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抗い 結ぶ  作者: すら氏
第1章「ネズミは闇夜に溶けはしる」
13/23

第10話 【転②】後

 〇


 陽も落ちかけた、空に残った朱と、青の薄暮の中、今日の『門』を抜けた先は、村はずれの民家の庭先だった。

 その場にいた住人であろう男に、シンが頭を下げ、向こうも軽く手をあげ、無言でその場を後にする。

 庭先を抜け、路上に出たところで訊いた。


「さっきの人は?」


「協力者だ。各地にいる。毎回こうだと良いんだがな」


 村は遠めに人の姿も見えるが、暗いこともあり、アタシたちに気を止める人はいなさそうだった。

 高い建物の無い田舎の村を出て、森の方へ。

 仕事着の革っぽい服の上下と、音のしないブーツ。

 事前情報通りなら、目的地は村はずれの墓地。

 今回は家の潜入等ではないので、防寒用のマントを羽織ってきた。

 シン曰く『現地まで行くだけの簡単な任務』。人が少ない方が気兼ねがない。


 村を離れ、森にほど近い斜面を歩く。

 獣道に近いとはいえ、人の通る跡があり、これでも立派な道である。

 道の周囲は茎が細くて硬く、葉は薄い代わりに幅広で、これまた硬い植物が一面に生えている。

 なんとなく竹に似ているがずっと細く、短い。

 体や革手袋の手は大丈夫だが、肌に当たると切れそうだ。踏みしめる道も、その茎が落ちていたりして硬い。「顔や目を切る者もいる。お前は背が低いから気を付けろ」とはシンの言葉だ。アタシの背が低いのではなく、貴様がデカすぎるだけだろうが。

 道すがら、シンが確認のように語りだす。


「今はあまり使われていない……火葬した骨を納める納骨堂と言っていたな。墓場と変わらんか。妙な鳥が住み着いて、みな、気味悪がって近づかんらしい。灰が躍る……骨が歌う、か」


「命を戻す鳥……。死者が蘇るのか?」


「伝説の不死鳥ならそうかもしれないが、こんな人里近くにはいないだろう。『(かえ)(どり)』だろうな」


「『返り鳥』?」


 知識の中には無い言葉だった。

 

「ああ。見たことは無いが、歪んだ形で、命を元の形っぽく振る舞わせるという鳥だ。名前に(だま)されるなよ。命が返るわけじゃない」

 

「そうか」


「近年亡くなった者は、新しい墓地の方に弔うらしいが……。墓参りが出来ないのは気の毒だ。回収任務抜きに、なんとかしてやりたいな」


「へえ……ふふ」


 アタシは軽く意地悪に笑う。


「なんだ?」


「貴様らでも、墓参りなんて言い出すのか、と」


 少し村人への同情を見せるシンに、珍しさを感じ軽口を叩く。

 シンは、きょとんとして――といっても、暗く、表情までは分からないが、脚を止めたその雰囲気から――アタシに言った。

 

「……? 当たり前だろう? オレたちの場合は、たまたま先に行っただけの、志を同じくした先人たちだ。村の人達だって、先祖のことをそう思っているはずだ。可能な限り大事にしてやりたいじゃないか」


「……同感だ。失礼をした」


 ローゼンヴァルトでも、厳しい土地を拓き、今日まで守り抜いた祖先は大事にする。

 無礼な言葉だった。人の想いに違いがあるわけではないのだ。


 〇


 たどり着いた場所は、大きな石を土台とし、細い石をその上に四角く切った墓石が立ち並ぶ墓場だった。

 

