330:グレイシアとジャンの帰還
「見えてきましたね。ヘルムス様」
「そのようですね。ミーメ嬢」
王都の収穫祭が終わった翌日。
王城にグレイシア様とジャン様を乗せた馬車が帰って来た。
「あの、ヘルムス様。幌馬車もあるなんて話、ありましたっけ?」
何故か、行きの時には無かったはずの馬車も連れて。
「無かったはず。連絡も来ていませんし、例年通りだと……宮廷魔術師が乗る馬車の後部に積める程度の素材を持ち帰る程度だったはずです」
「つまり、何かがあったわけですか」
「そうなります。とは言え、王城に急使の類が来ていませんので、現地で解決できる程度の何かだったようですが」
グレイシア様とジャン様は、王都の周りにある村や街の収穫祭に参加するべく、行動をしていた。
村の収穫祭では、祭りに乗じて襲ってくる魔物を迎撃し、そこから素材を集める事にもなっていたはずだ。
これは村の収入や、冬に食べる肉を確保するためにも、必ず行わなければいけない事であるらしい。
なので、素材を持ち帰るのは正常なのだけれど……量がおかしい。
「よう、帰ったぞ。ヘルムス、ミーメ嬢」
「お久しぶりでございます。ミーメ様、ヘルムス様」
「お疲れ様です。グレイシア様、ジャン様」
「無事に帰ってこれたようで何よりだ。ジャン、グレイシア嬢。それで何があった?」
やがて馬車が止まり、ジャン様が先に降りてから、グレイシア様がエスコートされつつ降りてくる。
その動きはとても慣れた物で、この期間中に何度も同じ動きをしたであろう事が察せられるものだった。
うん、そちらも気になるが、まずは宮廷魔術師の業務として、これだけ大量の素材が手に入った理由について、ジャン様から聞くべきだろう。
と言うわけで、ワタシもジャン様の方に視線を向ける。
「大したことじゃない。最後に訪れた村で出た魔物の数が例年の数倍だった。ただそれだけの話だな」
「それは大したことがあるのでは? 原因などは?」
「予測は付いていますが、確証はない状態でございます。ですので、念のために群れの統率者と思しき個体の身体を持ち帰ってまいりました」
「なるほど。詳細な調査をしてみなければ分からない。と言う事か。そちらも大変だったらしい」
どうやら、ジャン様たちの方でも、トラブルはあったらしい。
二人とも疲れた様子は見せていないので、宮廷魔術師二人組なら問題なく対処できる規模だったのだろうけど。
「しかし、そちらも……って。王都の方でも何かあったのか?」
「ああ多少な。ミーメ嬢、私はジャンを宮廷魔術師長の所へ案内してきますので、グレイシア嬢とこちらの方をお願いします」
「分かりました」
そう言って、ヘルムス様とジャン様が城内へと去っていく。
そして、こちらを任せるとは言われたが、馬車の動かし方などは担当の方たちのが知っているので、ワタシがする事は見守りと最後のサインくらいなもの。
と言うわけで、グレイシア様との話を続ける事にする。
「それで、原因の予測は付いているとの事ですが?」
「単純に豊作であった。と言う事でございます。ここ数年は良い方向で収穫も安定しており、森で採れる木の実などについても同様のようですね」
「なるほど。ここ数年の安定した収穫で無事に育った魔物たちが、村に溢れ出しただけ。と言う事ですか」
「そう言う事でございます」
そう言う事なら、確証は欲しいけれど、心配するほどではなさそうだ。
そう判断したワタシは話題を変える事にした。
「では、魔物の狩猟以外はどうでしたか?」
「とても興味深いものでございました。王都の周りですので、資料で一通りの事は知っていたのですが、それでもなお、初めて知るような事もございまして、良い刺激を受けたように思います。ミーメ様の手に届くかは分かりませんが、希少な魔物の素材もございます」
「それは気になりますね。ちなみに目が赤紫色の魔物などは……」
「残念ながら、そちらは見かけておりません」
