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抗い 結ぶ  作者: すら氏
第1章「ネズミは闇夜に溶けはしる」
18/23

第14話 【結②】前

 〇


「――『顕現(アルパレオ)』」


 光の消えた夜の中、自室の机の前に座りながら。

 もう何度目の訓練になるだろう。

 呼び出しの声に応じて、 左手首のタリスマンの宝石が、ぼう、と黒っぽい灰色に光り――。

 ――少しの闇のゆらぎとともに、机の上に、契約存在であるネズミが現れた。

 すり、と。アタシの腕に、軽く頭を()り寄せてくる。

 汚らしいと嫌っていたが、コイツはなんだかんだ、当初からアタシになついている。

 考えてみれば、初めて呼び出したときから、擦り寄る様子があった。

 まあ……この小さな契約存在には、アタシしか主はいないのだ。見捨てられたら終わり、みたいな意識があるのかもしれない。

 誇り高き黄金竜(グラファリエル)とは違う。


「よし、今日はこれな」


 言って、小さな食べカスを嗅がせる。


「――わかったか?」


 こく、と頷くように頭を軽く下げたネズミは、机の脚を走り降りると、そのまま、扉を抜け、回廊の闇の中へ消えた。

 

 ――少しの間が空いて、闇の中から、音も無くネズミが戻ってきた。

 手にチーズの欠片を持っている。

 魔力を通じて、厨房へ行き、取ってくるように目的を与えたものである。

 互いに力を通さなくても、四六時中、契約の内でアタシを見ているからか、意図を汲んでくれるようにはなっていた。

 だが。


「いや、……チーズではないんだ。同じ発酵食品だが、今日は、あれだよ、あの茶色っぽいやつ。……まあ、訓練だから良いか。仕方ない」


 言って、苦笑するアタシ。

 ネズミの取ってくるものは、物の臭いを嗅がせたうえでも、なお成功率は低かった。3割に満たないといったところだろうか。

 意図を汲んでくれるのは良いのだが、そもそもが契約存在だ。臭いで物を判別するのではなく、似たようなものを持って来てしまう。ひょっとすると、アタシの中での物の認識が曖昧で、それに精度が依存しているのかもしれない。

 ネズミが、心なしか、申し訳なさそうに、(こうべ)を垂れている。

 アタシの様子で、がっかりしているのが分かるのかもしれない。物の区別はつかないが、アタシの気分だけは察してくれる。


 ……解決の手段は分かっている。

 力を通すことだ。より強くアタシとネズミをつなげ、ネズミの力を増幅させ、意図も精度を上げて伝えることだ。

 軽く……試しに、軽く、そっとだ。もう一度取ってこさせよう。

 力を通して、もう一度……。


「ぐっ……あっ……ぁぁぁぁぁぁ」


 通した瞬間、頭がガァンと殴られたように……、その後ズキズキと。全身も細かい雷撃魔法を通されたように。

 思わず苦悶の声を上げてしまう。

 『完全なる秩序』との契約と、契約存在の力が、アタシの身体でぶつかる痛み。内側から来るこれは、いくら身体を鍛えても変わらない。

 苦痛に耐えきれず……力を通すのをやめた。瞬間、痛みは消える。

 

「……クソ。どうにか耐える方法は」


 解決策は……思いつく限り1つある。あまりやりたくないが。

 と。ネズミが、心配そうにアタシを見てくるのに気付いた。何度も、鼻先を摺り寄せ、慰めるようにしてくる。

 よしよし、必ずお前を使いこなしてやるからな。


 〇


「サキ様! 湯舟にネズミを入れないでください!」


 いい気分で、岩で出来た温泉の湯舟に浸かっていたところ、リタに叱られた。

 近頃のアタシは、寝るとき以外、ネズミと常に一緒に居る。

 つまり……こうだ。

 黄金竜(グラファリエル)と一緒の時は、もっと全身がバラバラになる痛みでも耐えられた。同種の痛みであっても、ネズミの力と、そこからくる痛みはずっと弱いのだから、長時間耐えることさえ出来るはずだ。アタシが、黄金竜(グラファリエル)に力を使えたのと同じくらい、ネズミに力を発揮してもらえるように、痛みに慣れる訓練をすれば良い。

