第12話 【転④】
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ほう、と。少し意識して息をつく。
夜の帳の中、回廊を歩き、招かれた部屋の前へとやってきた。
……緊張しているのか。たかが眠りにきただけだと言うのに。
着ている物は、支部で共通の、柔らかい布の服。
風呂上りから就寝までは、いつもこれだ。昼の物より、薄く肌触りと風通しが良い。
今から行く部屋の子たちも、大きさは違えど、みな同じものを着ている。
そういう意味では気が楽だ。
パジャマパーティーか……。ふと、知識だけの物を思い出す。
何人かで友の家へ行き、菓子を食べ、夜更けまで騒いで楽しむ。異性の噂話などもするらしい。そんな同級生の話は聞いたことがある。
経験はない。
広い共同部屋の、少し大きめの扉の前に立つ。
昼に涙を見せた後なので、ほんの少しの気まずさはある。だが、ここで躊躇う理由にはならない。
少しの逡巡はしたものの、コンコン、と。
そのまま、軽くノックをして、扉を開けた。
「失礼する」
開けた先には、ただただ、だだっ広いと感じられる板の間。
そこに、それなりの整然さで敷かれた布団。ベッドはない。
2列になっていて、人が通れるように少しずつ隙間を空けている。
「サキ様!」「あ、サキ様!」「来てくれた!」
薄暗い中に、魔力の籠った鉱石で光らせる、携帯照明がいくつか。
十分でない光量。それでもわかる程度に、笑顔を見せてくれる幼い子供ら。20には満たない程度の人数。
「一晩だけだが、よろしく頼む」
注目を集めているので、頭を下げる。歓迎してくれてはいるようだ。
「サキ様、こちらです」
「う、うむ」
リタが招いてくれたので、それに応じて布団の列へ。
奥の方の列、中央に3つくっつけて敷いてある布団があった。
そのまま、真ん中へ入るように促され、座る。
両脇の布団には、2人の女の子が座った。片方は、昼間、花冠をくれた子だ。
「サキ様」「サキ様」
「いいなあ、女は。僕もサキさまと寝たい」「サキ様はレディだからダメ!」「サキ様の隣は女の子だけ!」
子供たちが口々に言い、アタシの布団には入らないように、それでも1つの布団に数人が座るようにして囲まれた。
どうやら男子には厳しい世界のようだ。
「寝る……だけではないのか? これでは……」
あまりの歓迎ぶりに困惑する。
どうにも落ち着かない。こんなふうに囲まれて眠るのは、初めてだ。
アタシが寝るところを見物でもするつもりなのだろうか。
「えっ、お話してくれるんでしょ?」「ローゼンヴァルトのお話」
「今日は、いっぱい聞けるから、夜更かししてもいいよってイコマ姉が……」
口々に、そんなことを言われる。
どうやら、寝物語の相手として……というより、変わった話をする語り部として呼ばれたようだ。
幼い頃は、就寝時に、よく父に本を読んでもらったり、英雄譚をせがんだのを思い出す。
「そ、そうか。そのつもりはなかったが、期待されているならば……」
何の話をしようか、少し考える。
と。
「寝る子は耳栓あるから。欲しい人は言ってね~」
少し年長の女の子がそう言った。
常備しているものだろうか。
なるほど、これだけ人がいれば、そんなこともあるだろう。
「貴様たち、偉いな。まだ幼いのに。他人への気遣いまで学んでいるとは」
そう言ったところ、子供らが不思議そうな顔をした。
「きづかい?」
「普段から使っているものなのだろう? 寝る時まで規則を設けて、なかなかできることではない」
「あ、いえこれは、……」
耳栓を案内していた子が、もじもじと。
「なんだ、違うのか?」
「……サキ様のいびきが、まるで獅子のようで、無いと耐えられないから配るようにと、シン様に言われました」
「なっ……」
――衝撃だった。
確かにあの男、任務でアタシが寝る度に、いびきがうるさいとかなんとか言ってきてはいるが……。冗談ではなく本気だったのか。
いや、だが、婦女子の寝所の様子まで他者へ伝えるとは。
許せん。
