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抗い 結ぶ  作者: すら氏
第1章「ネズミは闇夜に溶けはしる」
14/23

第11話 【転③】前

 〇


 フェルナーに『(かえ)(どり)』を渡して、それからまた何度か、契約存在の回収が続いた。

 修練も重ねる。

 動く死体に雷撃が有効と聞いたので、ここ数日は雷撃魔法に地を這わせるアレンジを呪文に加えている。やったこと自体はある。だが、今はさらに自在に操れるよう詰めていた。

 基本的に雷撃魔法は地水火風の四大属性のうち、水と風の複合で放つ。宙を走らせることが多いから、知識の盲点になっていたかもしれない。

 いつまた使う機会があるかはわからない。ただ、魔法など使えぬ男からの知識だと言うのも、少しばかり愉快だった。


 〇


「確かに渡したぞ」


「ああ、ご苦労」


 フェルナーの私室で、任務回収した契約存在――今回は罪人の心を巣にするというヤドカリ――を渡し、さっさと(きびす)を返す。

 シンもアタシに続いた。

 最近は回収したものの、その名を記録するところを見てすらいない。

 赤だろうが青だろうが、アタシには関係ないことだ。

 その記録したリストだって、円座(カデンツ)に送られ、支部の手元には、記載したうえで大した価値のないものとみなされた物しか残らないのだろう。

 それでも、フェルナーの私室に隣接する保管庫は多くの契約存在でいっぱいらしい。

 円座(カデンツ)にとって価値が無くても、一般人にとってはどれもお宝だ。

 

 さっさと部屋を出たい理由もあった。それは――。

 

「お前は本当に優秀だな。私のヴェルザキーナ」


 後ろから、フェルナーの声が届く。

 アタシの名前を呼ぶだけでは飽き足らず、枕詞(まくらことば)に『私の』とつけるのが、恒例になっていた。

 背中に声が当たるだけではなく、そのまま、ねっとりと細かく身体にまとわりついてくるように感じられ、不快だ。


「……」


 返事はせず、そのまま扉を開け、外へ出た。


「ではな、私のヴェルザキーナ。次も期待しているぞ」


 シンが扉を閉める合間、その声が聞こえていて、閉めた扉をすり抜けて、アタシの心を汚してきた。


 〇


 私室を出て、石畳を歩き、聖堂および居住区へ戻る。

 ごく弱い風が吹いた。

 フェルナーの息遣いでまとわりついた汚れを、身体から引きはがすように感じられる。

 本当は、一晩で任務を終えてきたのだから、汗やそれ以上の汚れがあちこちついているのだが。


「なぜあんな者が支部長なんだ」


 呟くように言う。


「……契約の器として大きなもの、それが支部長の資格だ。適格者は少ない」


 隣で歩くシンが、応えるように言った。


「ふん。あんな品の無い者をまとめ役に据えているようでは、貴様らの組織としての格も知れるな」


「そう言うな。それに欲深なフェルナーだが、悪いことばかりでもない」


「……なにが」


「ここの聖堂や居住区だが、かなり整っているだろう? そもそも支部の場所を定めるのは支部長だ。『門』の場所すらひたすら秘匿(ひとく)し、拠点を定めない支部もあるんだ。人を集める場所を作るのは、フェルナーの趣味だろうが、それで拾ってこられた子供らは助かっている」


 ……居場所を城のようにするのは、権力欲の現れだろうが、言われれば確かにそうだ。

 シンは続けて、言った。


「……まあ、構成員はともかく、子供らが必要以上に増えるのを、不要だとフェルナーは嫌っているが」

 

「ふん……。アイツも苦労しているのか」


 〇


 任務用の革めいた服から、共通の布の服に着替えて、シンとともに厨房へ。


「「おはようございます」」

 

「あ、サキ様、シン様」

「「「おはようございます!」」」


 厨房へ入ったところ、リタを中心に数名の年小の子が作業中だった。イコマもいて、皆こちらへ挨拶を返してくる。

 と。いつもの各自の、個人用の盆以外のものが、作業台に並べて積まれているのに気付く。

 積んであるのは、パンに野菜とハムを中心に具材を挟んだもの、それと……炊き上げた米を丸く球にして、黒い紙で巻いたもの?

