335:冬の舞踏会について
「失礼いたします。ミーメ様」
「いらっしゃいませ。グレイシア様」
部屋にグレイシア様がやってきた。
最近はワタシも王城に慣れてきた上に、グレイシア様の側も忙しかったり、ワタシとヘルムス様の時間を考えてくれたりしている為なのか、グレイシア様がワタシの部屋を訪ねてくる機会と時間は減りつつあるのだが、今日は来てくれたらしい。
「グレイシア嬢が来たのはちょうどいいですね。では、お茶でも飲みながら、冬の舞踏会についてミーメ嬢に詳しく話しておきましょう」
「よろしくおねがいします。ヘルムス様」
「なるほど。ちょうど良い所だったようですね。わたくしからの話も冬の舞踏会について、ミーメ様がどの程度理解されているかを判断する事でございましたので」
と言うわけで、冬の舞踏会について、しっかりと話をする事になった。
「まず冬の舞踏会とは、王城で毎年開かれる催しです。例年、年末最後の催しであり、これが終わると共に新年になります」
「はい。それは知っています」
つまり、今は王国暦516年だが、冬の舞踏会が終われば、王国暦517年になると言う事である。
貴族院などの新年の始まりとの間に差があるのは、聖地トリニア時代からの名残であるらしい。
「この催しには、多くの人間が参加します」
「王都の主要貴族に豪商、各地の領主とそれに関わりのある者、貴族院の一部生徒、将来も含めて王国を動かす人間が一堂に会すと言っても過言ではございません」
「なるほど」
「では、それほどの人数が何故集まるのか。勿論、踊るためだけではありません」
ヘルムス様曰く。
冬の舞踏会の目的は主に三つ。
一つ目は王族との顔合わせ。
一人一人にかける時間こそ短いものの、各地の領主が直接陛下に会って会話を出来る貴重な機会であるらしい。
これが、平時に顔を合わせようと思えば、陛下はただでさえ忙しい仕事を圧縮して時間を作らなければいけないし、領主も領地経営で忙しい中で時間を作らなければいけないので、調整をする人たち含めて、非常に面倒なのだとか。
だから、参加さえすれば、会って話ができるのは大きいのだ。
二つ目は契約の正式締結。
基本的には、秋の収穫祭で仮に結ばれていた契約を当事者となる領地の領主が確認し、正式なものにする事を指している。
これは、隣近所の領地ならばともかく、遠く離れた領地同士の契約となれば、関係者が王都で揃う冬の舞踏会に合わせてやる方が圧倒的に楽なためである。
他にも、代理ではなく領主当人でなければ、処理しきれないような案件は、この機会に一気に終わらせてしまうのだとか。
「とまあ、ここまでは私たちも無縁ではありませんが、そこまで気にしなくてもいい話なのですが、最後の話は違います」
「そうなのですか?」
「はい。わたくしもヘルムス様に同意でございます。この点について知らないのは、致命傷にすらなりかねません」
ヘルムス様の言葉にグレイシア様も頷いている。
どうやら、本当に大切な話のようで、二人とも少しだけ緊張している気がする。
「それで、三つ目の目的とは?」
「それぞれの婚約、婚姻の関係を公にする事です」
「?」
「冬の舞踏会は、正門から入るならば男女二人一組での参加が条件でございます。つまり、夫婦か婚約者と組むのが普通なのです」
「……。なるほど」
ワタシは少し考えて納得した。
冬の舞踏会の目的、その三つ目は、夫婦または婚約者と組んで入る姿を他の貴族たちに見せる事によって、自分たちの関係性を明らかにすると共に、広く知らしめることであるらしい。
逆に言えば、この場に若い人間が一人で参加するならば、例え婚約者が存在する事が知られていても、新しい婚約を求めていると認識されてしまうほどなのだとか。
ちなみに、貴族院の一部生徒の参加が許されているのも、この三つ目の目的が理由となる。
