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「とまあ、こちらについては、そのような具合です」
「なるほど。イトメント男爵夫妻については、これから捕縛されるわけですね」
「ええ。ドバート殿も動きますし、相手の質からして万が一もないでしょう」
ヘルムス様とワタシは王城の廊下で話をする。
勿論、周囲に誰も居ない事は確認済みであるし、隠蔽の魔術などによる盗聴防止措置もしっかりとしてある。
「ただ……」
「ただ?」
「イトメント男爵を捕縛しても、確実に罪を問えるのは、娘であるロクリエ嬢の作品を盗み、売却した事。この点だけでしょうね」
ヘルムス様が何とも言えない表情を浮かべている。
イトメント男爵はロクリエさんの作品を有名な芸術家の作品として売り払っていたはず。それに天竜の鱗製の魔道具も売っていたはずだ。
なのに、何故罪に問えないのだろうか?
ワタシはどうしてそのようになるかを少しだけ考えて……気づく。
「天竜の鱗製の魔道具を、そうと知らずに売っている可能性が高いから、ですか」
「ええ、その通りです。例え魔道具として加工されていても、アレが尋常な品でない事は一目見れば分かるはずです。分かるはずなのですが、イトメント男爵は本来の価値からすると、二束三文と言っていいような値段で古物商に売ってしまっています。即座にお金が欲しかったと言うのはあるでしょうが、足が付くのを恐れる理由は男爵たちには無かったはずです。なのに、その額で売ってしまうとなると……」
「根本的に、イトメント男爵夫妻には物の価値が分からない。と言う話になってしまいますね」
「ええそうです。そして、物の価値が分からない人間が、有名な芸術家の作品と偽って物を売るかと問われれば……」
「怪しいですねぇ……」
まさかの愚かさ故に罪に問えるか怪しいと言う話だった。
でも、イトメント男爵夫妻は、天竜の鱗製魔道具の価値に気が付かないレベルなので、ある意味で隙が無い。
きっと、これから行われる捕縛に際しても、例え手元に魔道具があっても使えないに違いない。
そして、そんな夫妻なのだから、贋作を売ったと考えるよりは、買い取った古物商や画商が贋作として売ったとか、贋作と気付かずに売った方が、可能性としては高いと言うか、理屈が通ってしまう。
なんだったら、ロクリエさんの『模倣』と技術の高さから考えて、間に入った全員が、自分が買った作品が偽物だったとは気づいていない可能性だってある。
今回、王城に飾られたハンドレードの絵だって、本物と認識されたからこそ、飾られたのだし。
「とは言え、罪に問うのが無理ならば、ロクリエ嬢が起こした問題の賠償を肩代わりさせる事で、男爵夫妻だけを潰すだけなのですが」
「アッハイ」
貴族恐い。
ヘルムス様が笑顔で発した言葉に、久しぶりにそんな感情が出てきた。
ちなみに、賠償問題については、とりあえず王城とグレンストア公爵家で肩代わりして、その後ゆっくりとロクリエさんに賠償してもらう予定との事。
そうする事で、ロクリエさんに罰を与えたと言う体面もちゃんと整えるようだ。
これは、ロクリエさんを守るためにも必要な事である。
「あれ? ヘルムス様。イトメント男爵は自分に任された村を放置してたと言う話ですけど、そちらについては……」
「そちらはグレンストア公爵家の領分ですので。私たちが何かを言う事は出来ませんよ。ミーメ嬢」
「そう言えばそうでしたね」
とりあえず、イトメント男爵夫妻に対しては、これから然るべき罰が下される。
そう考えておけばいいようだ。
うーん、ロクリエさんが思い悩むような結果にならなければ、それでいいか。
「私からは以上です。ミーメ嬢の方はどうでしたか?」
「そうですね……」
ワタシはユフィール様の診察結果、ロクリエさんと話した事、特に魔術周りについてヘルムス様に話していく。
