342:見世物と対価
「まず、おかしな事を考えているのは、モクリッナ伯爵の甥だ。現在18歳で、次の春に貴族院を卒業する事になっている」
「あの、公爵様。モクリッナ伯爵と言う名前自体、ワタシは聞いた事が……ああいえ、何処かで聞いた覚えはあるのかもしれませんが、領地が何処にあるかなどの情報が分からないのですが……」
ワタシの言葉に公爵様がヘルムス様に視線を向けるが、ヘルムス様はワタシが現時点で知らないのなら、その程度の相手ですと言わんばかりの顔である。
だからなのか、最低限の事は公爵様が教えてくれた。
「モクリッナ伯爵領はイストフィフス侯爵領の直ぐ東にある領地で、トレガレー公爵領とは幾らかの取引があると共に仲は良くもあり悪くもありと言う所になる。イストフィフス侯爵討伐作戦での功績が無いわけではないが、あの作戦の功績で言えば、ミーメ殿の方が活躍していると言えるだろう」
「なるほど」
「むしろ、イストフィフス侯爵に長年悩まされてきた身だから、今の宮廷魔術師たちと王城には恩義を感じていて、恩を返せる機会を待ち望んでいたはずだ」
そう言う公爵様の表情に感情は浮かんでいない。
その点だけでも、モクリッナ伯爵の甥とやらの末路がもう見えている気がする。
「本人の人となりについては、敢えて話さないでおこう。不慣れなミーメ殿では、事前に知らせてしまうと、それが態度に出てしまう」
「あ、はい」
「父上。ミーメ嬢なら、今の一言だけでも察したかと」
「詳細を述べていないのなら、問題は無い」
そしてヘルムス様の言う通り、色々と察した。
まあ、考えてみれば、伯爵の甥と言う事は名前にフォンを持たない……継承権を有さない立場の人間であるはず。
だが、土地が安定しているとは言い難い新興の辺境伯家ならばまだしも、今回の誰かさんは伯爵家なのだ。
どんな人間であれ、伯爵家の人間である以上は、他領地との婚姻、自領地内での婚姻、新村村長・騎士・文官などの役職など、引く手数多になるはず。
それは既に開拓が終わっている領地だって変わりないはず。
なのに、冬の舞踏会でワタシに求婚してこようだなんて……どう転んでも、この時点でその人となりを悪い意味で察する事が出来る。
たぶんだが、ヘルムス様とトレガレー公爵家の縁が無くても、一発お断り案件ではなかろうか?
「一応お聞きしますが、モクリッナ伯爵はお止めしたんですよね?」
「ああ、止めている。それで甥が止まりそうになかったから、さっきも言ったが、非常に申し訳なさそうにしつつ儂の所へ秘密裏にやって来たし、陛下にも万が一会場に来ても入場を認めないで欲しいという打診もしている」
どうやらモクリッナ伯爵はしっかりとやるべき事はしているらしい。
流石はイストフィフス侯爵領と隣接していたというべきか、あちらに感化されず、干渉を防ぎ、真っ当な領地経営をしてきただけの事はあるようだ。
「それがどうして見世物に?」
「簡単に言えば陛下の案だ。モクリッナ伯爵に責が無い事をしっかりと示した上で、甥を貴族社会から追放する。イストフィフス侯爵が居なくなったことで多少緩んだ貴族社会全体の引き締めを行う。ミーメ殿とヘルムスの仲が強固なものであり、モクリッナの甥に続くような愚か者が出る事を減らす。と言った様々な利益が見込めると踏んだらしい」
「あーなるほど……」
ワタシは感心しつつ思う。
モクリッナ伯爵の甥は既に完全に切られているらしい。
陛下の案で行われているという事は、そう言う事だ。
そしてたぶんだが、ワタシには知らされていないだけで、他にも色々な人が、色々な形で利益を受け取っている事だろう。
それこそ、モクリッナ伯爵の甥の両親……伯爵から見て弟なのか、妹なのかは知らないが、そこが実はイストフィフス侯爵と後ろ暗い取引があったので、これを機に……とかありそうだ。
うん、貴族怖い案件だ、これ。
「後はミーメ殿が見世物になる事を了承してくれるかどうかで、了承するのなら、モクリッナ伯爵が甥に対して、『自分の力でどうにか出来るのなら、好きにするがいい』とでも言う事になっている」
「な、なるほど……」
それって要するに、家はもうお前の事など知らん。と言っていますよね、と言う言葉は飲み込んでおく。
まあ、最終的に行動を起こすか否かの決定権は見世物にされる甥が持っているので、甥が賢ければ容易に回避できる罠ではあるか。
なので、悪質さについて問われれば、実はそこまで悪質ではないのかもしれない。
「では……」
「お待ちを、ミーメ嬢」
了承しようとしたワタシをヘルムス様が止める。
「なんだ、ヘルムス」
「父上。今のままでは、矢面に立つ事になるにも関わらず、ミーメ嬢が得る利益が足りていないように思えますが? 私との仲を示す。不埒者が追放される程度では、不十分でしょう」
「不満か?」
「不満です」
「だがなヘルムス。だとすれば、何を求める? 言っておくが、報奨金の類は出せんぞ。そんな物を出せば、それこそ関わった者の傷になる。金の為に弄び嘲笑ったのだとな」
「それはそうですが……」
公爵様の言う通り、この件で褒賞を出すのは難しいというか、受け取ってはいけない類のものだろう。
精々が、モクリッナ伯爵からお詫び名目で軽めの品を受け取るくらいではなかろうか?