「そうですか……」
グレイシア様の表情は朗らかなものだった。
長旅ではあったけれど、イストフィフス侯爵の時と違い、そこまで緊張するような状況ではなかったからだろう。
随分と楽しめたようだ。
うん、ここはもう一歩踏み込むべきと見た。
「ところで、ジャン様はどうでしたか?」
「どう、と言いますと?」
「えーと、ずっと一緒に居たと言う事で、何かなかったのか? と言う話なのですが……」
「?」
あ、これは駄目かもしれない。
グレイシア様の表情が、恋愛を主題にしている雰囲気の顔じゃない。
本当に何の話か分かっていない感じだ。
いや待て、不安を感じるな。
これ以上不安になると、グレイシア様に勘付かれて、思いもよらぬ方向に行ってしまうかもしれない。
「何かと申されても……ああ、幾つかの村で踊ったり、不躾に近づいてこようとした男性を遠ざけてくれたり、連日の宴で体調を崩しそうになったところ気遣って貰ったり、と言った事はございました」
「ほう……。それについてグレイシア様はどう思ったのですか?」
「どう……と申されても……嬉しかった。とは思いましたが、それ以上は特にございませんが……」
特に何もない。グレイシア様はそう言うが、その表情は喜びと恥ずかしさが入り混じっているように見えた。
これは……あるのかもしれない。
進んだのかもしれない。
うん、だとしたら、それは良い事だと思う。
ジャン様も頑張った甲斐があると言う物だろう。
「ミーメ様の方はどうだったのですか? 王都の方でも色々とあったようでございましたが」
「えーと、ワタシたちの方は……事件はありました。ありましたが、この事件については、何処まで話していいのかが分からないので、宮廷魔術師長様に後で確認してみて下さい」
「了解でございます」
ロクリエさん周りの話については誤魔化してしまう。
本当に何処まで話していいのか分からないので。
「ワタシとヘルムス様の間に限っては、デートもしましたし、教会も巡りましたし、一緒に食事も食べました。ああそれと、婚姻指輪とその為の石を手に入れたりもしましたね」
「随分と様々な事をされたのですね。収穫祭二日目と三日目は仕事だと伺っていましたが」
「そこはヘルムス様が上手くやってくれたものでして。おかげで、これまでの人生で一番楽しい収穫祭になりました」
「それは良い事でございますね。ミーメ様」
ヘルムス様との間にあったことは、魔力属性周り以外については素直に話してしまう。
だって本当に楽しかったので。
この楽しさ、嬉しさを他の人にも知ってもらうためにも、むしろ積極的に話すべきだと思うくらいである。
「しかし石ですか……。さきほど、瞳が赤紫色の魔物が居たかを尋ねたのは、そう言う事でございますか?」
「ええ、そう言う事です。出来る事ならば、揃えたいと思っていますので」
「なるほどでございます。しかし、赤紫ですか……わたくしでは、ミーメ様のお力にはなれそうにありませんね」
「そうですか。まあ、気長に探しますし、どうにもならなければ、普通の石でも受け入れるのですが。普通の石でもヘルムス様が用意してくださった事には変わり有りませんので」
気が付けば、馬車の処理は終わっていた。
と言うわけで、ワタシは最後の確認を手早く済ませてから、サインをして、グレイシア様と一緒にこの場を離れる。
「……」
「グレイシア様、どうかしましたか?」
「いえ、久しぶりの王城ですので、どうしてか帰ってきたなと言う思いが湧いただけでございます」
「それは……ワタシもちょっとあるかもしれませんね。ずっとお祭り続きでしたから」
「では、わたくしたちは落ち着く必要がございますね」
「かもしれませんね」
収穫祭はこれで完全に終わり。
また日常が始まる事になるだろう。
そんな話をしながら、ワタシはグレイシア様と一緒に王城内を歩いていき、自分の部屋へと戻ったのだった。




