333:閑話-イトメント男爵家のその後
「ミーメ嬢、報告書が上がってきました」
収穫祭が終わってから一週間と少し経った頃。
いつものように、ワタシの部屋でワタシ、ヘルムス様、ジャン様、グレイシア様でお茶を飲みつつ休憩をしていたら、ヘルムス様が声を上げ、受け取ったばかりの冊子をワタシたちに見せた。
「報告書と言うと?」
「イトメント村、イトメント男爵夫妻、ロクリエ嬢の倉庫、それらの現状と処分に関する一次報告書ですね」
「なるほど。聞きたいです。ジャン様、グレイシア様、二人にはそれほど関係ないことかもしれませんが、構いませんか?」
「俺っちは構わないぞ。知っておいた方が色々と良さそうな話だしな」
「わたくしも興味がございますので、問題ございません」
どうやら、王都からグレンストア公爵領のイトメント村へと派遣された人たちが到着。
直ぐに出来る範囲の調査が出来たらしい。
それに並行して、直ぐに決定できた処分についても報告されたようだ。
「では、私から報告させていただきますね。イトメント村に到着した調査員たちですが、直ぐにロクリエ嬢の倉庫について調べたそうです」
報告書によれば。
ロクリエ嬢の倉庫は、屋敷内の一室を改装した物だったらしい。
倉庫には鍵がかかっていて、代官が持っていた鍵が無ければ、開かない構造になっていたとの事。
だが、中に入ってみれば……倉庫内には、隣にあった男爵夫妻の部屋に通じる穴が開けられていて、倉庫の中には疎らにしか品がなく、特に魔道具としての機能を有する物は一品も残っていなかったらしい。
「壁に穴って……その現状で誰も気づかなかったんですか?」
「男爵夫妻が帰ってくるのが非常に稀で、しかも敬意を集めていなかったため、部屋の手入れは最低限だったようですね。その上で、夫妻の部屋側からは大型の家具で穴が隠されていたために、気づかなかったようです」
つまり、イトメント男爵夫妻が誰も省みない相手だったせいで、侵入経路の発覚が遅れる事になったと。
「鍵を渡された代官とやらはどうなんだ? ロクリエ嬢の倉庫の中身は財産になるはずだから、その代官には管理義務があるはずだろ?」
「どうやらこの代官は仕事と趣味を完全に分け、趣味の方は犯罪でない限りは関わらないと言う考え方だったようですね。管理義務があった事すら知らなかったようです。その為、鍵は渡されましたが、今回まで一度も使ったことが無かったようです」
「最初に一度、中身の確認くらいはするべきではございませんか?」
「私もそう思いますが、イトメント村はグレンストア公爵領でも外れの方にある小さな村です。そこの代官に指示されていない仕事や、一流の仕事を求めるのも酷と言う物でしょう。なので、この代官は代官補佐に落とされるに留まり、暫くは再教育になるそうです」
ヘルムス様の言葉に、ジャン様もグレイシア様も何とも言えない顔をする。
ワタシも……納得はするけれど、微妙な顔はしているだろう。
きっと、イトメント村の代官は、農村の代官としてしなければいけない仕事については、完璧にこなしていたんだと思う。
では、ロクリエさん個人が保有する倉庫まで管理も仕事かと言われると……そうであると指示されない限りは、触れない方がむしろ賢いかもしれない。
だって、代官の人には、絵画や彫刻の取り扱いに対する知識なんてないだろうし、トラブルを避けるのなら、触らないのが一番だ。
それでもグレイシア様の言う通り、一度くらいは倉庫内の確認はやるべきだったし、定期的な内部のチェックはして欲しかったけれど。
「なんにせよ、これで天竜の鱗製魔道具の散逸は確定しました。よって、要警戒対象として、介入を窺わせる事件があれば、宮廷魔術師が出る事になりそうです」
「なるほど、了解」
「了解でございます」
「分かりました」
確かに重要な情報なので、ワタシたちは揃って頷く。
天竜の鱗製魔道具の性能が極めて高いのは、これまでにも関わった通りなので、警戒はきちんとするべきだろう。