 あるいは、ネズミに力を発揮してもらいたいと思えるくらい、ネズミを愛せれば良いのだ。……汚らしく矮小な存在だが、今のあたしにはこれしかないのだから。


 よって、ネズミを愛するために、四六時中出していることに決めた。

 なあに、フェルナー曰く『ただのネズミではない。低級だが契約を結ぶ価値のあるもの』だからな。

 あまり頭も良くないし、力も弱いが……。きっと出来るはずだ。


「いいじゃないか。ちゃんと洗ったぞ」


 言うアタシの傍には、少し浅いところで、湯船に体を半分つけて(くつろ)ぐネズミ。ちゃんと石鹸で洗ったからその黒っぽい灰の毛並みも艶々(つやつや)だ。


「そういう問題ではありません! 小さい子たちが、自分たちも、他の動物を捕まえて入れたいとか話してるんですよ!」


 リタの顔はぷりぷりと赤い。

 年下の子なのに、なんだか、実家の母に叱られているようだ。


「わかったよ……じゃあ、頭の上に乗せておくか」


 言って、ネズミをつまみ上げ、頭に乗せる。

 ネズミはおとなしく、それに従い、頭の上に乗っかり、バランスを取って体を丸くした。


「あまり良くないですが……まあ湯舟の中よりは」


「リタは厳しいなあ……」


「ただの常識です! それと、最近、気をつけているのに、厨房でネズミが袋をかじった(あと)とかがあるんです。そのネズミじゃないですよね?」


「……多分、違うのではないかな。ははは……」


 乾いた笑いと滝のような冷汗は、風呂の湯気にすぐに隠されて、リタにはバレなかった。


 〇


 何日かが過ぎた。

 ネズミを使いこなすには、十分な時間が。

 ――いやそれは言い過ぎか。だが、匂いを辿り、目当てのものを1つだけ持ち帰らせる。

 そのくらいなら何とかなる。


「サキ、これで良いか?」


「ああ。物持ちが良いな、貴様は」


 夜の闇の中、携帯照明のみのアタシの自室。

 シンが差し出したのは、木製の蓋のついたガラス瓶。

 『忘れ虫』と同時に回収したが、フェルナーが不要と断った物だ。

 アタシなら、気色悪くてすぐに捨ててしまうだろう。

 

「……何かに使えるかと思ってな。貧乏性だ」


「一応言っておくが、首尾良く『忘れ虫』を手に入れたとしよう。だが、不正があるとしても『忘れ虫』を使ったとは限らん。見つからなかったらどうするんだ?」


「ん。他の手段を考えるか……あるいは、不正はなかったとして諦めるさ。オレとしては、フェルナーがそんなことをしたなんて思いたくはないんだ。付き合いも短いわけじゃない」


「たまに思うが、貴様、良いやつだよな」


「……監視役失格なのかもしれん」

 

 言うと、シンは考え込むように少し黙った。

 アタシはネズミを呼び出すことにする。


「――『顕現(アルパレオ)』」


 立ったまま唱えたそれに応じて、左手首のタリスマンの宝石が、ぼう、と黒っぽい灰色に光り――。

 ――少しの闇のゆらぎとともに、足元に契約存在であるネズミが現れた。

 受け取った瓶と蓋を見せ、嗅がせる。

 ネズミはおとなしくそれに従い、確かめるようにしている。

 

「わかるか? 今、力もくれてやる」


 言って、細く薄い互いのつながりに、力を通す――。

 ガンガンと重く、殴りつけてくるような頭痛と、走りぬける全身の痛みに、思わず、目を閉じる。


「ぐっ、……くうううぅぅ……ぁぁぁぁぁ」


 苦痛に耐える声が、勝手に漏れ出る。

 立っていられず、思わず、しゃがみ、膝をついた。

 目を開けると、視界の端が、薄い灰色に染まっている。

 力が互いに通った証だ。アタシの目を外から見れば……おそらく、灰色の鈍い光に包まれているだろう。

 しゃがみこんだアタシを、ネズミが見上げる。気遣(きづか)う様に。


「心配するな……。行け、お前の力を見せてやれ!」


 一声かけると、応えるように、つい、とネズミは頭をもたげた。

 そのまま、部屋を走り出て、回廊の闇に消える。

 