「鳥は……どこだ? そもそも、契約存在と言っても鳥だろう? 夜目は効くのか」


 独り言のようにアタシは口に出す。

 アタシもコイツも夜目は効くから、星明りのみの夜空でも、立ち並ぶ墓石の間を歩くくらいは訳はない。

 ――いや、嘘だ。素でなんでもなく進むシンと違い、アタシはこっそり暗視用の魔法を使っている。


「生物とは限らないからな……。強力な契約存在ほど、形に意味はないこともある。力をばらまくただの構造で、意思すら無かったりするだろう」


 シンが辺りを警戒をしながら言う。

 確かにそうだ。鳥の姿をしているからと言って、知能があるとも限らない。

 と、暗い墓の奥の方に些細な違和感。ぼんやりとした闇が、そこだけ歪んでいる。


 かち、と。

 重なる墓石の隙間が鳴った。

 風はない。草のズレでもない。

 土の下で、骨がわずかに位置を変えたような音。


 墓石の根元に溜まっていた灰が、ふるふると震え、細く這うように奥の闇へ集まり始める。

 尤も、暗くて灰かどうかはわからない、細かい砂かもわからないが、なんらかの粒が。

 しゃり、と粒、その塊が盛り上がった。

 ネズミほどの大きさの何かが、墓のあいだから這い出る。

 暗くてもわかる。骨だけのようにやせぎすで、輪郭も曖昧。小骨と灰を無理に寄せ集めたような形。

 それが上半身から首らしきものをもたげ、奥の歪みへ向かって、頭を垂れるようにした。


 頭を垂れたその奥。

 墓石の上に、1羽の鳥。

 赤っぽく、ぼんやり光って、翼は畳んだまま。大きさは、大きめの猛禽類。大鷲くらい。


「コイツだな?」


「ああ」

 

 小さなネズミのようなものは、どう見ても生者ではなく、どう見ても善きものでもない。

 まるで、鳥がそこにいるだけで無理に呼ばれて、平伏するためだけに出てきたような。

 シンが呟くように言う。


「……『返り鳥』だ。少し下がれ」

 

 言われてアタシはシンから2歩ほどの後ろへ下がる。

 鳥がこちらを見ているような気がする。なのに意思は感じない。

 ――と。

 ぞわり、と。

 ネズミほどの大きさの何かが複数、墓石の周りの闇から這い出てきた。

 20から30くらいか?

 さあっ、と。

 闇を広げてこちらの認識へ浸食するように感じるそれらは。生理的にかなりおぞましい。


「ふっ」


 一閃。アタシの目の間でひらめくシンの体。

 鞘に納めたままのロングソードで、ネズミを一薙ぎにした。


「見た目、敵対の意思はない。単純な力だけの存在だ。さっさと仮契約を済ませてくれ」


「ああ! ……うわっ」


 がくん、と。

 応えて、前に出ようとするアタシは、そのままつんのめる。

 見れば、死後何日も経った屍のような、腐った肉の塊の人の上半身。それが地面から生えていた。

 アタシの右足首はそいつの両手に掴まれている。

 ぐじゅぐじゅ、じゅわじゅわ、と音が聞こえる。ブーツを毒か酸性の何かが侵食していた。


「くっ」


 慌てて、ショートソードを抜いて切りつけ、振り払うようにする。

 しかし、思いのほか腐った肉の塊は硬く、脚をつかまれていては思うように力が乗らず、振り払えない。


「サキ!?」


 慌てたシンがこちらへ駆け寄り、ロングソードを素早く抜いて、2回ほど切りつけ――、ようやくアタシの脚が抜けた。

 ブーツの掴まれた部分が、ブスブス、と煙を上げて溶かされている。

 

「焼け! そのまま肉から骨まで行くぞ!」


「わ、わかった! ―― 『炎の斉射(フレイム・シュート)』!」

 