「続けてイトメント男爵夫妻ですが。男爵位については、所有するには不適格な人材と判断され、ロクリエ嬢へ強制的に委譲する事が正式に決定されました。これで彼らは元男爵夫妻と言う事になります」
ヘルムス様曰く。
イトメント家の男爵位については、今はロクリエさんのものになったが、その後についてはまだ未確定らしい。
このままロクリエさんが持ち続ける可能性もあるし、親族の誰かに渡してしまう可能性もあるようだ。
後者の場合、イトメント村の村長の地位も一緒に渡す事になるようで、それなりに影響もあるので、流石に直ぐに決めるわけにはいかないらしい。
「そして、イトメント元男爵夫妻には、自身の窃盗に対する罰金分だけでなく、ロクリエ嬢の起こした問題の補償に伴う金銭的負担の一部も負ってもらう事にもなったわけですが……」
「支払い能力、彼らにあるんですか?」
「ありませんね。彼ら個人の持ち物などを接収して弁済に回す処理もしていますが、それだけでは、とてもではありませんが、足りません」
ヘルムス様の笑顔からして、貴族怖い案件が発生していそうな気がする。
こう、仮にイトメント元男爵夫妻の手持ちに掘り出し物があったとしても、それは許しません的な。
いやまあ、その掘り出し物を買うためのお金をどうやって得たのかを考えたら、許さなくて当然だから、ワタシも止めたりはしないのだけれど。
「そう言う訳なので、彼らには働いてもらう事になるようです」
「働けんのか? 話を聞いているだけでも、駄目そうなのが、俺っちにも分かるんだが」
「さあ? そればかりは試してみないと何とも。ただ、この先は知ろうと思わなければ、私たちの耳には入ってこないでしょう。なにせ、貴族から平民に落ちたわけですし」
なおこれは余談となるが。
働き口次第は心配しなくていいらしい。
と言うのも、イトメント元男爵夫妻は、夫が『土』、妻が『光』の第一属性を持っていて、貴族らしく魔力量も平民よりは多いからだ。
ならば、魔道具にそれぞれの属性の魔力を込める仕事は絶対にあるので、真面目に働くのであれば、衣食住で困る事は無いと断言できるようだ。
「まあ、流石にここで逃げたりはしないでしょう。ここで逃げれば、その先は犯罪者になって処刑台か、金食いの湿地で調査と開拓か、アイアマインでの金蟻狩りか……」
「案外まだありますね」
「そうですね。あるようです。ただ、魔道具に魔力を込めるだけの仕事よりは、確実にキツく、流されていくような者では早々に潰れてお終いでしょう」
こちらもまた余談となるが。
金食いの湿地と言うのは、グレンストア公爵領の南東、ホドルイ伯爵領に続く道から海までの間に広がる広大な湿地帯かつ魔境の事で、どれだけお金を費やしても開拓できない状況から、そんな名前で呼ばれるようになったらしい。
ホドルイ伯爵領がとんでもない場所に作られるようになった元凶その一でもある。
なお、その二は天竜山である。
アイアマインでの金蟻狩りと言うのは……ワタシも詳しくは知らないが、アイアマイン公爵領には、蟻型の魔物が出現し、その死体から得られる金属資源が割と馬鹿にならない量なのだとか。
ただ、危険を伴う作業でもあるらしく、常に新たな従事者を求めている状況らしい。
なんだか、前世知識で言う所のブラックな気配が漂っている。
「ところでヘルムス様。トレガレー公爵領にその手の場所は……」
「全てに困った者が小舟に乗って海で釣りをする事があるとは聞きますが、生還率の話をしましょうか?」
「いえ、結構です」
うんでも、金食いの湿地と金蟻狩りは、ちゃんと生き残れるだけマシなのかもしれない。
トレガレー公爵家のそれは、もはや一発逆転じゃなくて、ただの自殺なので。
この世界の海はそう言う所である。
「いずれにせよ、これでイトメント男爵周りは一段落と考えていいでしょう」
「そうですね」
「だな」
「同意でございます」
とりあえず、今後ロクリエさんが両親周りで煩わされる事は無さそうだ。
それだけでも、話としては十分だろう。
閑話でした。イトメント男爵夫妻が今後どうなるかについてですね。
10/26誤字訂正




