324:特別救護室にて
「怪我人の処置は終わったわ~。ミーメちゃん~そちらの様子はどうかしら~」
ロクリエさんが気絶した後。
王城では直ぐに事後処理が始まった。
普段はヘルムス様を含め、王城の方々にだいたい投げてしまっている作業なのだけれど、今日は収穫祭で人手が足りず、内々で済ませようと言う意図もあったため、ワタシも携わる事になった。
「変わらずです。眠ったままですよ。ユフィール様」
とは言え、ワタシの戦闘能力と言うか、制圧能力を利用しない手はない。と言う事なのだろう。
ワタシはロクリエさんを特別救護室と言う、大きな窓のない小部屋に連れていき、そこにあるベッドにロクリエさんを寝かせると、報告書類を書くなどの幾つかの仕事と共に、ロクリエさんの監視を命じられたのだった。
そして今、昼食の時間を少し過ぎた頃。
今回の事件の怪我人の治療を終わらせてきたらしいユフィール様がやってきた。
「じゃあ~様子を見るわね~」
「どうですか?」
「そうねぇ~。ざっと診た限りでは~、外傷無しで~内側の怪我も見られない~。脈拍などに異常も見られないし~……。後できちんと検査はするべきだけれど~、精神面の疲労に~睡眠不足に~一時的な栄養失調と言う所かしら~?」
ユフィール様は眠っているロクリエさんの身体を手際よく確かめていき、分かった事を口にする。
そんなユフィール様の診断にワタシは同意するように頷いた。
ワタシが『闇』と『人間』、二つの属性を利用して診断した限りでは、同じように感じたので。
とりあえず、脳や内臓が傷ついていない事は、ワタシが断言できる。
「じゃあ気絶したのも、ヘルムス様に現状と解決策を知らされて、精神の抑圧が解放……要するに、緊張の糸が途切れて、気が抜けたから。と言う事になりますか?」
「現状ではそう判断していいと思うわ~。医者としては~自然に目覚めるのを待ってあげるべきね~。文字通りに~気絶するほど疲れているようだから~」
と言うわけで。
ロクリエさんについては、一先ず目覚めるまで放置と言う事になった。
ではその間に、別の話とか、書類仕事とかを終わらせてしまおう。
「これが例の魔道具ね~」
「はい。今は触れないようにワタシが闇で囲ってます」
「それで良いと思うわ~」
診断を終えたユフィール様は、机の上に置かれた二つの魔道具に視線を向ける。
『アーティスト』が作った天竜の鱗製の魔道具だ。
二つとも腕輪の形をしていて、防御用の魔道具の方が神に祈るような姿の修道女をモチーフとした彫刻を、身体強化の魔道具の方が戦いに挑む騎士の姿をモチーフとした彫刻が刻まれているようだ。
その彫刻は精緻なもので、素人であるワタシが見ても、芸術品としての価値がある事が窺える。
そして、芸術品としての価値を持たせつつ、実用性もしっかりと考えられているようで。
二つの腕輪は多少の大きさ調整は出来るものの、ロクリエさんの腕の太さに合わせて作られているようだった。
うん、こう言う点からも、ロクリエさんが『アーティスト』である事は窺える。
「それにしても~材料が特別だとは聞いているけれど~これ一つで騎士たちの総攻撃でも何ともないなんて~……不思議だわ~」
「まあ、材料が本当に特別ですので」
なお、効果は言うまでもなく一級品。
とは言え、効果の高さについては、ロクリエさんの魔術が優れているのではなく、天竜の鱗で出来ているのが大きいのだけれど。
「ところで~ミーメちゃんは今回どうしてロクリエちゃんを助けようと思ったのかしら~?」
「?」
「あら~? 無自覚だったかしら~?」
「無自覚と言うより……別に特別助けようとは思っていませんが……?」
ユフィール様の言葉にワタシは首を傾げる。
そんなワタシの反応に、ユフィール様も鏡写しのように首を傾げる。
「そうだったの~?」
「ええはい。ワタシは特に何かをしようとは考えていませんが」
しかし、ワタシには本当に心当たりがなかった。
