322:ヘルムス 対 ロクリエ ※
今回は第三者視点となります。
ご注意ください。
「これはいったい……」
「ロクリエ・フォン・イトメント男爵令嬢ですね」
「っ!? 『船の魔術師』様……」
ミーメの張った結界の中、普段は太陽の光に隠されて見えない昼間の星々の光が降り注ぐ空間で、ロクリエとヘルムスは相対する。
ロクリエは見るからに緊張した様子で両拳を握り締めて、ヘルムスは特に気負った様子もなく杖を構えて。
「既に何度も勧告されているでしょうが。抵抗は止めて投降をしてください。今ならばまだ収穫祭の余興……と言うには少々荒立たしいですが、大きな問題にはなりませんので」
「お断りですわ!」
ヘルムスの勧告を遮るように、ロクリエの手から勢いよく色つきの泥のような物体が放たれる。
それは宙にある間に燃え上がり、結界の中を明るく照らし出す。
対するヘルムスは自分の前に無言で水の船を壁のように生み出す事で、自分にかかりそうな炎を防ぐと共に、防がなかった炎が結界の外へ出ていくのを確認。
この結界に魔術を防ぐ力が無いのを認識する。
「なるほど。あくまでも逃がさないための結界。戦い方を考える必要がありますね」
「はあっ!」
「おっと」
ロクリエは続けて人間の上半身並みの岩塊を生み出すと、それを圧倒的な膂力によって投擲。
それを見たヘルムスは、今度は粘性を高めた水の船を生み出して、岩塊を難なく受け止める。
「先ほどまでと違って随分と攻撃的ですね」
「宮廷魔術師相手に手加減が必要だとは思っていませんわ!」
ロクリエの攻撃が続く。
砂塵を含んだ竜巻の槍が放たれる。砂鉄を集めて作ったと思しき錘が地面から飛び出してくる。それまでに放った攻撃を伝うように電撃が発せられる。手の内に生み出したレンズに光を集めて矢のように射る。
詠唱が無い事は本人がそれだけ使い慣れていると言う事で説明がついても、それ以外の部分に関しては土属性一つだけでは当然説明が付かず、第二属性を持っているにしても、どうすれば出来るのかが容易には想像できないような攻撃が、当たり前のように乱れ飛ぶ。
それは、この世界の常識から大きく乖離した魔術の行使だった。
「なるほど。この多彩な魔術だけでも、王城の騎士と魔術師たちが攻めあぐねていた事に納得が行きますね」
だが、その攻撃の悉くをヘルムスは防ぎ、躱し、いなし、避ける。
水のボートを足元に生むと言う最低限の魔術行使と、身のこなしだけで、傷一つなく切り抜けて見せる。
「行け。『アクアボートバレット』『アクアラム』」
「っ!? この程度!」
それどころか、ヘルムスは無数の小さな水の船を弾丸のように速く、それでいて宙に複雑な軌道を残すように飛ばし、そちらとほぼ同じタイミングでロクリエの下に到着するように水の塊を放つ。と言う反撃を行う。
これらの攻撃に対して、ロクリエは避けるようなそぶりも見せず、結界に閉じ込められる前にも現れていた光の渦で防ぐと、ならばと言わんばかりに、色とりどりの礫を散弾のように放つことで更なる反撃を試みる。
だが、散弾が放たれると同時にヘルムスはロクリエの脇に降り立って……。
「水よ、魔よ、我が杖に櫂の形にて集い、武器と為れ。『アクアオール』!」
「!?」
水を纏った杖を全力で振り、ロクリエの腹を打つ。
それは『水』『魔力』『船』の三属性を組み合わせた一撃。
生身の人間どころか、並大抵の魔物ならば一撃で粉砕されるような威力を秘めた攻撃であった。
そんな一撃をロクリエは、これまでと同じように光の渦で防ぐ。
だが、その場で踏ん張る事は出来ず、吹き飛ばされ、吹き飛んだ先でミーメの結界に叩きつけられて、普通の人間なら全身の骨が砕けかねない衝撃もまた、光の渦が防いだ。
「なんて力ですの……!?」
「これで傷一つ付きませんか。なるほど」
ロクリエは動揺しつつも力強く立ち上がる。
ヘルムスは今の自分の攻撃の感触に、自分の考えが正しい事を悟る。
「それでも……それでも諦める事は出来ませんのよ! ここで諦めたら、誰がアレを葬ると言うのですか!!」
ロクリエは自分の体に力を漲らせ、身体能力を上げようとした。
