第10話 【転②】前
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『完全なる秩序』支部の暮らしは悪くない。
資金調達に長けた支部もあるらしく、そこから回ってくる金のおかげで、希望すれば大概のものは手に入る。アタシの場合はイコマが窓口になっている。
潮の香りもしない谷だから、海は遠い山中だろうと思う。なのに、冗談で『牡蠣のクリーム煮』をリクエストしたら、次の日の夕食に並んでいた。
想像以上に組織の手は長い。
……初めてと言いながら、これを調理してしまうリタも化け物だ。旨かった。しっかり火が通っていて、幸い、食中毒にはなっていない。
構成員の中で、外部から契約存在を回収してくるアタシのような存在が工作員と呼ばれ、下働きの子供らからは『様』を付けて呼ばれている。
子供らは20人に近い数がいる。大概、現場で工作員が見かねて拾ってきた、行き場がない孤児だそうだ。9歳のリタですら年長。なのに、いずれも掃除に洗濯に炊事に、と一生懸命働いている。
顔も知らない他の工作員が何組かいるらしい。だが、そもそも支部内にいない。支部長フェルナーの指示で回収に行ったきり、何か月も戻らないこともざらだそうだ。
アタシとシンの場合は、『忘れ虫』の時と同じような、悪徳金持ちの屋敷や反社会組織のアジトから盗み出す回収任務が続いた。
夢を食べる二枚貝、色のついた水を透明にしてしまうクラゲ、金属もガラスも食ってしまうムカデ。油の中で生きる青い魚、星の光を当て続けると増える珊瑚。
雷を出す鹿なんてのもいた。
シン曰く、それでもアタシたちの案件と似たような1件に何か月もかける工作員もいる。簡単な方ではないとか。
厳戒警備の中でも、半日あれば、アタシとシンなら難しいことではない。……悔しいが、一緒にいると安心感のある優秀な男だ。
シンの方も何度も、アタシの能力や、契約の器としての大きさには驚いている。『完全なる秩序』の中で価値の見積もりが不当に低いとして。――悔しいが、こちらを乗せるのもうまい男だ。
任務の合間は、敷地内の広場で、体と魔力を鍛えている。時間はいくらでもある。
木剣を振り、魔力を飛ばし、重りを使って筋力をつけて、走る。
最初は、少しでも戦力を隠しておこう、と心に浮かんだ。
のだが、稽古に付き合うシン――コイツも大概いつも体を追い込んで鍛えている。必要以上に――を見ていると馬鹿らしくなってやめた。
なんせ――。
「……化け物め」
「シン様、すご~い!」「もっと、早く高く上げて~!」
呆然と。木剣を持った腕をだらりと垂れ下げたアタシの目の前には、自らの腕を広げたよりも、さらに大きな岩を持ち上げる灰銀髪の大男。
岩の上には、2人の小さな子供が乗っている。周りで見守る子供も何人か。
周りの子たちも、乗っている子も、みんな笑顔で、安心しきっている。何度もこれをやっているのだろう。
シンは、そのまま、持ち上げた岩を左右にゆすり、全身で上下に動かしている。
剣の稽古に付き合ってもらおうと、声を掛けにきたところである。
コイツは教えるのも上手い。アタシが全力で打ちかかっても、1本も取れない。取れないから打ちかかれるという妙な安心感すらある。
「……勝てない」
思わず漏れた呟き。
この力強い肉体が、闇の中では、潜む猫よりも静かに、しなやかに動くのだ。
肉体へ強化魔法を使っても、アタシには出来る気がしない。
「あ、サキ様!」
アタシに気づいた、見物の子供が声を上げる。
シンの周りには、子供が集まる。稽古の合間に上手に遊んでやるのも上手かった。仕事を終えた子たちは、構ってもらおうとシンを探していることも多い。
よって、それに稽古をつけてもらっているアタシとも顔なじみになる。
「サキ様、剣のおけいこ?」「シン様は、わたしたちと、あそぶからダメですよ」「ローゼンヴァルトのおはなし、聞かせて」
あっという間に、子供らに囲まれる。
シンもこちらに気づき、手を止めて、大岩を降ろし、乗せていた子供を降ろしていた。
「む……。そうか……。で、ではまた来る。話は……また今度な」
子供は英雄譚が好きだ。半日だろうが我が家の話を飽きずに聴く。
ずっと話していたくなるが、今の気分は鍛錬だった。
踵を返し、別な場所を探そうとする。
――と。
その脚を、シンの大声が止めた。
「おい、あの姉ちゃん、けちんぼだぜ!」
周りの子供へ呼びかけるように、アタシに聞こえるような声で。
思わず、止まるアタシの脚。振り返る。
「なんだと?」
「すごい魔法使えるのに、全然見せてくれないんだ! おい、お前らも言ってやれ。けちんぼってな!」
「……け、けち!」「けちんぼ!」「ローゼンヴァルトはすごいっていってるのに、うそつき!」「……けちんぼ!」「すごいまほう使えるのも、うそじゃないのか!」
シンに乗せられて、周りの子供らも口々に囃し立ててくる。
別にどう思われようと構わないが、我が家のことを言われるのは我慢ならなかった。
こめかみに血が集まるのを感じる。
「貴様ら……」
「悔しかったら、せいぜいすごいことをやってみろ」
「……いいだろう」
シンの軽口に乗せられて、アタシは子供たちの輪に戻った。
仁王立ちした後ろを半円状に、幼い子供たちが取り囲む。
さて、何を見せようか。
シンが期待しているのは、おそらく『創世の評決』のような、地形すら変えてしまうような大呪文だろう。だが、ここでは使えない。
ド派手な大破壊をやらかして、どこかの国で騒ぎになり、周りにこの支部が発覚しても困る。……契約がここでもアタシを縛る。
空の彼方に極太の光線でも打ち出すのが良いか。だが、それもその斜線上に何もいないとは限らない。罪なき鳥を無為に屠るわけにもな。
……ああ、今日はせっかくだから限界まで打ち上げてみよう。鍛錬も兼ねて。
「我がローゼンヴァルトが、絢爛さに置いても、他に負けぬことを見せてやる」
雲の無い青空を見上げたアタシは、魔力を身体全体に収束させながら、詠唱を始める。
詠唱無しでも使える魔法だが、しっかり詠唱して全力で。
――詠唱を終え、力ある言葉を魔力に乗せて、空中へ。
「『極彩大花火』!」
ぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽ……。
アタシが掲げた右手から小さな光球が、無数に大空に……、遥か上空へ打ち上がる。50くらいは打ち上げられただろうか。
黄金竜がいれば、着火をしてくれたのだが。
浮いた光球をそのまま留め――かなりの集中力を要求されるので、疲れる――、アタシはさらに、着火用の魔力球を、ゆっくりと同じ場所へ放った。
「はぁぁっ――!!」
ドーン!
