第13話 【結① 吹きおろす風に立つ】
〇
「……ふごご、ふご、……んがっ!」
は、と目を覚ます。
薄闇の中、動く気配を感じたからだ。
両腕に重みを感じる。
目をやれば、両脇へ、小さな女の子たちが、しがみつくようにして眠っていた。
人の見分けがどうにかつくくらいの薄闇の中、動く気配は、リタと、もう2人の幼い子ら。
近頃の日の出は早い。それよりもおそらく前であろうから、朝と夜の境目くらいの時間帯だろう。
そっと、しがみつく子らを起こさないように、腕を抜く。
立ち、部屋を出ようとするリタたち3人へ近寄り、声を掛けた。
「おはよう。もう起きるのか。ずいぶん早いのだな」
「おはようございます。朝食の支度がありますから。サキ様はもう少し寝ていてください」
そう言って、リタたちは頭を下げ、アタシへ戻るように促す。
遅くまで話していても、仕事はいつもどおり、ということらしい。
せっかくの申し出だが、この姿を見せられては、負けられぬ。断ることにした。
「いや……朝食まで、軽く身体を動かす。その、布団は……」
寝て起きた布団がそのままだ。
「それなら、後からみんなで上げておきます。私のも、そのままです。今やると、みんな起きちゃいますから」
「そうか……、では頼む」
共同生活。規則はどこにでもあるものだ。
〇
軽く水を飲み、外へ出るとシンがいた。
少し明るくなってきた夜明け前の薄明。その中で、懸命に剣を振っている。
この男はいつもそうだ。子供たちの相手をしているか、完全に寝ている時以外は、とにかく身体を鍛えている。
近寄ると、こちらへ気づき、声を掛けてきた。
「おはよう、サキ。どうだった、久々の子供らしい部屋と時間は」
「……おはよう。何が子供らしい、だ。馬鹿にしやがって。……私のいびきがうるさいと、子供らに教えただろう」
「ああ、そりゃな。隠していても、いずれ知られるだろ」
「……黙って、耳栓を使わせるとか、方法はあったじゃないか……」
朝から、頭に血が上るのを感じる。
まあいい。どうせ、鍛えに来たのだ。発散してしまおう。
ふう、と。1拍、呼吸をして、アタシは言った。
「剣の相手をしてくれ。後で子供らに、魔力の扱いを教える約束をした。私もそれまでに、自分を追い込まねば」
素振りも良いが、相手をしてもらうのも、剣の上達には良い。
と。思いがけない言葉がシンから出てきた。
「構わないが……。魔力の扱いか。オレも後で教えてもらって良いか。……使いたい魔法がある」
「ほ、ほう……。どんな魔法だ? 私の使えるものなら……」
この男、魔法へはまるっきり、興味を示す様子はなかった。剣では話にならない腕の差があるが、魔法ならアタシの方ができるだろう。
たまには、シンの優位に立ってみたい。
シンは、少しの逡巡を見せると、言った。
「ああ……。い、いや、……ちょっと、そういう話でもないか。その話はまた後にしよう。朝メシの後ででも相談させてくれ」
〇
「で、どんな魔法を使いたいんだ?」
朝食後のアタシの自室。
ベッドに腰かけるアタシと、隣にシン。
いつまでも立っていて座ろうとせず、見下ろされるのもなんだか癪だから座らせてやったものである。
他人に聞かれたくないから、と言うから、人目に付きづらい場所まで連れてきてやったというのに。
「あ、ああ……。いや……う~ん」
「言っておくが、透視魔法なんかは教えてやらんぞ」
コイツだと、婦女子の着替えを覗いたりしそうだ。
イコマへのデレデレした態度を見ればわかる。学院にも、好きな子の前だと見境が無くなるタイプの男子がいた。
ここは人が少ないが、同じようなものだろう。
と。シンの目が一瞬光った。
「……出来るのか?」
「教えないからな」
このスケベ野郎。
硬派を気取って黙ってそこにいれば、精悍な顔立ちに、背は高く――少々高すぎるが――引き締まった筋肉質で、見目は悪くないのだが。
と。シンは何やら考え込むように。