「公爵様。モクリッナ伯爵の甥に続くような人間が一人でも少なくなるような方策などはありませんか? その手の人間を一人残らずと言うのは無理だと思いますが、少なく出来る事に越したことはないので」
「そう言う手も思いつかなくもないが……」
ワタシの言葉に公爵様はどうしてか、ワタシとヘルムス様の顔を見る。
思いついたが、話しづらいと言わんばかりの顔だ。
だがそれでも、話すべきだと思ってくれたのか、公爵様は口を開く。
「手っ取り早いのは、書類上だけでもミーメ殿とヘルムスの間にある繋がりを婚約から婚姻に変えてしまう事だ。公爵である儂と、陛下の承認があるのなら、後は本人たちが認めるのなら、そう言う事も出来る」
「「!?」」
「そして、そうなれば、ミーメ殿は正式にトレガレー公爵家の一員。並大抵の人間は爵位をかざすだけで退けられるし、ミーメ殿がヘルムスの妻になる以上、不埒な物言いをされた時には言い訳を許さず、相応の対処をする事が許されるようになる」
公爵様の言葉に、ワタシもヘルムス様も驚き、顔を見合わせてしまう。
しかしなるほど、書類上だけでも婚約から婚姻に切り替えてしまえば、ヘルムス様の妻であるワタシに不貞を働こうとしたと言う論理で以って、迫ってくる相手に分かり易くアウトを突き付ける事が出来ると。
いや、本当は婚約している時点で、そう言う事をしたら駄目なのだけれど。と言うツッコミも入りそうだが、でも、婚約ではまだチャンスがあると考えてしまう人間を完全かつ一方的に弾けるようになるのか。
なるほど、確かに対処は楽になりそうな気がする。
「ただこの案は……流石にまだ早すぎるだろう。ミーメ殿は16歳。年が明けても17歳。式や公表については、きちんと準備を整えてから改めて行えば問題は無いが、他の問題……姓や住居、二人の立ち位置をどうするかと言った問題がある事だし、流石に現実的では無いだろう。それでも頼まれれば、公爵家の総力を挙げて援助はするが」
「「……」」
確かに早くはあるのだろう。
ヘルムス様の評判が落ちると言う問題も否定できない。
「後、本当にどうしようもない人間はこちらの事情を無視して寄ってくるものだと言うのも知っておきなさい」
「それは……はい」
「居ますからね……。ジャーレンのような女は……」
そして、絶対に問題が解決するわけでもない。
結局は色恋沙汰なのだから。
ジャーレンくらいに思いつめた人間は結局、自分に都合がいいように考えて、止まらない物である。
「なんにせよ、ミーメ殿が見世物の件を了承してくれるのであれば、二人の邪魔をさせないようにするための方策を何かしら考え、実行しよう。勿論、二人に何をするかの相談をするし、詳細を詰めるのもそれからの話だが」
「分かりました。では、見世物の件は了承しようと思います。どうせ何かが来るのなら、周囲からの手助けを期待できる環境で対処した方が楽そうなので」
「ミーメ嬢がそうおっしゃるのであれば、私も可能な限り、手助けをいたしましょう」
「感謝する」
こうして、ワタシたちは冬の舞踏会の最中に、一つ仕事を行う事になったのだった。
PC入力だと直感的なものからズレるので嫌がらせそうな名前モクリッナ(mokurixtunaと入れないと出ないため。mokurinnaではモクリンナになってしまうのだ)
11/05誤字訂正




