321:隔離による制圧
「私の邪魔をしないでくださいまし!」
画廊に辿り着くと、そこは争いの場だった。
既に画廊を訪れていた客たちは避難していて、この場に居るのは駆けつけた警備の者たちと、大きな声をあげつつハンドレートの絵を睨みつけている少女……ロクリエさんの姿しかなかった。
その顔には焦りの色が滲み出ていて、息が荒く、目の下には隈が浮かんでいる。
身に着けているのは貴族院の制服で、杖などの魔術を助ける道具や、背負うような大きな魔道具は持っていないようだった。
「捕らえろ! 相手はたった一人だ!」
「「「ーーーーー!」」」
警備の者たち……恐らくは肉体属性の騎士たちが、ロクリエさんに向かって駆け出す。
その手に武器は無く、拘束による制圧を試みようとしているようだ。
「邪魔ですわ!」
「「「ーーーーー~~~~~!?」」」
「なっ!?」
「……」
だが、ロクリエさんが腕を振るい、一番近くに居た騎士に触れると、ただそれだけで触られた騎士は大きく吹き飛ばされ、その騎士に巻き込まれる形で他の騎士たちもまとめて吹き飛び転ぶ。
その光景にヘルムス様が驚き、ワタシは何かしらの魔術が用いられた気配を感じる。
「風よ! 砂塵よ! 巻き上がれ!」
「来るぞ! 守れ!!」
「「「ーーーーー~~~~~!?」」」
今度はロクリエさんの手から砂を含んだ竜巻が放たれる。
騎士たちが束になって盾を構える事によって竜巻は防がれるが、その威力は明らかに一属性の魔術のそれではなく、何人かの騎士は風を耐えきれず、床に転がされる。
更には、先の丸まった鉄杭が床から生えたり、それを伝うように電気が迸る事で、転がった騎士たちが痺れさせられていく。
「網! 放てぇ!!」
「『アクアネット』!」
「『ソーンネット』!」
「『エレキネット』!」
「邪魔ですわ!」
だが時間稼ぎには十分だったのだろう。
横から回り込んだ魔術師たちが、それぞれに網の魔術を放つ。
急成長した蔓状植物が網の形を取り、そこに雷を纏った水の網が組み合わさって、物理的拘束力を伴う電撃網が完成し、ロクリエさんに覆いかぶさろうとする。
しかし、ロクリエさんの体を包むように、一瞬だけ光の渦のようなものが見えたかと思うと、網は弾き飛ばされて、塵に変わってしまった。
「思っていた以上に厄介なことになっていますね」
「そうですね」
ヘルムス様がどう戦列に加わるのかを考えているっぽい横で、ワタシは画廊の様子を窺う。
画廊には沢山の作品が展示されていたはずだが……傷が無い。誰かの魔術で守られているようだ。
そして、その魔術は、どうしてかハンドレードの絵にだけ及んでいないらしい。
だから代わりに、王城の魔術師が一人、専属で守っているようだった。
ついでに、重傷者や死人が出ていないかの確認もしてみる。
だが、完全武装の騎士すら容易に弾き飛ばせる膂力と、盾を構えた騎士を吹き飛ばせる魔術を併せ持つような相手なのに、出ているのは軽傷者までのようだった。
まるで手加減されているかのようである。
「とりあえず、手っ取り早く終わるなら、そうしてしまいますか。暗黒支配」
思う所は色々とあるのだけれど。
まずは本人の拘束をしてしまうべきだろう。
ワタシはロクリエさんに向けて、体内の闇を支配する事で拘束する魔術、暗黒支配を放つ。
「っ!?」
「弾かれました」
「ミーメ嬢の暗黒支配が弾かれるのですか?それはつまり……そう言う事ですか」
だが、暗黒支配は、先ほども現れた光の渦によって弾かれてしまった。
闇払いの魔道具のように、体内に闇がないから掴めないのではなく、単純な魔力量の勝負で負けたから掴めなかった。
そう言う感覚だった。
「私の目的はあの絵を葬る事だけですわ! ですから退いてくださいませ!」
「それは出来ん! 我々の役目は人々を、王城を、この場にある作品を守る事だ!」
「無駄な抵抗は止めろ! 今ならまだ軽微な罰で済むぞ!」
「大人しくしろ! 宮廷魔術師ももう来たぞ!」
「この……」
騎士たちと言い合いをしているロクリエさんの顔を、ワタシは改めて見る。
その顔は、明らかに正気ではない。
だが、理性を完全に失っているようにも見えなかった。
なんと言うか、他に手段がないと思い込み、けれど無制限に第三者を巻き込む事を良しと出来ず、身勝手な都合と半端な勢いで動いているような……うん、同い年のワタシが言うのもなんだが、どうにもならなくなった子供が駄々をこねて、暴れ回っているような……でも、良識はあるから、大きな怪我や死を避けてしまっているような……。