 シンの叫びに答え、火の魔法で焼き切る。ブーツとアタシの脚を少し焦がす犠牲を払い、浸食が止まった。

 武器の強化魔法でもないと、ショートソードだけではとても戦力にならない。


「づう……」


 焼いて露出した脚が痛い。最初から魔法で対処すべきだった。

 と、少し距離の空いた、鳥の赤っぽいぼんやりした光が増した。火にくべられた薪の中で、燠火(おきび)が輝くように。

 ――応えるように、腐った肉の塊の上半身がいくつも暗がりの地面から這い出てくる。


「おい!」


「なんだ」


 這い出してきた人型の肉の塊がこちらへ掴みかかってくるのを、必死にショートソードで(さば)きながら。

 叫ぶアタシに、シンが応える。

 ばっさばっさと、ロングソードで肉の塊を薙ぎ払うその姿は、まだ比較的余裕そうだ。

 一振りで――ひょっとすると一振りではないかもしれないが――人型の腐った肉の塊が、打ち砕かれる。


「何が、『敵対の意思はない』だ! 敵ばっかりじゃないか!」


 しかも、ただの人間よりやっかいだ。

 動きはそこまで速くないが、暗闇から這い出す姿が気色悪くて、アタシの判断と動きを鈍らせる。

 眠りもしないだろう。なんせ起きてきたばっかりだ。


「意思で襲ってくるわけじゃない。ただ、近づくと周りで勝手に魂の残滓(ざんし)が起きる。そういうことだろう」


「……クソっ!」


 結果は一緒だろう、と心で毒づく。

 鳥までの道は、すでに多数の人型の肉の塊に防がれて、近づけそうにない。

 シンが手を止めずに、アタシに訊く。


「実体がある。この手の、動く死者のようなやつらには、雷撃が有効だ。地を這うような雷撃、そんな魔法は使えないか?」


「そりゃ使えるが、貴様がいたら、巻き添えだ!」


「……ダメだな。なんとかするから、あいつへの道だけ作ってくれ」


 道だけ作れと言われても。舗装や用地締め固めのような呪文は知らない。知識に無い。

 ――いや。あった。


「ボコボコでもいいか?」


「構わん。やってくれ」


 言うが早いか、シンはアタシの傍まで走り寄る。

 まあどんな道でも、飛んで走り抜けそうな男だしな。

 そんな思考を巡らせ、――早口で詠唱と、魔力と呪文のアレンジを終え、アタシは魔法を解き放つ。


「――『層理面(ランド・ウェィブ)』!」


 アタシから鳥まで直線状に、硬い地面が、アタシの背を超えるくらいに盛り上がる。何度も何度も凹凸をつけて。いくつか墓石が犠牲になった。

 盛り上がった部分は、そのまま人型の肉の塊を跳ね飛ばす。――どうだ!


「よし、行くぞ」「――へ?」

 

 言ったシンは、アタシを右肩に担ぎ上げ、凹凸の上を宙を舞った。

 飛ぶように、段差をものともせずに、突進する。


「おおおおおおっ!」


 雄叫びを上げながら、跳んだシンはそのまま鳥に飛び掛かり、左手でそれを押さえつけた。


「やれ!」


「わかってる!」


 まだ肩に担ぎ上げられたまま、意図を読み、シンの指示に応える。

 両手の手袋を放り投げるように脱ぎ、右の親指の爪で、左の手の平を切り裂く。

 そのまま押さえつけられている鳥へ、魔力を込めて、ぶしゃあ、と噴き出た血を振りかけるようにした。

 鳥の身体が淡く光った。

 そのぼんやり光る赤の輪郭がほどけるように揺れ、次の瞬間には光とともに、宙へ沈むように消える。

 血絆(ブラッド・リンク)の成立。ほとんど意思の無い力だけ、というのは本当らしい。意思があるなら、契約自体も少しばかり手間取る。

 『返り鳥』は契約の内側へ消え、と、同時に、周りの腐った肉の塊たちも、さらさらと、風に吹き散らされる灰のように消えた。


「……ふう」


「担ぎあげるなら、最初に言ってくれ」


「言わなくても、分かってくれると思っていた」


 〇


「おんぶか、抱きあげて帰ってやってもいいぞ」

 

 座り込み、焼いた脚に治癒魔法を掛けていると、シンが頭の上から言ってきた。

 焼いた右のブーツは、外側を中心に裂けている。底面は残っているものの、歩けばそのまま裂け目が広がりそうで、如何にも頼りなかった。

 このまま来た道を戻るのは……つまり、 硬い植物の生えた藪を通るのは、避けたい。


「……夫でもない男に抱きあげられるのは、不愉快だ。だが……、これでは歩けん。すまんが、おぶってくれ。変なところに触るなよ」


「わかっている。子供のくせに、そんなことをいちいち気にするなと」


 屈んで、アタシに背を向けるシン。

 ガキ扱いするなと何度も言っているのに、毎度こちらをイラつかせてくる。

 だが、背に乗る前に、やることがあった。


「ちょっと待ってくれ」


 言って、立ち上がり、少し長めに感じる呪文の詠唱を始める。

 慣れぬ魔法だが、やっておいた方が良いだろう

 

「――『安らかなる眠り(レストイン・ピース)』」


 唱え終わるとほぼ同時、アタシを中心に、透明に近い白い光が、墓地全体に広がっていく。

 ふ、と。ふ、ふ、ふ、と。

 墓地のあちこちで、ごく小さな、弱い光が一瞬現れては、消えていった。

 魂の残滓――と呼んでいいかはわからないが、迷い、留まる何かを清めるための浄化魔法。

 地水火風の4つを薄く重ねて扱う、少し扱いの難しい系統だ。

 ……いや、言い訳だな。修練不足だ。汚れた墓地のような場所など、まず行かないから、使う機会もないと高を括っていた。

 

「あの『鳥』がここに留まっていたからか、なんだか良くないものが溜まっている気がする。(わたくし)の魔法では、どこまで出来たかわからないが……やらないよりはな。気休めかもしれんが」


 シンは、感心したように言った。

 

「――すごいな。一瞬、聖女に見えた」

 

「真似事だ。これも教本に載っていたから出来るが、殆ど使ったことは無い」


 回復や治癒魔法もそうだが、浄化魔法も、使う機会がないものは、上達のしようがない。

 唱えて発動させることは出来ても、本職には全く及ばない。

 

