326:『模倣』の弊害
「その、正直に言えば恥ずかしい事になりますけれど、私が集中して絵を描いたり、像を彫っていたりすると、無意識的に魔術を使ってしまっているようなのです」
「ふむふむ」
「よくある事ね~」
ロクリエさん曰く。
絵を描いている時なら、絵の具の微調整。
像を彫っている時なら、彫りの深さや角度、像の強度調整。
そう言った部分で、昔から自然と土属性魔術を使ってしまっていたらしい。
これについては、優れた魔術師が物づくりをするなら、ある程度は自然に起きてしまう事なので仕方がない話だ。
例を挙げれば、火属性魔術師が炉の火を使って何かをする時、火の勢いを魔術を使って自然と維持してしまうような物。作品に集中しているなら、起きて当然の出来事である。
あるいは、方向性は多少違うけれど、グレイシア様のように、冷房の魔道具を制作している時に生じる冷気に対して還元を使用。それによって冷えに対抗すると言うのも、見方によっては無意識に魔術を使っているような物なので。
「そして、『模倣』を得てからは、それがより一層顕著なものになりました」
だが、ロクリエさんの場合、第二属性を得た事で、それが良い事ばかりではなくなってしまったようだ。
「私は作品を作る時に、どうしても作品の参考にしているものを思い浮かべてしまいます。それは光景であったり、筆遣いであったり、ノミの使い方であったり、画材の種類であったりと様々ですの。そして、その頭の中に現れた理想を『模倣』は模倣してしまいます。その結果として……私の作品は私の物ではなくなりました。勝手に筆が動いて、私の絵ではない物が出来上がって、けれど、気が付くのは絵が出来上がった頃の集中が途切れた頃で、私は、私は……!」
「大丈夫よ~ゆっくり~ゆっく~り、息を吸って~吐いて~……」
言葉の途中でロクリエさんが突如としてえずき始め、呼吸が荒くなり、それを見たユフィール様がロクリエさんの事を抱きしめて落ち着かせる。
その間もロクリエさんは色々と話を吐き出していて、中には故郷を守りたいから隠していたのに、と言うような、どうして『模倣』を得たのを隠していたのかに関わるような情報も出していた。
まあ、その辺りの情報については、今は置いていくとして。
「し、失礼しましたわ……」
「いえ。つらい事だと言うのは分かりますので、大丈夫です」
実際、芸術家としては、ツラいなんて次元では無い状況だったのだろう。
自分の作品を作りたいのに、『模倣』が勝手な添削や修正を始めて、自分の作品ではないナニカを作り上げてしまうのだから。
しかも、そうして出来上がるのは、参考にした誰かの新作であると誤認されてしまうような立派な出来。
自分の努力も、閃きも、何もかもが無下にされたように感じると共に、自分が『模倣』の乗り物にされているような感覚まで覚えるに違いない。
ただ、芸術家ではないワタシが此処で何かを言っても、ロクリエさんにはそこまで響かないだろう。
だから、控えめな言葉で応じておく。
「『模倣』が働かないように対策は出来なかったのですか?」
「努力はしましたわ。けれど、集中してしまうと勝手に魔術が発動してしまう私の性質上、上手くはいきませんでした」
ロクリエさんはゆっくりと首を横に振る。
そこで少しだけ詳しく話を伺ってみると。
集中せずに作品を作ろうと思うと、集中していないだけに、どうしても出来が落ちる。
なんなら、『模倣』を拒絶して迷っている分だけ、酷い出来になってしまうのだとか。
ならばと特定の人や光景だけをひたすらに思い浮かべて、とにかくそれを正確に模倣すると言う方向性で集中してみれば……。
「それで多少なりとも上手くいったのは、人を模倣した時だけでした。しかし、出来上がった作品はどうしてか模倣した人の属性や魔術を帯びてしまいますの。それも私の属性とは関係ない属性でもお構いなしにです」
「ああなるほど。それが『アーティスト』の作品。芸術作品でありながら、魔道具としての機能も少なからず有している物ですね」
ロクリエさんの言葉にワタシは思わず呟いてしまう。
きっと、ウェルフの体内に入っていた天竜の鱗製の魔道具などは、闇属性の有名人を模した彫刻が施されていたから、闇属性の隠蔽が発動するようになっていたのだろう。
「うっ……はい。きっと、そうですの」
「ミーメちゃ~ん?」
「っ!? あ、はい。大丈夫です。悪い事ではありませんから。その件については、ロクリエさんは悪くないですから」
ただ、考えてみれば、まだ本人未確認事項であったし、衝撃を受け止められるとも分かっていなかったところで、ワタシが不用意に言葉を発してしまったため、ロクリエさんを少しだけ落ち込ませてしまったようだ。
なので、ワタシは慌ててフォローに回る。
「しかし、見事に第二属性が悪さをしていますね」
「本当ね~。もっと他の属性だったらよかったのに~」
「それは私も思います。絵や彫刻を上手くなるために、先達の作品や周りの物を良く真似ていたので、この第二属性に目覚めたこと自体は納得が行きますけれど」
ロクリエさんの憂いを含んだ表情に、ワタシは何とも言えない気分になる。
実際、ロクリエさんは『模倣』についてよく知っていたからこそ……それこそ、模倣を重ねて土台を作り、十分な土台が出来た先に自分だけの領域がある事まで分かっているからこそ、『模倣』に目覚めたのだとは思う。
だって、その先がある事を理解していなければ、『模倣』ではなく『猿真似』や『贋作』になっていただろうから。
しかし、その『模倣』こそが、先に進む事を邪魔してくるとは……。
グレイシア様の『不安』と言い、『賭事の魔術師』様の『賭博』と言い、ノスタの『郷愁』と言い、ペスティア様の『瘴気』と言い、ロクリエさんの『模倣』と言い……第二属性のランダム性はもう少し何とかならないものだろうか?