「……いや、透視ではダメか」
呟いた。
任務中は迷いがないくせに、どうにもはっきりしないやつだ。
いくら仕事ができ、剣の腕が立とうがそれでは男としてダメだ。とても使えん。
「当初の目的を言ってみろ。どんな魔法が良いんだ?」
「……嘘を見破る魔法は無いか?」
「無い」
きっぱりと、アタシは言った。
続ける。
「魔法と言うのは、魔力を使って、世界の物質へ働きかけるものだ。嘘をつくと言うのは、人の精神の問題で、それをどうこうすることはできん」
少なくとも王国魔導教本の中には無い。個人で研究した先には案外あるのかもしれないが、知識としてアタシはそれを知らない。
嘘を見抜くとしたら、魔法ではなく、何らかの契約存在の方だろう。
「そうか……」
「精神の側へも、物質ごと働きかける魔法はある。ただ、精神だけのものは……攻撃魔法のごく一部にあるくらいだ。ああ、嘘を判別する魔法は出来ないが、尋問に使う、本心をペラペラ喋ってしまう魔法はあるぞ。使い方を間違えると廃人になるがな」
「それはダメだ。そこまでは必要ない」
「ふむ。……なあ、魔法なんかいいじゃないか。嘘を見破るなんて、誰に使いたいんだ? こう見えても、私も女だ。誰の本心を知りたいんだ? ん? 頭を下げて頼めば、協力してやらんでもないぞ」
学院では、恋のキューピッド役だって、務めたこともある。男女の仲だって取り持てないアタシではないのだ。
生徒会長を舐めるなよ。……元だけど。
シンは、ふう、と息をつくと、意を決したように口にした。
「使いたい相手は……フェルナーだ」
「……そうか。お幸せに」
同性愛者のことはアタシの管轄外だ。
……だが、フェルナー、フェルナーねえ。
あの気色悪い肥えた男は、異性の目から見るとまず相手としてあり得ないが、男同士で見ると違うのだろうか。
「……お前は、フェルナーをどう思う?」
「いや、まあ……好みは、人それぞれだから、……他人の想い人であれば、私はあまり悪いことは言わないようにしている……」
「そういう話じゃない!」
「ひっ」
声を荒げたシンを相手に、思わず、変な声が出てしまった。
シンは、なんだか深刻な顔をしている。
「真面目に聞いてくれ。恋仲とか、そういう話ではない」
「あ、ああ。……はい。わかりました。はい」
……どうやらアタシの思っていた話とは違うらしい。
襟を正して、神妙な態度で聞くことにする。
「『返り鳥』な……。知り合い、……そいつも円座に近い者だ。その知り合いに聞いたんだが、『返り鳥』は、回収期限が来ても円座へ送られていない」
「ふうん? それなら、支部扱いになったんじゃないか? 自動的に決まるって貴様が言っていただろう」
支部へ来た契約存在は、魔力を通したインクで支部長が記録する。インクの色が変わり、書いた文字が赤なら、支部長限りで扱いを決める。青なら、一定時間留め置き、円座へ送り、扱いを決める。
アタシの知る、この組織『完全なる秩序』のルールだ。
「いや。あくまで経験上だが、あのクラスの……つまりは、曲がりなりにも生命を扱える存在が『赤』であるはずがない。だが、その知り合いが言うには送られてきたリストに『返り鳥』の名前はあったが、記録された文字は赤だったと。そいつも不思議がっていた」
「ふうん?」
「以前から、どうにも、ひっかかることはあった。だが、これについては……無視できるものではない」
「フェルナー本人に訊いてみたらどうだ? 貴様、一応監視役なのだから、違和感くらいは分かるだろう?」
「……恥ずかしながら、オレは嘘がつけん。相手が嘘を言っているかもわからんのだ」
ぷっ、と吹き出しそうになった。嘘がつけない、それこそ嘘つきの言葉だろう、と。
だが、ひっこめた。ぎりり、と歯噛みするシンの顔に気後れしたから。
嘘で出来る表情ではない。少なくとも、自分でそう思い込んでいるのは確かだった。
ぽつり、つぶやく。