「いやいや。大したもんだよ。ほら、乗れ」


「ん。――助かる。……丁重に運べよ。レディだぞ。乾燥した花を扱う様に丁重にだ」


 今度こそ、アタシはシンの背に身を預けた。


 〇


「火葬した骨を埋める場なのに、死体と戦闘になるとは思わなかった」


 シンの背中に揺られながら、ぼやく。

 

「あれは死体そのものではないだろう。骨や灰の……形の記憶みたいなもんだろうな」


「なるほど。……なあ、……骨や灰であそこまで形になるなら、死体そのものがあれば、生前のように復活させられたりはしないのか? あるいは……灰から死体を復元して、さらにその死体から……」


 思いつきをそのまま口にする。その場にあるだけなのに、『返り鳥』が見せた光景は、衝撃だった。

 単純な構造の契約存在は、契約することによって、相互に力を何倍にもする。

 もし仮契約ではなく、正式な契約ならば、死者をも本当に蘇らせることが出来るのでは、と。

 そう思わせる光景だった。

 

「無理だ」


 シンはきっぱりと言った。


「……そうか」


「今日動いた死体たちだって、その骨や灰になる前の姿ではないかもしれん。あくまで似せた、それらしく形作るだけだ」


「……グラファリエルの死体があれば、と思ったが」


「諦めろ。命は帰ってこない。もし帰ってきても、(ゆが)んでいて、もう同じものではないだろう」


「…………」


 正直、『返り鳥』を手放したくない。

 支部に戻り、渡すしかないのはわかっている。

 ……歪んでいても、黄金竜(グラファリエル)に帰ってきて欲しい。そう思うのは、いけないことだろうか。


 シンもそのまま沈黙し、重なり歩む1つの影に、少しの沈黙が流れる。


「……そういえば、実体のある死体へ、雷撃が有効と言っていたが、どういう意味なんだ? 初めて聞いたぞ」


 無理くり話題を変え、アタシは戦闘を振り返る。

 これ以上考えたくなかったのもあるが、知識はいくらあっても良い。

 

「人や獣の身体は、小さな雷の連続で動く。動く死体も同じだ。人より雷を伝える導線が(もろ)いから、そこに強い力を加えてやると、導線自体が壊れて機能不全を起こす」


「へえ。覚えておく。……貴様も魔法が使えたら良かったのにな」


「別に、魔法が使えないことを恥とは思わん。オレの師は『万の技を使える者は怖くない。1つの武を万回修練した者は怖い』と言っていた。まあ……そう言いながら、戦斧も鎖鎌も教えてくれた師だったが」


「なっ……」


 思わず、息を呑む。似たような言葉を知っている。


「どうした?」


 シンが、優しげに()いてくる。

 背中に揺られて、体を伝い聞くシンの声はいつもより低く、なんだかこちらの心を穏やかにさせる。

 ついつい、……言わなくて良いことまで話してしまいそうだ。


「……それは、(わたくし)の父の言葉だ」


「どういうことだ? オレの師はお前の父ではないはずだぞ」


「以前話しただろう。我が家の家訓、前半部分は『万を(たの)むな(おそ)れるな』。後半部分の言葉はそれぞれが探しながら生きる。生き方をそれぞれが見つけ、言葉とするのがローゼンヴァルトだ。『万を(たの)むな(おそ)れるな』の後に、『百なる声に万で応えよ』と続けた者もいれば『一の涙を見捨てるな』と言った祖先もいる。……尊敬する祖父の二の句は『万なる敵を友とせよ』だ」


「ほう」


「父の見つけた言葉は『一なる技を万と成せ』。貴様の師と重なる」


 シンの背中が、軽く震えた。笑ったのだろう。

 

「ふふっ……。確かに、よく似ている。覚えておこう」


 それだけではない。

 (さら)われて以来、日常の過ごし方や鍛錬を見ていれば分かる。

 価値観も、子供たちへの接し方も、自分への律し方も……コイツのそれは、どこかローゼンヴァルトの理想に似ている。

 

「……修練を突き詰めると、同じ言葉に行きつくのだろうか」


「かもな」


 大きく広い背中は頼もしく、背負われ揺すられていると、幼い頃、父にそうされた時のような安心感があった。

 おもわず、眠気にすら誘われながら、呟くように言う。


「……出会い方が違えば、アタシたち、友達に……」


 ……なれたのだろうか。

 どろんとして落ちたまどろみの向こう、優しく寂しげな声の言葉を聞いたような聞かないような……。

 

「お前はオレを許せないだろうが、それでも、オレはお前から、いつか友と呼ばれたいとは思っている」


 〇

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