第二属性に目覚めたからこそ、苦難に苛まれる人が少なくない気がする。
いやまあ、海を知らない人間が『海』と言う属性に目覚める事は無い。それの逆説として、よく知っているものを増やせば、そう言う属性を得てしまう可能性は下げられるのだろうけど。
「ユフィール様。教えても良いと思いますか?」
「ん~……私は教えても良いと思うわ~。あの人も許可はすると思うし~……。もしも怒られたら~その時は一緒に謝ってあげるわ~」
「ありがとうございます」
「?」
うん、何となく、何となくだけど、気に入らない話だ。
なので、ワタシはユフィール様に相談をする。
ユフィール様も察してくれたのか、賛同してくれた。
ではロクリエさんに教えてしまおう。
「ロクリエさん。『八顕現』と言って分かりますか?」
「はち……? いえ、申し訳ありませんが、分かりませんの。夏季休暇の特別講義の話とはまた別の話ですのよね?」
「はい、その通りです。ワタシが発案者で、今はまだ宮廷魔術師と一部の候補者にしか教えていない事ですが、ロクリエさんには教えてしまおうと思います。きっと必要な事だと思いますので」
「……!? わ、分かりましたわ」
ワタシはロクリエさんの前で、闇の球体を生成し、それを動かす事で『八顕現』についてロクリエさんに教えていく。
ついでに、還元と抽出辺りを上手く利用すれば、『模倣』による過度の思考汚染とでも言うべき現象を抑える事も出来るのではないかとの予測も示しておく。
そうして一通り教えた結果。
「もっと……もっと早くに知りたかったですの……」
ロクリエさんは前屈の姿勢で突っ伏した。
そんな発想があったなんて、と言う話だったらしい。
「気持ちは分かります。でも、一人では行き詰まると言うのは、こう言うところにも表れると言う事で、よく覚えておいてください」
「はい……」
とりあえず、これでロクリエさんの今後は何とかなるのではなかろうか?
制御さえ出来れば、ワタシの『人間』やヘルムス様の『船』よりも応用幅が広そうなのが『模倣』と言う属性だ。
正しく模倣するためにも、ロクリエさんには今後も頑張っていただきたい。
「ん~、ミーメちゃんが今のを言うのはちょっとどうかと思うわ~」
「そうでもありませんよ。ワタシも一人では無理だった。と言う話には遭遇しますから」
口には出さないが。
前世知識と言う名の、多くの先人の知恵の集合体を知る身としては、集団だからこその力はよく知っている。
だって、どれほどの天才であっても、あれだけの知識を一人で全て発見する事は不可能であると断じれるほどに前世知識と言うのは多いのだから。
「あら~、食事が来たようね~。お話はここまでにしましょうか~」
「そうですね」
「分かりましたの」
その後、ユフィール様が頼んだ食事はやって来て、ロクリエさんはそれを食べた。
そして、ワタシの作った休息の香が焚かれる中で眠り、穏やかな寝息を立て始めた。
直ぐに眠り始めてしまった辺り、やはり疲れが溜まっているらしい。
「ミーメ嬢。こちらの話し合いは終わりました。そちらはどうですか?」
「ヘルムス様。色々と聞き出す事は出来ましたよ。なので、共有しましょう。ではユフィール様」
「はいはい~。こっちは任せておいて~指導も含めてバッチリとやっておくわ~」
「お願いします」
ヘルムス様もやって来た。
その顔は晴れやかな物である。
ワタシはヘルムス様に連れられて、部屋を後にした。
模倣:他のものをまねることや、似せること。他者の行動と同様・同類の行動をとる事。学習、技能習得、社会的流行の基本がこれ。
猿真似:中身を理解せず、表面的だけを真似ること。本質を弁えていない。
贋作:別の作者が作ったにも関わらず、有名作家の作品と偽って作られた作品。
ロクリエの努力は、ある意味ではトリニア神にちゃんと認められているのですよ。
だから、『模倣』なのです。




