らった愚かな者だと」


「なっ……。何を言っている!?」


「考えてみれば、最初からおかしかった。修練の結果だとしても、並外れた魔法の力……いや、それを差し引いても、3つも契約を結んで、平然としている契約の器としての大きさ。有能すぎると、もっと早く気づくべきだった」


 シンの声が、そこで鈍く崩れる。


「すまない。今の今まで、オレはお前のことを、かわいそうではあるが、自ら結んだ契約への、愚かな違背者だと思っていた」


 ふらふら、と上がってくるシンの上半身。

 その泳ぐ目がアタシの顔を捉えた。


「これでは、お前を攫ったオレは、ただの加害者で、お前はただの被害者だ。すまない。許してくれ……許してくれ……」


 バカな……。

 すぐには呑み込めなかった。

 当初からコイツとアタシの認識が違っただと?

 許してくれ、と言われても、状況を飲み込めない。

 ――いや。


「あの日、(わたくし)の前に会った6人……ネモラたちがいただろう」


 頭の中で、いくつものことがぶつかっていたが、その中でも一番先に浮かんだのは、あの夜の光景だった。

 アタシ寮に帰る途中、


「貴様、ネモラたちをどうした」


 シンは一瞬だけ息を止めた。


「……お前を連れて行くのに、邪魔だった」


 あまりにもまっすぐな答えに、喉が詰まる。


「邪魔……だと?」


「ああ。フェルナーからは、お前を連れてくる上で、障害があるかもしれない、とは聞かされていた。だが、当時のオレの認識では、お前は契約を結んだうえで召喚に応じない、危険な少女だ。竜を持ち、力があり、反抗の可能性もある。だから障害の排除と速やかな回収を優先した……。お前が見たものはその結果だ」


「貴様……」


「すまない。……命に別状はないと以前言ったことは、間違いではない。後遺症も残ってはいないはずだ。だが、傷つけたのは、……それもオレの誤ちだ」


 ぐ、とアタシの奥歯に力が入る。

 睨みつけた視界がぶるぶる震えた。

 そのままの勢いでアタシは訊く。


「本当に無事なんだろうな……。いや、『即座に取り消されるべき案件』。ならば、(わたくし)が結んでいるこの契約は、今からでも取り消せるのではないか?」


 シンの眉が情けなく、落ちた。

 普段の力強さが嘘のように、震える唇で情けなく、目の前の大男は応える。

 

「あ、あ……。いや……。あの時すぐなら取り消せたはずだ。だが、時間が経ちすぎたし、しかも、黄金竜が違背の代償として失われ、執行された今となっては……」


 出来ないと言うことか。

 黄金竜。その言葉が、さらにアタシの神経を苛立たせた。

 そのまま、アタシは、立ち上がり、シンの胸倉を両手で力任せに(つか)む。

 

「ふざけるな。……ふざけるなよ。先ほどから、貴様の言葉を聞いていると、グラファリエルが死んだのは、……ただの手違いで、貴様の勘違いがほとんどの原因で、……本来、何も意味がなかったと。失われるべきでなかった事故であると。……そう言っているように聞こえるが」


「……そうだ。すまない。取り返しのつかないことを。すまない……」


「ふざけるなよ!」


 ガツッ!

 叫んだアタシは、左手で胸倉をつかんだまま、拳で思い切りシンを殴りつけた。

 足りない。気が済まない。

 もう1発、2発、3発、4発……と殴りつける。

 はぁはぁ、と息が切れる。


「グラファリエルをなんだと思っているのだ! 名誉ある戦いの中で失われるならまだしも、わけのわからない貴様らとの契約で失われたのだぞ! しかも、それも本来起こるべき事態ではなかっただと! アタシたちを馬鹿にするのも大概にしろ! すまない? すまないだと!? 今すぐグラファリエルを返せ! グラファリエルの命を戻したならば、その謝罪、受け入れてやる! 強大な組織なのだろう? 力はいくらでもあるのだろう? さあ、早くしろ!」


 言って、いや、言いながらも、何度も殴りつける。

 シンは、苦悶の表情を浮かべ、謝罪を何度もしながら、何度(ふる)ったかわからないその拳で、殴られるがままになった。

 鍛えていない拳で殴ったならば、アタシの拳頭(けんとう)や小指の付け根から、皮が破けて血が出たり、手の骨が折れたりしてもおかしくない勢いではある。

 だが、鍛えて硬いアタシの拳は、そんなもので傷ついたりはしない。せいぜい、骨に鈍く響くくらいだ。

 少しずつ思考が戻ってくる。

 

「はっ……。はっ……。貴様の謝罪など意味がない。それに、こうして殴っていても、契約の執行が、……何も奪われる気配が無いと言うのは、アタシの拳に、貴様を殺す力が無いと言うことだろう。クソっ……」


「うう……すまない」


「……いや。待て。貴様が誤認していたのならば、それをさせたのは、……フェルナーで、つまり、それは……」


「ああ……」


 シンはアタシの言葉に相槌を打つと、そのまま、力なく、呟くように言った。


「フェルナーの狙いは……最初からお前だ。あの時手に入れようとしていたのは、黄金竜ではない。推測が正しければ、最初からお前1人が目的だ」


 〇

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