 黒の合間から白い米粒が見えている。

 

 具材を丁寧に刻むリタ。刻む具材の中には、ハムや野菜以外に茹で卵もある。おいしそうだ。

 その刻まれた具材を、他の子がパンに挟み、並べていく。

 米の球はイコマが作っていた。椀に並べた、炊いた米に具材を入れ、それを包むように丸くして、それを黒い紙で巻いている。


「……これは?」

 

 (つぶや)き、巻いた後の黒い球に、そっと顔を近づけてみる。

 米にまだ熱があり、黒い紙にそれが伝わり、温めていた。炊いた米の湿気も伝わり、少しの(つや)があるように見える。

 匂いがする。なんの匂いだろう? ……昔行った南の海、磯の匂いだろうか。黒い紙は海藻かもしれない。しかし、こんな薄い海藻など聞いたことがない。


「今日は、これが朝食なのですか?」


 イコマに訊く。

 にこ、と。イコマは微笑むと、応えた。


「朝食のご飯は、いつもどおり、釜から取ってください。それは、今日の昼食です」


「……昼食」


 ……朝から?

 昼の用意を今からしているのか。

 何か行事でもあるのだろうか、と(いぶか)しんでいると、頭上からシンが言った。


「ああ、今日は定期清掃の日でしたか。サキ、せっかくだからお前も行かないか?」


「清掃?」


 〇


 朝食を摂った直後。

 青空の下、15人から20人に満たないくらいの子供たちが列を作り、イコマの先導で、聖堂の前から、保管庫とフェルナーの私室の方へ石畳の道を歩いていく。

 手には、水の入った木桶と長い柄のデッキブラシや柄杓(ひしゃく)。それと、竹箒にちりとり。子供たちの身体に比べるとどれも長く、大きく見える。

 大きなバスケットをイコマが持っている。朝食の前から作っていた、物を挟んだパンと、米の球。それから水筒が入っているだろう。


「保管庫を清掃するのか? それにしてはなんだか用具が……」


「いや、今日は墓地だ」


 子供らの後ろを歩きながら、アタシの質問にシンが答えた。


「墓地」


 先日、『返り鳥』を回収した、森の中の墓所を少しだけ思い出す。夜だったこともあり、不気味な雰囲気だった。

 這い出して来る無数の死者……気色悪かった。

 ……あまり、得意な場所では無い。


「そう構えるな。悪い場所では無い」


 顔に少しの緊張が出ていたか、気遣(きづか)う様にシンが言う。

 確かに、子供らの歩く列は、談笑し、楽しげだ。

 死を連想する場所へ行くとは思えないほどに。


「……ん」


 〇


 保管庫とそれに隣接するフェルナーの私室から、石畳の道を挟んで反対側に『墓地』はあった。

 想像していたより、ずっと広い。

 一辺がアタシの歩幅で100歩ほどと、もう一辺が倍くらいの長方形に近い広場。

 周りから少しくぼんだ低地になっていて、他からは見えづらい。

 広い場所なのに、フェルナーの私室と聖堂を何度も往復しているのにも関わらず、気に留めなかったのはそれだ。

 整然と立ち並ぶ白い墓標。

 低く平べったい四角い石が1つ敷くように置いてあり、それの周りに小石が敷き詰めてある。傍に、名前をいくつか刻んだ四角い石が1つ、地面に刺さるように立ててある。

 それを1組の区画として、人が通る通路を空けて、隣へ。隣にも、その隣にも、その先にも同じものが。

 列も何列も。同じものが並ぶ。通路となっている部分は、青く短い草花が生えているが、墓標の区画には生えていない。


「……すごいな」


 思わず圧倒されて、呟く。


「これまで、亡くなった構成員や契約存在だ。こうして時々、総出で清掃する。見事なものだろう」


 シンが、応えるように言った。少しばかり誇らしげだ。

 

