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抗い 結ぶ  作者: すら氏
第1章「ネズミは闇夜に溶けはしる」
15/23

第11話 【転③】後

 〇


「……美味かった」


 寝転がり、呟くように、空に言う。

 墓地の一角。墓標の並んでいない場所があった。墓地の外側に大きな木があり、木陰になっている。

 そこへ、居住区から持ってきた、茶色く薄い絨毯(じゅうたん)を敷いている。

 細い草の繊維――なんだか、香ばしく良い匂いがする――を編みこんで、薄く織った物。温度や湿度の高いところでは重宝しそうだ。

 靴を脱いでその絨毯の上に上がった。そのまま昼食を終えたアタシは、仰向けに寝転び、大きく手足を広げている。

 絨毯は何枚もあり、子供たち全員がそこで座って昼食を摂り終えたところ。

 昼食を摂るやいなや、もう遊び始めている子供らもいて、ゴロゴロする場所はいくらでもある。


 物を挟んだパンも、米の球も旨かった。

 米の球に巻いてあった黒い紙は、イコマに聞いたところ、そこそこの値が張るらしい。『完全なる秩序』の資金に不安はないとはいえ、普段から常食するには、少しばかり気後れする物だそうだ。

 食糧調達の話を聞いていると、卒業パーティーのメニュー選びを思い出す。あの時も、資金は潤沢ながら、選定にはコストを含めて随分気を回したものだ。どこであっても、人のやることは同じらしい。


「きれいだな……」


 青い空と、上空まで伸びる大きな白い雲。

 雲の形は、ローゼンヴァルトではあまり見ないものだ。


「まぶし……」

 

 太陽の位置はかなり高い。

 時折、風が吹いて木の枝が揺らされ、アタシの顔がその木陰から出て、日光を浴びる。


「サキさん、お茶を入れました。飲みませんか」


 空を見上げる視界を、見下ろすイコマの笑顔が(さえぎ)った。

 その言葉は、『入れた』であって、『淹れた』ではない。

 沸かした湯で茶を淹れたわけではなく、持ってきた水筒から、小さなコップへ茶を移した、だけの意味だ。


「あ、いただきます」


 身を起こし、冷たい茶の入ったコップを受け取る。

 一口、すする。少し汗ばむ身体に、冷たさがしみる。

 黒っぽいこちらの茶は、赤みがかったローゼンヴァルトのお茶とは、味も匂いも色も違う。なんなら飲み方まで違う。故郷で茶をすすったりなどしたら、母の厳しいしつけが待っている。

 昼食と一緒に飲んだ温かい茶は、エメラルドのような美しい緑だった。

 どちらも、砂糖や牛乳を入れる習慣は無いらしい。

 両親も、何も入れない茶が好きだったのを思い出す。元気でいるだろうか。……心配しているだろうな。


「サキさんが、水を出してくれるおかげで、とても早く終わりました。ありがとうございます」


「いつもは、昼食を挟んで、まだ清掃を続けるんだ。ありがとう」


 イコマとシンが、口々に言い、頭を下げる。

 

「ああ、いえ。力になれたのなら」

 

「サキさん、魔法はなんでも使えると聞きました。すごいですね。私も多少魔法は使えるのですが、水属性は苦手で……」


「コツがあるんです。水は基本ですから、火や風より掴んでしまえば簡単ですよ。……良ければ今度教えます」


 イコマ相手だと、どうもこちらも丁寧な話し方をせざるをえないと感じてしまう。

 柔らかい雰囲気のせいだろうか? その太くはないのに女性らしい体と顔のせいだろうか?

 普段は子供らの面倒を見ている人だから、母性を感じるのだろうか。

 今日は、シンがちゃっかり隣を確保している。なんだか少し緩んだ空気を感じる。

 デレデレしやがって、スケベ野郎。

 アタシのことは何度言っても子供扱いするくせに。

 と。モヤモヤしていると、そのシンがぽつりと口を開いた。

 

「ここにも、そのうち水道が欲しいな」


「ああ、確かに。良いですね」


 イコマが笑い、賛同する。

 聖堂前の広場には、谷から水を汲み上げる魔力式の水場がある。料理や生活用水に使っているものだ。

 露天の温泉もあるにはあるが、あちらは飲み水には向かないらしい。

 その水場がここにも欲しい、という話だろう。


「なんとかならないか? お前の専門だろう」


 シンがこちらへ話を振ってくる。

 それは本当に欲しがっているのか、それとも、出来る者に話を振って、イコマに良いところを見せようとしているのか。アタシにはわからなかった。

 

(わたくし)の魔法は、家風として、戦闘に使えるものを学んでいるだけだ。装置や生活基盤のことまではな……」


「そうかあ……」

 