自分の目的は、目の前の宮廷魔術師を倒す事ではないと理解している。
周囲にある結界が、魔術は通しても、人体は通さない事も分かっている。
だから、強行突破するならば、阻まれる自分の体を、一時的にで構わないから、魔術と魔道具の両方で限界まで強化する他ないと判断しての行動だった。
「それを私が許すとでも? 『アクアホーサー』」
「っ!? あっ!? このっ!」
だが、それを理解しているのはヘルムスもまた同様。
ロクリエが身体強化を試みるのと同時に、水の縄が飛び、凄まじい力でロクリエの身体を締め上げ始める。
このままでは攻撃を防いでくれる光の渦が耐えられない、そう判断したロクリエは、半端に上がった身体能力で無理やりに縄を引き千切る事で脱出するも、その代償として、強化が途絶える事となる。
「これが宮廷魔術師……これが『船の魔術師』……!?」
「似たような事は先ほども言っていましたね、その言葉。安心してください。私は宮廷魔術師の中でも、まあまあ戦いに向いた方の魔術師です。その私に此処まで抗えている時点で、貴方の実力も低くはありませんよ。ロクリエ嬢」
呼吸を乱し、肩を上下させ始めるロクリエに対して、ヘルムスは普段通りの態度を崩さず、油断なく杖を構える。
「いえ、『模倣』の第二属性を隠し持った魔術師殿。と呼んだ方が良いですか?」
「っ!?」
ロクリエの表情が歪む。
どうしてそれを、と言わんばかりに。
「ロクリエ嬢は一部の貴族が『アーティスト』と呼んでいる芸術家をご存じですか?」
「『アーティスト』?」
「ええ。優れた芸術作品でありながら、微弱ながらも魔道具としての機能も併せ持つ、そんな作品を作り出す芸術家集団。あるいは特殊な第二属性を持つ芸術家です」
「えっ?」
ヘルムスの言葉に、ロクリエの表情が唖然としたものに変わる。
それは、まるで予想していなかった事を聞かされた人間のそれだった。
「その人物が作った魔道具の一部が最近問題を起こしまして。だから、王城では『アーティスト』が誰なのか、どんな魔術の持ち主だったのかを調べ、検討していたのです」
「問……題……」
ロクリエの顔に冷や汗が浮かび上がる。
思わず足を引いていて、眩暈と吐き気がして、唇と手先が震え、まるで自分を外から見ているのではないかと誤認してしまいそうなくらいに心が冷え切っていく。
「ロクリエ嬢。貴方が身に着けている、その二つの腕輪は天竜の鱗から作られた物ですね。効果は身体強化と防御でしょうか。そうそう、先ほど言った、最近起きた問題とは、天竜の鱗から作られた芸術品のような見た目の魔道具が悪用されたと言う物でした」
「……」
ロクリエは、もはや呼吸もままならなくなっていた。
受けている衝撃は、ハンドレートの新作が王城に飾られているのを見つけてしまった時以上だった。
何故とどうしてが頭の中を駆け巡って、それだけで頭の中が占められていく。
「そして、今の貴方の態度と、これまでに得ていた情報で全てが繋がりました。貴方の作品を家から持ち出して売り捌いていたのは、貴方の両親、現イトメント男爵ですね。彼らの資金源について、ようやく納得が行きました」
「……」
ロクリエの様子にヘルムスは少しだけ戦意を抑えると、代わりに片手を差し出す。
まるで救いの手を差し伸べるように。
「ロクリエ嬢。改めて、そして最後の勧告をしましょう。抵抗を止めて、投降をしてください。貴方が自分のしている事に罪悪感を感じ、これ以上の被害を望まないと言うのであれば、貴方がするべき事は貴方の描いた絵を破壊する事ではなく、我々の前で全てを明らかにする事です。今ならば、貴方は加害者であるかもしれませんが、それ以上に被害者でもあるのです」
「そん……な……」
ヘルムスは真っすぐにロクリエを見る。
対するロクリエは顔を左右に振り、そして結界の先に立つミーメと視線が合う。
ミーメは静かに、そして優しく微笑む。
何も心配する事は無いと言わんばかりに。
「わた……しは……」
ロクリエの目から涙が零れ落ちる。
その事実にロクリエ自身が気付いた瞬間、まるで無理やりに意識を繋ぎ止めていた支えが失われたかのように、ロクリエは気を失った。
10/14誤字訂正