「サキ様、大丈夫です。今日は私たち、みんな、疲れるまでお話をしてもらうつもりですから」
1人の子がそう言った。それはそれで辛い。アタシをなんだと思っているのだ。
眠りに来たはずなのだが。
……しかし、期待されているのならば、それに応えるのがローゼンヴァルトだ。
「う、うむ………。では何の話をしようか。どんな話が聴きたい? ローゼンヴァルトには如何なる英雄譚でもある……」
「じゃあ、南の国のお話もありますか?」
大風呂敷を広げたところ、小さな男の子がそう言った。
ローゼンヴァルト領が、おそらくはここより北にあると、この子たちには話している。期待というより、あくまで疑問に思っただけだろう。
だが、みくびってもらっては困る。百の期待に万で応えるのがローゼンヴァルトだ。
「南の国か。そこまで多いわけでは無いが……。では今夜は、38代当主の弟が、海を渡った先で、果実の森を独り占めする鬼を懲らしめ、虐げられていた野牛の群れ達とその実りを分け合った話からしようか……」
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「……と、いうわけで、旅した先で出会ったもの。それが必ずしも、宝と言うわけではなく……」
せがまれるままに、話を続ける。
子供らは、どんどん促してくれる上に、反応も良くて話しやすかった。
だが、途中で横になってしまう子もいる。小さな子は特に。
昼間、墓掃除をして、その後も駆け回って遊んできた子たちだ。疲れもあるだろう。
落ちてしまった子は、他の子が布団へ運んで、寝かせていた。
「そろそろ、この辺りにしようか……。みな、眠いだろう」
アタシ自身はまだまだ話したいのだが、座っていても、うとうとと船をこぐ子たちの様子に、切り上げを提案する。
「あ、あの、サキ様」
「ん」
と。1人の男の子の手が上がった。
「ローゼンヴァルトがすごいのは分かりましたが、その名前が付いたものは、無いんですか? ローゼンヴァルト流剣術とか、大魔法ローゼンヴァルトとか」
「う~ん、いや……そういうものは無いな……」
武門の誉れ高きローゼンヴァルトと言ってはみても、独自のものは何もない。
何か特定の物を編みだせば、苦しい時もそれにすがるようになってしまう。
剣も格闘術も、基本に忠実な王国伝統のもの。魔法も王国魔導教本を基礎として。そこから先は個人の鍛錬だ。
「では、何かローゼンヴァルトの名前が入った物とかはありますか?」
「む……、我が家に戻れば、名の彫られた杖や、刺繡の入った外套くらいはあるが……ここにはなあ」
着の身着のまま、学院の制服だけで攫われてきたので、よく考えてみれば名前の入ったものは持ち合わせていない。
「では……サキ様は、自分がローゼンヴァルトの人だって、どうやってわかってもらうんですか?」
「――――っ……!」
瞬間、息を呑むようにしてしまう。
確かに、家に帰ればアタシを間違える者などいるわけないのだが、見知らぬ他人へ説明できるものは何もないのだ。
「こら、サキ様に失礼でしょ! そんな、疑うみたいなこと言わなくてもいいじゃない!」
「だ、だってよ、気になったんだから、仕方ないじゃん。あ……、その……ごめんなさい、サキ様」
女の子に窘められるようにして、男の子はアタシに謝った。
その必要はないとアタシは思う。尤もな疑問なのだから。
「……貴様らは、自分がどこの何者か、証明できるものは持っているか?」
周りを見回すように訊く。
子供たちは、みな、一様にかぶりを振った。
「そうか」
「私たち、どこの誰かなんて、みんな証明なんて……」
「自分が誰か知らない、親の顔もわからない子も多いし……」
「……で、でもサキ様も同じなら」
口々に、子供らは言う。孤児や行き場の無い子が多いと、シンは説明してくれた。
証明以前に、どこの何者か、すら定まっていないということか。
「同じではない」
きっぱりと、アタシは言った。
困惑する子供たちが見える。
「え……」
「名入りの杖も外套も無い。だが、我が身以外に1つだけ、ローゼンヴァルトの名が付くものがある」