こちらとしても、敵とは断じづらい感じの暴れ方をしている。
「はぁ……」
うん、ロクリエさんの動きから、だいたいのところは察した。
たぶん、そこまで間違ってもいない。
だからこそ、溜息を吐きたくなってしまった。
何でこんな事になっているのやらと言う気持ちが湧いて止まらなくなってしまったので。
「ヘルムス様。まずは彼女を外に出しましょう。そうしたら、ワタシが大きくは逃げられないようにしますので、後はヘルムス様が対処をしてください。あの守りがあるなら、ヘルムス様が全力を出してもたぶん大丈夫です」
「分かりました」
とりあえず、ロクリエさんの今後の為にも、やるべき事をやるべきだろう。
そう判断したワタシは、ヘルムス様と共にロクリエさんの前に出る。
「宮廷魔術師……!?」
「魔の水よ。船をも押し流す大波となりて、我が敵を押し流せ。『オーシャンフラッド』」
ヘルムス様の杖から大量の水……『魔力』『水』『船』の三属性を組み合わせた魔術が放たれて、ロクリエさんに向かって押し寄せる。
すると直ぐに光の渦がロクリエさんの周囲に現れて、水を防ぎ始めるが、身を守れる事と何の影響も受けない事はイコールではない。
その事を示すように、大量の水によってロクリエさんの身体は浮き上がり、画廊の外、この収穫祭でも静かさを保っている王城の庭にまで押し流されていく。
「「「ーーーーー!」」」
その光景に騎士たちから歓声が上がる。
勿論、ヘルムス様から放たれた水は完全に制御をされているため、ロクリエさん以外には一切の影響を与えていないからこその喜びようだ。
「では、ヘルムス様。閉じますので、説得と攻略を頑張ってください」
「捕縛ではなく? いえ、分かりました。そう言う事ですか」
「そう言う事です。では、『闇軍の魔女』ミーメ・アンカーズの名において命じる。魔よ、闇よ、畏れよ、我が下に集え。魔の闇よ。人と陽を通さぬ帳となりて、我が手の内に帳が為の鍵がある限り、帳を降ろし続けたまえ」
ヘルムス様がロクリエさんの後を追って、王城の庭に出る。
そして、二人を包み込むように、ワタシの魔術によって闇の球体が展開される。
これで、中に居る二人は容易には外に出る事が出来なくなった。
ただまあ、この魔術。実は色々と問題もあって……。
「流石は『闇軍の魔女』様! これで後は……」
「警戒を緩めないでください! 闇人間!」
「っ!?」
闇の球体の内側から、炎のような物が飛び出してきて、迂闊に近づいた騎士の人を庇った闇人間の身体が燃え上がる。
その光景に騎士の人は何でと言わんばかりの顔をワタシに向けてくるが……。
「この魔術は、人と太陽の光だけを阻む結界です。魔術は素通しですので、油断をしないように。火事場泥棒やこちらを陽動とした動きもあるかもしれません。この場はワタシに任せて、貴方たちは警戒を続けてください」
「か、かしこまりました!」
騎士と魔術師の人たちが慌てて動き出す。
と言うわけで、ワタシの魔術だが、通さないものが、かなり限られているのだ。
そして、強度についても、ロクリエさんが身に着けている物がワタシの想像通りなら、彼女がその気になれば簡単に破壊できるような強度しかない。
だから、ヘルムス様が中に入って対応してもらう必要があるわけである。
「さて、ヘルムス様。折角の機会なので、存分に実践訓練をしてください」
なんにせよ、この時点でロクリエさんのしたい事は出来なくなったと言える。
なのでワタシは、ロクリエさんをヘルムス様の魔力属性の研鑽に使ってしまう事にした。
きっとこれが、全員にとって一番都合がいい展開になるだろうから。
ワタシは周囲を警戒しつつも、見守る態勢に入った。
Q:今回使ったミーメの魔術って何?
A:特に名前は無い、その場で作った間に合わせの魔術。人間と太陽光だけ境界を越えられない結界。
実は『万能鍵』の概念を結界から抽出する事によって、解除するのに合う鍵が存在しないと言う概念が付与されており、力技でなければ壊せないと言う特性を持つ。
だが、結界に触れられるのは人間と太陽光だけなので……扱える属性によっては、簡単に詰む。
ちなみに魔力量で言えば、80くらいの魔力を使っているので、ミーメの魔力量だと他の高度な魔術が併用できなくなる。