「ぐ……」


「大丈夫か?」


 苦痛にうめき、奥歯を噛むアタシの傍に、シンがしゃがみ、顔を覗き込むようにしてくる。

 正直、あまり見られたい顔ではない。

 

「……このままの姿勢でいいから、肩を支えてくれないか」


「ああ。……すまん、力になれたら良いのだが」


 言うと、シンは両手で、アタシの両肩を包み込むように支えた。

 隣に誰もいなければ、みっともなく、床に頭をこすりつけて痛みを紛らわしたいくらいだ。

 痛みの中、支えられている肩がやけにはっきり感じられる。

 目的の保管庫は、居住区の回廊を抜け、聖堂の扉を抜け、――石畳の広場と道の先。

 フェルナーの自室に隣接したそこは、ネズミの足では遠い。ネズミ特有の抜け道でもあるのかもしれないが、それにしても。

 

 はぁはぁ、と。荒い息をつく。ネズミが遠くへ行った感覚はある。

 痛みに耐え、信じて、――待つだけだ。

 ……『完全なる秩序』との契約が邪魔しなければ、アタシの力も何か強化されるのだが。

 

 まだか……。まだか……、と。

 シンに何度も、謝るような励ましを受けた長い時間――体感だが――が過ぎた。


「……来たか」


 呟くように言う。回廊の闇の向こう、かすかにその気配がある。

 いや、気配はない。ネズミは闇夜に溶け込み疾走(はし)る。気配すら残さずに。

 アタシが察知したのは、つながったその小さな感覚だけだ。

 闇を抜け、開いた扉から、うつむくアタシの目の先に、走り寄る小さな灰色の影。

 口に咥えられていたのは、紙片でも木札でもない。

 古びた羊皮紙のように黄ばんだ、乳白色の虫だった。


「……よくやった」


 呻き混じりに言うと、ネズミは応えるように、誇らしげにそれを咥えたまま掲げた。

 咥えられた忘れ虫の腹の節が、うっすらと(うごめ)き、内側に黒い筋めいたものが幾重にも透けて見えた。


「瓶だ、シン。早く」


「ああ」


 短く応えたシンが、蓋を外したガラス瓶を床へ差し出す。

 ネズミは、そのまま忘れ虫を瓶の口へ落とした。


 からり、と木蓋の閉まる音がする。

 瞬間、アタシはようやく力を抜いた。

 

 灰色に染まっていた視界が揺らぎ、遅れて、何かが喉の奥からせりあがってくる。


「おえっ……うえっ……えええぇぇぇ……えろろろろろろ……」


 我慢できずに、アタシは床の上に、盛大に吐しゃ物をまき散らした。


「っ……大丈夫か。すまん、サキ、ここまでやってくれるとは……」


 言いながら、シンは、近くにあったゴミ箱をアタシの吐く下へ置いた。

 せき込みながら、それへ向けて、吐ききる。


「えうっ……げっ……えっ…………はあっ……はあっはあっ」


 言いながら、多少すっきりした視界――灰色は無く、代わりに少しの涙がにじむ――で、床を見る。

 心配そうにアタシを見上げるネズミが見える。


「よしよし、よくやった。後でまた一緒にお風呂に入ろうな」


 言うと、ネズミは嬉しそうに、一番近くのアタシの身体――足へすり寄り、頭をこすりつけてきた。

 そのまま淡く光り、輪郭がほどけるように揺れ、次の瞬間には光とともに、宙へ沈むように消える。

 次に呼ぶまでは、契約の内側だ。

 

 アタシはゆっくり立ち上がると、ふらふらとベッドへ。

 そのまま、ベッドの中へ、飛び込むように、うつぶせに倒れこんだ。

 

「サキ……」


 心配するシンが寄ってくる。

 

「『忘れ虫』を使う前に少しだけ休む。……床の上のゲロを掃除しておいてくれ」


 そこまで言って、張りつめていた意識が切れた。


 〇

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