344:メイクアップ
冬の舞踏会当日。
その日、ワタシは朝からトレガレー公爵家を訪れていた。
理由は言うまでもなく、冬の舞踏会の為にしっかりと着飾るためである。
「今日はよろしくお願いします」
「かしこまりました。ミーメ様」
と言うわけで、身支度開始。
まず始めに、温かい風呂場で全身をしっかりと洗われて、汚れ一つない状態に。
髪の毛も整えられるし、肌に爪に歯も同様。
とは言え、その辺りは『闇』『人間』ついでに『魔力』の応用で以って常日頃から整えられているため、公爵家の侍女の方々から、褒められるどころか、手の加えようがないと多少呆れられてしまう所だったけど。
「では、此処からはウチたちが作ったドレスを着ていただきます。『闇軍の魔女』様」
「よろしくお願いします。ストリンさん」
体の準備が整ったところで、次は衣服。
ヘルムス様が準備していたのは、ストリンさんと貴族院に通う闇属性の人の一部が協力して作ったドレス。
なんでも、フォレストウルフの毛皮を糸化し、その糸を布として織った上で、トレガレー公爵家お抱えの職人たちがデザイン、染色、縫製などをしたドレスらしい。
色はヘルムス様の目を意識して、藍色を主体としたもの。
見た目と手触りは柔らかな物であり、温かい。
だが、少し強めに握ったり折ったりしても、痕は付かず、整えられた状態に戻る、一種の形状記憶機能を有しているとの事。
後、フォレストウルフの毛皮の特性なのか、植物素材と接触した時に異常なまでに擦れないらしく、見た目よりもはるかに動きやすい。
要するにトレガレー公爵家の力と、これまでは日陰者だった闇属性魔術師たちが堂々と日向に出てこれる技術、グロリベス森林深層の魔物の厄介さが詰め込まれた、現状ではこの世に二つとない特製のドレスと言う事になるらしい。
うん、説明されただけでもちょっと恐ろしくなるし、背筋が伸びる思いである。
少なくともこれを着ている間は、変な言動をしないように、慎重に行動をしなければいけない事だろう。
「素敵です。『闇軍の魔女』様……」
「ありがとうございます」
だが同時に誇らしくもある。
これほどの品を贈ってもらえた事に、生み出すきっかけが一応は自分にある事に、期待をしてもらえるのだと言う事実に。
「それでは、ミーメ様。装飾品を付けていきますね」
「はい、お願いします」
さて、それほどのドレスであるので、当然ながら他の品も相応の物を身に着けなければ、見劣りしてしまう。
なので、ワタシ自身が持ち込んだ『泳蟹瑠璃』と『ひとのまのもの』の指輪以外は、トレガレー公爵家が準備してくれた装飾品を身に着け、靴を履く事になる。
胸元を飾るのは、こう言う場では毎度着けている、ワタシの第三の目を誤魔化すための位置が固定されるネックレス。
その他にも腕輪や髪飾りを付け、合わせて髪型も整えていく。
「それでは、此処からは私が化粧を施させていただきますわ」
「お願いします。ロクリエさん」
最後に、魔術によって好きな顔料を作れるという点に目を付けられて、最近は高貴な女性に化粧をするための技術を磨かされているらしいロクリエさんの手によって、ワタシの顔に薄く、目立つほどではないが、しっかりとしたメイクが施されていく。
なんでも、最近の王城の流行りも反映した最新のメイクとの事。
ちなみに、『模倣』の応用で、普通の汗や涙に触れた程度では崩れない特製メイクでもあるらしい。
だからこそ、落とすのにも専用の薬液か、相応の魔術が必要になるため、貴人の女性にしか施せないメイクでもあるようだが。
「とは言え、『闇軍の魔女』様は元々可愛らしいお顔の上に、整ってもいますので、出来る事はそう多くはありませんけれど」
「?」
「ある意味では、化粧をする者を泣かせる顔と言う事です」
「なるほど」
ロクリエさんの言葉に、ワタシの湯浴みを担当してくれた侍女の方々が頷いている。
いや、ストリンさんたちもか?