「嘘を見抜けない、そんな無能を、どうしてそのカデンツは監視役にしたんだ……」
「言うな。……強いて言うなら、嘘がつけないからだ。オレが報告すれば、証拠がなくても円座はそれを真実として扱う。そういう存在だ、オレは」
「ふぅん……」
「前にも言ったが、お前の扱いだって、なんだかおかしい。なあ、何かないか? 嘘を見抜けるようなものは」
「……しつこいな。無いものは無い。大体、出来ないからといって、嘘に拘らなくても良いだろう? 例えば、不正の手段を見つけるとか。証拠がなくても信じてもらえるのだとしても、不正の証拠をつかんでもいいじゃないか」
「むっ。まあ……それもそうか。いや、まだ不正と決まったわけでもないが。証拠があるとすれば……」
アタシの言葉に、虚をつかれたという様に、はっとしたシン。しばし、顎に手を当てて考え込むようにした。
「心当たりは……無いわけではない。『忘れ虫』だ。お前も覚えているだろう」
「まあ、それは当然」
初めてコイツと組んで任務へ臨み、回収した契約存在である。記録を好んで喰い、その食った箇所を元の姿そっくりに、但し、中身を変えて改竄してしまう。
「あれは知ってのとおり、フェルナーの元にずっとある。送る書面を改竄したとするならば、あの虫だろう」
「……書面を改竄される可能性のあるものを、なぜ支部長の元へなんの防護も無しに預けっぱなしなんだ」
「我が組織にとって、そこまで重要な物ではない。……そして、まさか、我が組織を裏切る者がいるなど、信じられなかったからだろう。裏切れば破滅しかないのだから。正直、俺もまだ半信半疑だ。フェルナーは欲深ではあるが、愚かではないと思っている」
『完全なる秩序』の構成員はかなりの数が、おそらく何処にでもいる。
なんせ山の中のここでも、牡蠣をリクエストすると、次の日には食卓に並ぶのだ。
内部の全てを誰かが把握しているとは限らない。
「だが、疑ってしまったんだろ? どうするんだ?」
「フェルナーの性格からして、仮に『忘れ虫』を改竄に使ったとしても、それがあるのは保管庫の方だろう。使った物は手元に放置したりせず、都度、元の場所に戻す几帳面な男だからな。自分の管轄下である保管庫ならちょうど良い。……物を持ち出す、あるいは盗み出す魔法は無いか?」
「いや……あるわけないだろ。ならば、私たちが普段苦労しているのは、何だということになる。着衣や装備を解除して奪う魔法は無いでも無い。しかし、不特定多数の中から、対象の物を盗み出す魔法は……。……何らかの契約存在でもなければ」
アタシたちが日頃、契約存在の回収で潜入するのは、打ち捨てられた遺跡や廃墟もあるが、貴族や商人、金持ち屋敷が多かった。
回収自体に何か月もかける工作員だっている。……らしい。
任意の物自体を盗み出す魔法があるなら、最初からそうする。
「……そうか」
言うと、肩を落としたシンは小さく息をついた。
すまんな、魔法が使えない者にはわからないだろうが、魔法も万能ではない。
「貴様の契約存在は使えないのか?」
シンの契約存在は、見たことも聞いたこともないが、おそらくいるのだろう。宝石のついたタリスマンの腕輪は持っている。
いつか、敵に回す日が来るかも知れない。この際見ておこうとの考えで、アタシは提案した。
が。
「オレの契約存在は、純粋な戦闘用だ。物を盗ませるなどとても。……お前と同じで気位が高く、頭が固いから、やれたとしても機嫌を損ねるだろう」
「……何? 誰の頭が固いだと?」
何だか、とても失礼なことを言われた気がする。
と、シンははっとした顔をした。本意ではなかったらしい。
「い、いや、すまん。失言だった。……証拠品を掴むのも難しそうだな。他の方法を――」
「待て」
シンを遮り、アタシは言った。
脳裏に閃く考えがある。
「物を盗むなら、ネズミの役目だろう。私に任せておけ。元々あの男は気に入らん。不正があるなら暴いてみせる」
◯