いやまあ、ワタシは好き好んで人間を殺したいとは思っていないので、助けられる人間は助けようとは思っているけれど。
でもそれだけだ。
特別な便宜を図ろうとは思っていないし、死んでしまったら、仕方がないで終わらせると思う。
と言うか、そうでもなければ、ヘルムス様と一対一の戦闘をさせて、魔力属性を含んだ魔術の実戦訓練に使ったりはしない。
「ん~……まあ~情状酌量の余地も~更生の余地も~十分にあるような子供が助かるなら~別にいいわね~」
「そうですね。それについては同意します」
ユフィール様の言葉にワタシは頷く。
実際、模倣属性の危険性も考えると、もしもロクリエさんが殺人犯だったりしたら……うん、ワタシも対応を変えていただろう。
「ん……」
これまでにしなかった声がした。
どうやらロクリエさんが目覚めたらしい。
「此処は……っ!?」
「落ち着いてください。そして抵抗はしないように。ワタシは貴方が勝てる相手ではありませんので」
そして、ロクリエさんが跳ね起きようとしたので、ワタシは即座に闇人間を生成し、ロクリエさんの両肩を掴んで、ベッドに再び肩を付けさせた。
「初めまして。ワタシは『闇軍の魔女』ミーメ・アンカーズと言います。宮廷魔術師の一人ですね。こう見えても、貴方と同い年でもあります。さて、貴方の名前は?」
「ロクリエ・フォン・イトメント……ですわ。その、此処は……?」
「王城内の特別救護室です。貴方はヘルムス様との戦闘中に気絶したので、此処に運び込んで拘束すると共に、治療を行う事になりました」
「……。分かりましたわ」
ワタシの質問に答えるロクリエさんの口調などから察する限り、多少の混乱はあっても、ワタシでも感知出来ないような脳の怪我を負っている心配はなさそうだ。
背後でユフィール様も安堵したような動きを見せている気もする。
「ただ、治療の前に二つほどロクリエさんに伺っておきたい事があります」
「なんでしょうか?」
さて、ロクリエさんが目覚めたのなら、急いで聞いておきたい事がある。
これはヘルムス様からも頼まれている事だ。
「一つ目、ロクリエさん、貴方は自分の作品に、自分が作った物であると分かるような証は残していますか?」
「……。ございます。ただ、絵画ならば、キャンバスの土台である木枠で隠されている部分に、彫刻ならば、作品の内側にほんの少しだけ隙間を作って、その中にありますので、普通なら目に触れる事はないです」
「なるほど」
うーん、そうなると、最後の証明としてサインを示す事は出来ても、一目見て分かるとはならないか。
まあ、それならそれで仕方がないと言う奴だろう。
「二つ目、ロクリエさん、貴方は自分の作品のリスト……どのような作品を作ったかの一覧のような物は残していますか?」
「……。申し訳ございません。簡単に分かるような物は作った物がありません。『模倣』に目覚めてからの作品は、村の代官や友人たちにも秘密にしてしまっていたので、彼らが作っている事もないと思います。日記はありますが、明記した覚えもそう多くはありません」
「そうですか」
こちらもまた厳しそうだ。
ただ、ワタシに頼んできたヘルムス様によれば、芸術家当人がこの手のリストを残しているかは本人の気質によるところが大きいとの事。
日記にその手の話が残っていると言うだけでも、ロクリエさんは情報を残している方なのだろう。
まあ、後で覚えている限りでいいから、書き出してもらうとしよう。
「その、私はこれからどうなるのでしょうか……」
「それについては、王城の上の方々が判断される事ですので、ワタシからは何とも。ただ、これからの貴方の態度次第でもあるとは言わせていただきます。被害者の方々や、行方不明になっている作品の事を思って貰えるのであれば、殊勝な態度で居ていただければと思います」
「分かりましたわ。大人しくさせていただきます」
とりあえず、ロクリエさんの説得は出来たと思う。
彼女は大人しくなってくれたし、その表情も何処か憑き物が落ちたかのような穏やかな物になっていたので。