 なんとなく少し残念な雰囲気で、アタシとシンとイコマは、ふ、と遠くを見るようにする。

 風が気持ち良い。

 子供たちが追いかけっこや虫採りをして、遊んでいるのが見える。

 今日は、戻って掃除なんかもせず、作業もこれで終わり、自由時間らしい。

 と。

 リタたち、女の子を中心に、座る一団が目に入った。

 地面に敷き詰められるように生えている花――シロツメクサやタンポポ――を、茎ごと使い、それを幾本も編みこむようにしている。

 織って、円になるように湾曲させて。不思議なことをするものだ。


「……あれは?」


 ぽつり、と。

 呟くように言うアタシ。


花冠(はなかんむり)だろ。知らないのか?」


 シンが横から意外そうに訊いてくる。

 

「花冠?」


「草花を編んで、輪っかにして、冠に見立てるんですよ。昔は弟や妹によく編んであげました」


 イコマが、アタシと同じ方向を見ながら、穏やかな笑顔で言う。

 何かを懐かしむように。

 

「ふぅん」


「意外だな。女の子の定番の遊びだと思っていた」


 シンが、揶揄(からか)うように言ってきた。


「……我が故郷には、あのように織るのに向いた花は、咲いていない」


 寒風吹きすさぶローゼンヴァルト領での定番の植生は、もっとずっと短い芝生のような草だ。シロツメクサすら、こことは長さや形が違う。

 花が咲く草もある。ただ、それは、チューリップのように首が長く、花も力強く大きなものが多い。

 群生するちょうど良い長さの花はあまり見ない。

 編む発想はなかった。


「そうですか。教えましょうか? 好きな子に贈り物にしたりできますよ」


「……もうそんな歳でもありません」


 イコマの提案を断り、アタシは編む子たちの輪を見る。

 花に負けない、かわいい笑顔があふれるそこは……幸せそのものな光景だった。


 〇


「あ、あの、サキ様」

 

 絨毯の上に座りこみ、風に吹かれて空を見ていると、横から――上からではなく――声を掛けられた。


「ん」


 声のしたほうへ顔を向ける。

 小さな女の子――6つ下の弟と同じくらいか――が、完成した花の輪を両手で持っていた。

 後ろには、リタや他の女の子たちもいる。


「こ、これ、どうぞ」


 そのまま、アタシに向けて、小さな女の子は両手で花冠を差し出す。


(わたくし)に……?」


 困惑するアタシへ、その子と後ろの子たちが言う。


「今日は、……お水ありがとうございました」

「私たち、何もないけど、これを渡すんだって、この子が言うんです」「もらってあげて」


「あ、ああ。ありがとう」


 その冠を、両手で、アタシは受け取った。

 手に持つそれは、白と黄色と、少しの小さな青い花が編み込まれていて、茎の緑に映えて美しい。

 ――こんなものでも、まあ喜ぶべきか。

 虜囚(りょしゅう)のアタシには、この手作りの花の冠くらいが相応しい。ここはローゼンヴァルトでも、貴族の子女が集まる学院でもないのだし。

 本来なら、こんな花冠ではなく、本物の宝冠を(いただ)く未来だって見えていたのだが……。

 その未来も、シンやフェルナー――これを渡してきた子たちの未来の姿だ――の手によって、どうなるかわからない。閉ざされようとしている。

 一瞬のうちによぎった、皮肉と諦め。……それを慰めるように、手元の花の冠を眺める。

 

 ――――っ!

 今、アタシは何を考えた?

 ――『こんなもの』。

 『こんなもの』と思ったのか?

 親しくもない、アタシのことを思って、幼子(おさなご)が完全な善意とまごころで編んだ、その花の冠を見て、『こんなもの』と思ったのか?

 (きら)びやかな宝冠と、手元のそれを比較して、前者が欲しいと頭をよぎったのか?

 目の前の幼子(おさなご)を見ずに、それの未来の姿を見たのか?

 眼前の姿を見ずして何がローゼンヴァルトか。


 ぽた、と涙が落ちた。

 声が聞こえる。胸の奥で、微かに残った矜持が囁く。

 ――ヴェルザキーナ・フォン・ローゼンヴァルトよ。

 お前はその誇るべき名に恥じないように生きているか?


「う、うう……」


「サキ様!?」


 ぼたぼた、と、花の冠を握った両手に、涙が落ちる。

 唇を噛んでそれを堪える。


「すまない……こんな、(わたくし)のために……」


 絞り出すように言う。

 胸が痛い。それでも……消えないものはある。善意に照らされ、自身の醜さを直視したことで、胸の奥に沈めていたそれも、認めざるを得なかった。

 

「だが、……ダメだ。ダメなんだ。アタシは、貴様たちを許せない。感謝はする。……でも、これをもらっても、許せないのは変わらない」


 そう。

 穏やかに日々を過ごしていても、子供たちを見ていても、ふとした時を見て、心の奥から奥から、憎しみがわいてくる。

 ――黄金竜(グラファリエル)の仇、そして、今はそうでなくても、将来はそうなるとして。

 目の前の子の真心(まごころ)はわかるのだ。だが、アタシはそれに応えられない。


「アタシが、貴様らを殺さないのは、契約があるからだ。契約がアタシを縛るからだ。……そして、そこにいる男がアタシより強いからだ。ううっ、……アタシは、情けないやつだ。時々、どうなってもいいから、ここの谷ごと、自分ごと、貴様らを滅ぼしてやりたい衝動にすら駆られる」