魔力球に触れた光球が、赤と白と緑の色鮮やかな花火になり、大輪の花が咲く。
連続で、時間差で、ゆっくりとした魔力球をあらかた打ち上げた後、アタシは振り返るように、子供らを見回した。
ドーン! ドーン!ドーン! ドーン!
青空に咲く色とりどりの花火たち。それから目を離せない子供だち。
「うわあ……」「すっげえ……」
驚きと、満足そうな顔が見える。1回やるだけで汗が玉になるのだ。そうでなくては困る。
無垢なる顔――だが、それもいずれは組織の手先となっていくのだろうが――に包まれて、アタシは少しばかり誇らしかった。
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「鳥?」
「命を戻す鳥。それが今回の回収対象だ」
任務前の待ち合わせ場所としている、居住区から抜ける聖堂の内扉の前。
フェルナーから仕事を預かってきたシンの顔は、いつもと変わらない無表情だ。
子供らやイコマに見せる笑顔は普段用、今は仕事用か。どっちが本当のコイツなのか。
「いつも思うが、変な物ばかりだな。回収対象ってどうやって決まるんだ?」
役に立つのか立たないのかわからない物ばかり回収している気がする。
それなりに危険な場所へ行くのだから、多少は見返りや、情報が欲しい。
「基本的には、支部長の自由裁量だ。円座が指定する物も時たまある。成果さえ上げていれば、何も言われんと聞く」
「成果……」
強力な契約存在を管理下に置く、それが目的だとは言っていた。
支部ごとに数や質を問われるものだろうか。
「まあ、オレもフェルナーの指示するものはあまり好きになれん。もっとわかりやすいものが良い」
「……貴様、フェルナーに割と批判的だよな。仮にも上司なのだから、もっと言いようがあるだろうに」
思わず口をついた。
アタシは、学校では教師の言うことを好く聞くようにしていたし、家でも目上の者に対してはそうだった。
貴族社会も表裏があるとは言っても、割と縦社会の身分には厳しい。
しかし、考えてみれば、シンはフェルナーに好意的な発言をあまりしない。
シンは、ふ、と笑うように息を吐き、言った。
「オレは、フェルナーの部下じゃない。支部では支部長の指揮下に入るように言われているがな。支部が好き勝手やらないように見張る、円座からの監視役だ。各地ごとに、俺のような者はいる」
「なっ……」
知らなかった。
てっきり、同じ工作員だと思っていたのだが。なんならアタシへの監視役だと思っていた。
「……まあ、それもあって、フェルナーは、オレを支部にあまりいさせたくないのかもしれん。任務をやたら振られるのもそのせいだろう。お前くらい有能なら、もっと支部でのんびりしている時間は増えているはずなのだが」
「構わん。別にのんびりなどしたくない」
アタシも、成果を上げれば自由が近づくと言われている身ではある。内容も定かではないし、保証もないけれど。
気になった話題を口にし、続ける。
「なあ、それってつまり円座には、フェルナーより貴様の方が近いと言うことなのか?」
「ある意味ではそうだ。だが遠くもある」
シンの答えは少し曖昧だった。他人には『言葉が回りくどい』だの言うくせに。
「なんだ、そりゃ。まあいい。知ってるなら教えてくれ。強い契約存在や、アタシのような契約の器を管理下に置いて円座は何をしたいんだ?」
正直に言って、フェルナーからは欲しか感じられない。 支配欲、出世欲、所有欲の権化のような男だ。
しかし、そんな男を支部長に据えている本部の思惑は気になっている。
シンはアタシの目を見据えると真顔で応えた。
「世界平和だ」
「……私のような、うら若き乙女を誘拐した者の言葉とは思えんな」
……世界征服の間違いだろう。でなければ、よほどの善人かバカの答えだ。
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