「ああ。……だが、少し周りより低い位置にある。雨の時、水が流れ込んだりしないのか? 死体が流されたりとか……」


 ローゼンヴァルト領では、墓地は高台にあるものだった。

 少しばかりの上、遠くから、祖先に見守られるように感じる、そんな日々を過ごした。


「敷地を囲むように溝があるからな。それに、火葬が基本で、燃え残った骨の欠片くらいしかここにはない。何も入ってない墓も多いぞ」


 その言葉は、ここが、骨を納めるためだけの場所ではないと示しているように感じられた。

 そこにいた者を忘れず、敬意を払うために、名と場所を残すと言う理解で良いだろうか。

 シンの言葉に、辺りを見回す。確かに、墓地を囲むように、水の通るだろう石の溝が掘ってあった。

 その溝を通って、近くの谷まで水が流れるのだろう。


「なるほど。……花を供えたりはしないのだな」


 墓標へは、菓子や花等の供え物は無かった。

 少しばかり、殺風景にも、寂しくも思える。


「温暖な場所だからな。花に腐られたり、食べ物で獣を呼び寄せても困る。山に咲く花を眺めてもらえば、十分だろう」


 見れば通路には、短い長さの様々な草の花がある。見上げれば、高台に、大粒の花の咲く背の高い木も見えた。

 溝を挟んだ外側には、敷地を囲むようにムクゲやフヨウが見える。

 なお、名は知っていたが、ローゼンヴァルト領では見ない。こうしてまとめて見ると、花弁が肉厚で、いかにも温暖な土地の花だ。

 山に咲く花を眺めてもらえば……か。言われればそのとおりかもしれない。


「さ、オレたちも、働かないとな。小さいのに、負けていられん」


 水桶とブラシで墓石を清め、敷かれた小石の上のゴミを、箒で集める子供らを見ながら、シンが言った。


 〇


「む。貴様たち、どうして帰るんだ?」


 作業も進んで、暫くして。デッキブラシで石を磨くのも慣れてきた頃。

 敷地を出ようとする子供たち――3人組か――を目に留め、訊く。


「もう水が無いから、取りに戻るんだ」


「サキ様の分も、取ってくる?」


 言いながら、空の水桶をひっくり返して示す、子供ら。

 アタシの手元の桶に目をやる。確かに、殆ど水は無い。

 作業が進めば、ブラシで水桶の水が汚れ、あるいは柄杓で洗い流して、水桶の水はどんどん減る。

 こんなに大規模な清掃に参加したことは無いから、盲点だった。

 

「取ってくるって、貴様らが……?」


 水桶は、大人なら2つでも運べるだろうが、子供の身体との比較では大きく見えて、どう見ても1つが限界だった。


「オケを、水が入っていても、かさねて運ぶ方法があるんだ。棒を使ってもいい。平気だよ」

 

「時々、ひっくり返してやり直しだけどね」


 そう言って、子供らは笑う。

 働き者なのは結構だが、無理しなくて良いとアタシは思う。


「貴様ら、桶を持ってそこに並べ」

 

「え?」「え?」「なんで?」


 きょとんとしながら、それでもアタシの指示に従い、3人は並んだ。

 体の前に持った水桶。

 アタシはそれに向けて、手をかざし、1つの呪文を詠唱する。

 力ある言葉とともに解き放った。

 

「――『踊るせせらぎバブリング・スプラッシュ』」


 瞬間、アタシの手の前に浮かぶ、大きさにして大人の頭2つ分くらいの水玉。そのまま水玉は3つに分かれ、3つの桶に飛び込み、軽く回って落ち着いた。

 桶はもう水で満杯。

 わざわざ聖堂まで戻る必要などない。


「お、おお~」「サキ様、すげえ……」


「ふふん」

 

 初歩の初歩たる、ただの水を呼ぶ魔法だが、賞賛されるのは悪くない。

 水玉を3つに分けるのも、それぞれ狙った桶に、(こぼ)さないように入れるのも、それなりに修練した技術力だ。

 ……このレベルの属性魔法なら、いくらでも研鑽できるんだけどな。回復魔法や浄化魔法はどうしても機会が無いからな……。

 ふと、最近、もう少し自在に扱えるようになりたい、と思った魔法の方を思い出す。

 と。

 

「あ、あの、サキ様。私の分もお願いします……」


「僕のも……」


 周りで見ていたのであろう小さな子たちが、そんなことを言いながら、おずおずと出てきた。

 なお、態度はおずおずだが、言っていることに遠慮はない。

 

「仕方のないやつらだな。わずかな水すら満足に出せんとは。……水が欲しい者は並べ」


 しばらくの間、アタシは給水所のような役目を果たすことになった。

 

 〇

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