子供たちへ向けてアタシは続けて言った。
答えになるかはわからない。この子たちが期待しているかどうかもわからない。それでも、示せるものはあるのだと。
「証明になるかはわからないが、良い物を見せてやる。明かりを消して、全員、目を閉じろ。……開けて良いと言う前に目を開けたら、目が潰れても知らんぞ」
「「「は、はい」」」」
アタシの言葉に従い、鉱石の照明を子供らは消した。寝室に闇が訪れる。照明に慣れた目には、ほとんど黒に見えるだろう。
期待している雰囲気は感じる。
「目は閉じたな? では始めるぞ」
布団から出て、敷いてない床へ立ち上がる。
手の平を上に向けるようにして、空の腕を、軽く曲げてへそと同じ高さとし、自然体。
――体に魔力を集めるようにして、そのまま左腕、広げた左手へ。
「――ふううっ」
瞬間、アタシの左手の前に輝く光の玉――光球が出現した。
集めた魔力をただ光らせているだけ。魔法ではない。
ぐ、と。力を籠める。どんどん魔力を集め、集めた魔力を片端からその球に閉じ込め、密度を増していく感覚。魔力に乗せた光を、凝縮させるにしたがって、光球の輝きは増し、目も眩むばかりの白となった。
部屋全体は真昼より明るく照らされている。目を瞑っていてもわかるだろう。
「まだだ。絶対に目を開けるなよ。――――ふっ」
言って、今度は気合とともに、左手の光球を維持したまま、右手に魔力を集める。
集めた魔力は、光を通さない真っ黒な闇の球となった。明るい部屋の中でそこだけが暗い。
「――――ふううっ」
両の手に出現させた白と黒。ゆっくりと手を移動させ、2つを身体の中央、へその前へ。
白の光球を維持したまま、――黒の球をほどいた。薄く伸ばした闇を、白の光球の周りへ、覆うように。
光を通さない黒に包まれ、部屋の光が消え、真っ暗闇が再度訪れる。
「もう少しだ。待て」
言って、光球を包んだ闇に、針で刺すよりも細い穴を空ける。ぽつぽつと。いくつもいくつもあけていく。
へその前の球は、闇の球から無数の光がいくつも漏れだすような見た目になった。
「良いぞ。目を開けろ」
子供たちが目を開ける気配がする。少しの漏れ出た光で、近くの子は顔が見える。
「周りを見てみろ。天井や壁もな」
言って、子供らがきょろきょろと。
「……うわあ」「ほええ……」
何人かは、意図にきづいたようだ。
アタシの手元の光を覆い隠した闇の球から出る光は、床や天井に星空を形作っていた。
四角い部屋なので、少し歪だが。
「魔力の扱い……集中と制御を、意のままとするための鍛錬法――『故郷の夜空』。……私の生まれ育った地から見える星空を模したものだ。この世界で最も美しいと謳われる、星々のきらめきを見るが良い」
「すごい……」「きれい……」
感嘆する子供らに、アタシは言う。
額の汗の玉を、手元の光で少し光らせながら。
涼しい顔をしたいが、これでも全力だ。
「これを見せられることは、我らの誇りの1つだ。もし貴様たちが旅先で、ローゼンヴァルトを名乗る者に会ったのなら、訊いてみるが良い。きっと同じものを見せてくれるだろう」
と。
「あ、あの、サキ様」
「ん」
1人の小さな子が、口を開いた。
「これは、……僕たちにもできますか?」「わ、私にも」「私もやってみたい」
次々と、そう言ってくる。
手元の球を維持したまま、少しの逡巡。――いや。
「……教えて欲しいのなら、魔力の簡単な制御から教えてやろう。段階を踏んで、鍛える。きっと出来る。これは難しいが、修練すれば必ず出来る。出来るまでやれば、出来る基礎技術だ。……我らはそう教わる」
わあ、と。子供たちが嬉しそうに、アタシの作った夜空を見上げる。
アタシは続けて言った。故郷も、名も、自身の存在すら定まらぬ子たちへ。
「私が誇るべき空はこれだ。貴様らも、誇るべき空を探して、再現できるようになれば良い。ここの谷の空でも、貴様らの故郷の空でも。――生きた先で見た空でも。自分がどこの何者であるか。誇りというのはそういうものだ」
〇
花の冠 誇りの空 終