その結果。
「……」
ヘルムス様が、ロクリエさんのいる特別救護室の方向に向けて、睨みつけるような視線を向ける事となった。
普段ならば色々と口にしていそうなところなのに、一言も発さず、無言の状態で、整った顔で睨みつけている。
正直に言って、ちょっと怖い。
「ヘルムス様。ワタシが『八顕現』をロクリエさんに教えたのは、彼女の今後を考えた時にそっちの方が良いと判断したからです。ロクリエさんが宮廷魔術師になれば、どの道知ることになる話でもあります」
「分かってます」
そう言うヘルムス様の表情は拗ねているとも言える物だった。
うん、これはきっと嫉妬と言うものだろう。
ロクリエさんは『八顕現』も特別講義も受けた身なので、魔術大好きなヘルムス様はそれを羨んでいるのだ。
……。これでもしも、ロクリエさんが女性ではなく男性だったら、不味い事になっていた予感もあるので……うん、ロクリエさんが女性で良かった。
それはそれとしてだ。
「ヘルムス様。ワタシが丁寧に教えていると言えるのはヘルムス様だけです。それは『八顕現』の時も、『魔力』の時もそうじゃないですか。ですので、機嫌を損ねないでください。妙な感情を思い抱いていると、魔術の制御がおぼつかなくなりますよ」
ヘルムス様には落ち着いてもらわなければいけない。
ワタシにとって特別な人は誰かと言われれば、それはやはりヘルムス様以外には居ないのだから。
それをヘルムス様に誤解されたくはない。
後、負の感情に囚われるのは普通に危ないので、そう言う意味でもやはり止めておくべきだろう。
「はい。そうですね。とは言え、ミーメ嬢の弟子として、弟子でもないのに教えを受けておきながら、あんな問題を起こすなんてと言う憤りは許してください。こればかりはどうしようもないものなので」
「……。ロクリエさん本人に当たり散らかしたりしないのならば、許します」
「ありがとうございます、ミーメ嬢。では、この思いはより一層の魔術の研鑽に臨む事で昇華するとしましょう」
うん、大丈夫そうかな。
たぶん大丈夫だろう。
ヘルムス様の落ち着いた顔を見たワタシは、そう判断する。
「さて、もう直ぐ晩餐会の客が王城に入り始める頃ですね」
ヘルムス様が窓の外を見る。
ワタシも隣から覗いてみれば、数台の馬車が王城内に入ってくるところであり、馬車の乗客たちは明らかに気合いを入れて着飾っていた。
「出来るんですか?」
「被害を受けたのは画廊の中だけ。それも極一部なので、大丈夫でしょう。と言うより、ロクリエ嬢が起こした事件程度では何も問題は無かった。それを示すためにも、通常通りに開催しなければいけないくらいです」
「なるほど」
「特に収穫祭三日目の晩餐会は、例年盛り上がる所ですからね。開けるかどうかで、収穫祭全体の評価が変わってしまいますから。多少無理やりにでも行うはずです。そう言うわけですのでミーメ嬢。私たちも控え室で備えておかなければいけません」
「あ、そう言えばそうでしたね」
言われてみれば、まだ収穫祭の途中だった。
ロクリエさんの事件と、それの後始末に追われてしまって疎かになっていたけれど、ワタシとヘルムス様は今日の王城警備の責任者でもあるので、何かが起きた時の為に備えていなければいけない。
「そう言うわけですので。ミーメ嬢、控え室へ行きましょう。もうじき、晩餐会で出される食事が、毒見を兼ねて我々の為に出されるはずです。王城の料理人たちが全力で作り上げた品のはずですよ」
「それは……楽しみですね」
「ええ、私たちがしばらく前にグロリベス森林の深層で回収してきた魔物の肉も使われているはずですし、役目を忘れない程度に楽しみましょう」
うん、確かに楽しみになって来た。
果たして、どんな料理が出てくるのだろうか?
ワタシはどのような品が出てくるのかを考えながら、ヘルムス様にエスコートされて控え室へと移動したのだった。