 目をつむる。それでも涙は、ぼろぼろと止まらない。

 (まぶた)の裏に、輝く黄金の竜が見える。いっそのこと、それと同じ場所に行けたらと思う。

 花の冠を持ったまま、顔をそれに近づけ、隠す。

 

「サキさん……」「サキ……」


 イコマとシンの手が背中に触れる。熱い。


「アタシのお祖父(じい)さまは、『万なる敵を友とせよ』と言った。…………これでもそれなりに、模範たらんと生きてきたつもりだ。その言葉で(いさか)う学友を(いさ)めたこともある。だが、違う。あそこにいるのは同朋で、敵ではなかった。恥ずかしい。……お前たちのような敵に会わないと、それすらわからない愚か者だ。アタシは……」


 目の前の子はただ、呆然とアタシの言葉を聞いている。目を閉じていても、気配でわかる。

 すまない。こんなことを言いたいわけではない。

 感謝の気持ちを伝えたいのだ。だが、それでもアタシの言葉は、涙とともに、勝手に漏れ出てきて、止まらない。


「何が『万なる敵を友とせよ』だ。……初めて会う、たった数人の敵をすら、アタシは許せない。愛することなど、友とするなど考えられない……」


「お前の大事な竜をオレは奪った。被害者であるお前からすれば、当然だろう。お前が何か悪いわけじゃない」


 背中に手を当てたシンが、アタシを諭すように言った。

 それを否定するように、かぶりを振り、続ける。

 

「幾たびも戦場に出た、勝利より敗戦を誇りとするように語るお祖父さまだ。奪われた経験もアタシよりずっとあるだろう……。そんな浅い言葉であるはずがない。……大好きなお祖父さまの言葉を理想としながら……アタシはそのように生きられない。理想と現実は……こんなにも遠い。……うっ、ふっ、うぐっ……」


 うっ、うっ、と嗚咽が漏れ出て止まらない。

 すまない、と思う。

 それは目の前の子に対してか。それとも、仇も討ってやれない、情けない友の姿を見ているであろう黄金竜(グラファリエル)に対してか。


 と。何か小さな手と体に囲まれた。

 濡れた目を開ける。小さな子たちが、アタシを抱きしめるように周りにまとわりついている。


「サキ様」「サキ様」「ごめんなさい」「ごめんなさい」


 しきりに謝るそれら。コイツらが謝ることなど何も無いはずなのに。

 ――謝ることなど何も無い?

 それでは、コイツらは敵ではないのだろうか。黄金竜(グラファリエル)の仇、それになりうる将来の敵ではないのだろうか。

 アタシにもらい泣きしたか、涙を流してアタシにまとわりついてくる。


「うう……謝るな……お前たちは謝るな……」


 うっ、うっ、と泣きながら、アタシは、花の冠を持ったまま、近くの子たちをを抱きしめた。

 互いに抱き合いながら、泣く我らの姿は、きっと(はた)から見れば、滑稽(こっけい)だろう。

 だが、どうしようもないのだ。認めざるを得ない。現実のアタシは滑稽で醜い。


「サキ様、今夜は一緒に寝てあげるから」


 1人の子が唐突に言った。

 あっけにとられ、涙の目のまま、訊き返す。

 

「ほぇ?」


「泣いてる子は、誰かが一緒に寝てあげることに決めてるんです」


 別な子が言った。有無をいわさず、それがルールだと言うように。


「……」


「私たちの部屋に来て」


 応えられずにいると、どういうことかを言われた。

 子供たちの広い共同部屋。

 コイツらが夜、そこでみんなで寝ていることは知っている。

 

「泣いている子。……い、いや、アタシはもう子供ではない……」

 

「――子供ですよ」


 動揺しながら、それでも言葉を返したところ、イコマが諭すように言った。


「届かない物に必死で手を伸ばす、大人になろうと頑張る子供です」


「う……」


 見ればわかる。

 体型や顔の問題ではない。所作の少しの余裕や子供たちへの接し方、作り出す雰囲気。

 確かに、この人ほどアタシは大人ではないかもしれない。


「行ってあげてください。一緒に寝てあげてください。この子たちの出来ることをさせてください」


 優し気に、それでもきっぱりとイコマは言った。

 周りの子たちも、何かを(こら)えるように口を引き結び、うん、うんと(うなず)いている。

 アタシやイコマの言っている意味など、半分も分からないだろうに。

 だが。

 

「……わかった。では、夜、頼む」


 わあ、と。

 少しだけ、子供らが沸いた。アタシと同じく、涙を溜めた目のままで。


 〇

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