今年卒業する生徒同士とか、片方は既に卒業済とか、婚約者がいない生徒や地方の次期領主が婚約者を探してとか、それぞれの理由で以って参加するらしい。
なので、冬の舞踏会の会場は、一部の人間にとっては甘ったるく、一部の人間にとっては火花が散る。そんな場になるようだ。
まあ、やり過ぎれば、会場どころか、貴族社会そのものから弾き出されかねないのだけど。
話を戻して。
「つまり、ワタシが冬の舞踏会に参加する場合には、ヘルムス様と組んで参加すればいいのですね」
「ありがとうございます、ミーメ嬢。そう言っていただけると信じていました」
「当然じゃないですか。ワタシはヘルムス様の婚約者ですよ」
ワタシの言葉にヘルムス様がとても嬉しそうにする。
うん、流石のヘルムス様も不安だったらしい。
でも、ワタシが今更断るわけもないので、そんなものは杞憂である。
と言うか、ここで一緒に出ないのであれば、ワタシが王城に入ってから今に至るまではなんだったのかと言われてしまいそうだし、ワタシ自身も言いたくなってくる。
なお、冬の舞踏会そのものに参加したいかと言われれば、ちょっと微妙な気もするけれど……いや、参加して、はっきりと示しておくのが、ワタシにとっても、ヘルムス様にとっても、婚約にとっても、万事良さそうなので、参加できるならしておきたい。
「それでグレイシア様は?」
「わたくしはジャン様と一緒に参加でございます」
「それはつまり……」
「分かりません。その、本当に。お互いに相手がいると示しておいた方が、妙な声かけや申し込みが無くなりますので、利益がある事も確かでございますし」
そう言うグレイシア様の顔は、恥ずかしがっているようにも見えるものだった。
やはり意識はしているらしい。
「「……」」
『ヘルムス様。これはどう思いますか? ワタシは脈ありだと思っているのですが。でもなんにせよ、迂闊に触れない方がお互いにとっていいですよね?』
「……!」
しているらしいが、余計な口出しはしない方が良いだろう。
と言うわけで、ワタシはヘルムス様にだけ聞こえるように魔術で話しかけ、ヘルムス様はワタシにだけ分かるように小さく首肯した。
ジャン様にはどうか頑張ってほしい。
「しかしヘルムス様。冬の舞踏会ともなれば、参加に当たってはドレスの類が必要になりますよね。ワタシは特に準備などしていませんが、今から間に合うものなのでしょうか?」
「その点についてはご安心ください、ミーメ嬢。我が家の方で着々と準備は進めています」
「そうですか。なら大丈夫そうですね」
「ええ、期待して待っていただければと思います」
当然の話だが、冬の舞踏会には参加者が守らなければいけないドレスコードと言うものが存在している。
男性の方はほぼ統一された様式のようだが、女性の衣装はそれぞれが自分に合った物を着てくるため、非常に華やかな物になるのだとか。
そんな中でトレガレー公爵家がわざわざ用意してくれた衣装となると……もしかして、そう言う事だろうか?
うん、もし本当にそうならば、期待させてもらおう。
それと同時に、ワタシもトレガレー公爵家の恥にならないよう、気合いを入れなければいけないけれど。
「以上が冬の舞踏会についてでです。お判りいただけました? ミーメ嬢」
「ミーメ様、当日は可能な限り一緒に居る事で、ヘルムス様が居ない間の手助けをさせていただきますので、どうかご安心ください」
「はい、大丈夫です。ヘルムス様。グレイシア様も分かりました。その時はよろしくお願いします。とは言え、場所と主催者を考えれば、何かが起きるとも思えませんけど……」
「そう……だと良いのですがね」
「そうでございますね」
「あれー?」
なお、二人の反応からして、冬の舞踏会は中々に油断ならない場になるらしい。
やはり人が集まる以上は、どうしても、そう言う手合いも出てきてしまうようだ。
いやあるいは……そう言う場所だからこそ、色々と仕掛けられるのかもしれない。
うん、気を付けておこう。