まあ、ワタシの見た目が整っている事については、今更否定なんてしないけれど。
「これで完成ですわ」
「ありがとうございます、ロクリエさん。それにストリンさんたちも」
「えへへ、でも、ウチたちは頼まれるままに頑張っただけだから、そんな褒められるような事は……」
「ストリン。頑張ったんだから、素直に受け取っておけばいいよ」
こうしてワタシの着替えは完了。
いつの間にか用意されていた、全身を映し出せる大きさの鏡に映った自分の姿を見る。
うん、自画自賛になってしまうけれど、控えめな評価をしたとしてもなお、胸を張って、美少女と断言できる見た目だと思う。
だからこそ、ここまで整えてくれたロクリエさん、ストリンさんたち、トレガレー公爵家の侍女の方々にワタシは礼を述べていく。
「ミーメ嬢。着替えは終わりましたか?」
「ヘルムス様!」
部屋の中に着飾ったヘルムス様が入ってくる。
服装については、この手の集会におけるスタンダードな装いである黒のタキシードだ。
だが、見る者が見れば、その質の良さを感じ取れる物になってもいる。
そして、胸元を飾るのは、ガーネットを花弁状に散りばめて作られたコサージュ。
並のイケメンが着けたらキザったらしくなってしまいそうな物だが、ヘルムス様が身に着けていると、よく似合っている。
いや、それだけじゃない。
使われているガーネットの色は赤紫色、つまりは……。
「ワタシの色、ですね。ヘルムス様」
「ええ、その通りです。ミーメ嬢。ミーメ嬢の色を纏わせていただきました。これならば、私とミーメ嬢の関係性は誰の目にも明らかでしょう」
「はい、ありがとうございます。ヘルムス様」
婚姻指輪がそうであるように。
この世界では、相手の目の色に合わせた物を身に付ける事には大きな意味がある。
そして、赤紫色と言うのは、属性の色としては第一属性に含まれていない色であり、ワタシの第二属性の色でもある。
その色を持った装飾品をヘルムス様が目立つところに付けているというのは、誰の目から見ても同じ意味にしか取れない事だろう。
「なんなら、服の色もミーメ嬢に合わせたと主張する事も可能でしょうが……如何しましょうか?」
「それはその、流石に恥ずかしいですし、他の人にも迷惑が掛かりそうな気もしますので控えましょうか」
「かしこまりました。ミーメ嬢」
まあ、流石に暴走し過ぎないようにはしてもらうけれど。
その主張が通ってしまうと、来年からは男性陣のタキシードも色とりどりになってしまう。
それはそれで見物かもしれないが、流石に控えておいた方が無難な流れだろう。
ただ、ヘルムス様としても流石に冗談だったのだろう、少し微笑んでから、直ぐに取り下げてくれた。
「それでヘルムス様」
「はい。なんでしょうか。ミーメ嬢」
「その、ワタシの格好はどうでしょうか?」
ワタシは少しだけ息を整えてから尋ねる。
ヘルムス様ならば大丈夫だと分かってはいるけれど、それは緊張しないという意味ではないので。
「とてもよく似合っていますよ。可愛らしく、美しく、私の両目がどこまでも追い続けてしまうほどに。他の者の目に触れる場所に出したくないと思えるほどに。本当に……今日はもう一日屋敷に引きこもっていても良いのではありませんか?」
ヘルムス様が跪き、ワタシの手を取り、その上で甘く甘く囁いてくれる。
その誘いは本当に甘美で、思わず乗ってしまいたくなるくらいだった。
「あ、ありがとうございます、ヘルムス様。でも、仕事でもありますので、引きこもっている訳にはいきませんよ」
「ええ、残念ながらそうですね。では逆に私からも尋ねましょうか。ミーメ嬢、私の格好はどうですか?」
ヘルムス様の問いにワタシは笑みを浮かべてから答える。
「とても……とても素敵です。何時までも見つめていたいほどに」
「ありがとうございます。ミーメ嬢。そう言っていただけるのなら、努力した甲斐があると言うものですね」
堂々と、はっきりと、周囲にも聞こえるように。嘘偽りなく。
ヘルムス様の瞳をしっかりと見つめて。
そのままの状態で時間が過ぎていき……。
「コホン。お二人とも、時間が迫っていますので、出立の準備をお願いいたします」
「そうでしたね。では、参りましょうか、ミーメ嬢」
「あ、はい。ヘルムス様」
唐突に聞こえたサマリナさんの咳払いによってワタシは正気に戻り、ヘルムス様にエスコートされて、多少慌てながら王城へと向かうのだった。
サマリナ以外の全員が正気を失っていた疑惑。




