320:魔術の宝石
「材料はちゃんと揃っていますね」
「勿論です」
実験室に入ったワタシは、まず宝石化の魔術に使用する材料が一通り揃っている事を確認する。
腐らないように下処理された状態の四体の魔物の瞳に、藍色に近い色合いのサファイア、アイオライト、黒のオニキス、灰色のヘマタイト、うん、しっかりある。
ワタシの宝石化の魔術には、原材料が必須なので、ちゃんと揃っていて何よりだ。
また、瞳の方がないので今日は使わないが、赤紫色のガーネットも準備済みではあるようだ。
「では、隠蔽の魔術を張ってしまいますね」
「お願いします、ミーメ嬢。私はこちらで魔力属性の研鑽を行っていますね」
「分かりました」
ワタシが隠蔽の魔術を張って、中の様子を窺い知れないようにすると共に、ヘルムス様は壁際に準備された椅子に腰かけて、そこで魔術を発動し始める。
右手で『魔力』の球、左手で『水』の球を生み出すと、それらを混ぜ合わせた上で、『船』の形を取らせる。
そして、出来上がったそれから、『魔力』と『水』の要素を交互に抜いては入れを繰り返す。
魔力属性の生成、付与、抽出、移動、特化と言った要素の基礎訓練だ。
トリニティアイを目指すのであれば、最終的にはこれを特に意識せずとも行えるくらいにならないといけないので、大切な訓練でもある。
「さて、ワタシも頑張りますか」
では、ヘルムス様が頑張り始めたのなら、ワタシも表に出せる目的を果たし始めるべきだろう。
と言うわけで、ワタシは宝石化の魔術を行使して、目的とする宝石を一つずつ作り始める。
「……」
ちなみに宝石化の魔術だが。
その後の調査、認識の擦り合わせ、追証実験の結果、幾つかの問題点が見つかっていたりする。
一番の問題は……実質トリニティアイ専用の魔術である事が明らかになってしまった点だろうか。
追証実験をしてくださったペスティア様曰く。
『こりゃあ、アタシがやったら、短くとも数時間かかりの作業だね。いや、足りない魔力の量を考えると、休み休みやる必要があるから、数日がかりになる事もあり得るか。なんにせよ、二属性持ち程度じゃ無理だね』
との事。
特に意識していなかったのだが、宝石化は、トリニティアイであるワタシが宝石一つに数分かけるレベルの魔術であったため、二属性持ちが真似しようとすると、そんな事になってしまうのだとか。
ましてや一属性持ちが真似しようと思えば、宝石一つ作るのに数週間がかりとなり、一時休憩のために必要な魔法薬の作成なども考えたら、莫大な費用と大量の素材と一月以上の時間が必要となり、とても実用できるような物ではないそうだ。
そのため、宝石化の魔術は原理上は闇属性さえあれば使えるにも関わらず、実質的にはトリニティアイでないと使えない魔術になってしまったのだった。
まあ、前線に立てなくなってからも、十分な稼ぎの種があると考えれば、決して悪い事ではないのかもしれないが。
『瘴気については、元の形から大きく変形させて、かなりの量の物質を消している以上、薄くとも作業中は常に出ているみたいだね。きちんと処理しな』
ただ、宝石化の魔術が実質トリニティアイ専用になったおかげで、瘴気の問題はほぼ片付いてしまったと言える。
ワタシなら、瘴気の処理は簡単にできるからだ。
使う瞳の量や、宝石化に伴う圧縮、純度の上昇などを気を付ければ、瘴気の発生量を抑える事も難しくないので、後進のために残す資料もバッチリである。
「そう言えばミーメ嬢、二属性混合の宝石はやはり難しいのですか?」
「難しい。と言うよりは無理。と言った方が正しそうな感じですね」
ワタシの作業の合間を見計らって、ヘルムス様が魔術の研鑽をしつつ声をかけてくる。
うん、喋りながら魔術を扱うくらいでないと、実践での魔術運用なんて出来ないので、これもまた必要な事である。
それはそれとして。
「無理、ですか?」
「はい。上手くいく見込みも感じません。恐らく、キメラを作る時に起きる拒絶反応のような事が宝石内部でも起きていると思うのですが……。キメラと違って、反応を抑え込む手段も思いつかないので、無理なのだと思います」
「なるほど」
異なる魔物の瞳を一つの宝石にまとめる事は出来なかった。
それをやると、出来上がった宝石が濁るだけでなく、魔術の強化作用を持たず、最終的には砕けて砂のようになってしまうのだ。
きっと、元が異なる魔力が宝石の中で反発しあってしまうのだろう。
治療の魔道具や魔術によって拒絶反応を無理やり乗り越える事が出来るとも思えないので、これについては、もはや世界のルールが許していないと言った方が正しいのかもしれない。
なお、これは余談となるが。
異なる個体の魔物の革を、闇属性の魔術によって表面だけ溶かして繋ぎ合わせた場合、経年劣化がまず起きるのは、この溶かして繋ぎ合わせた箇所であるらしい。
どうやら、完全に一体化させてしまう事で、何かしらの問題が起きてしまうようだ。
魔力の反発は思った以上に深刻な問題なのかもしれない。
「なので、二属性を生かした強化が出来る宝石が欲しいのなら、ギガントスイムクラブのように元から二属性の魔物を使う事。特定の色が欲しいのなら、その色の瞳を使う事が必要になるようです」
「そうですか。人間属性に相応しい宝石を作る事はやはり大変そうですね」
「ですね。一つだけ宝石化の魔術を使っていない、普通の石にする事も検討した方が良いのかもしれません」
話を戻して。
なので、少々悔しいが、赤紫色の宝石については、手詰まりである。
何処かで運よく赤紫色の目をした魔物でも見つかればいいのだけれど、ヘルムス様の下にすら、そんな情報は来ていないらしいしなぁ、
「今更ですが、宝石化で起きている問題を、糸化は悉くすり抜けているんですよね。羨ましい事に」
「それはもう、糸の特性。と言う事で諦めるしかないと思いますよ、ミーメ嬢」
ワタシの言葉にヘルムス様が苦笑する。
だが、羨ましいのは本音である。
宝石化の、実質トリニティアイ専用も、瘴気の発生も、異なる魔物素材を組み合わせる事も、糸化にとっては大した問題ではない。
闇属性なら誰でも使えて、形を変えるだけなので瘴気は出ず、糸を織って布にしても糸は糸であるために反発が起きないので。
「ああそう言えば。陛下たちの手にもミーメ嬢の宝石は届いたそうですよ。防御用魔術が使いやすく、強くなったと喜んでいました」
「えっ、それは聞いていないのですが……?」
「おや?」
首を傾げつつ語ってくれたヘルムス様によれば。
親衛隊の方で短期的な安全が確認された時点で、陛下、正妃殿下、側妃殿下、宰相には、防御の魔術を強化するようにワタシが調整した宝石が、身に着けやすい装飾品の形に加工された上で渡されていたらしい。
思い返してみれば、雷属性なのに、防御の魔術を強化するように要望された宝石とかあったような気も……宰相閣下が雷属性だったはずなので、アレは宰相閣下の手に渡ったのか。
防御の魔術だから、何かあっても問題にはならないだろうと思っていたし、検証も兼ねて作らされた数がとにかく多かったので、深く気にしていなかった。
「まあ、目的が達成できたなら、それで良かったです」
「そうですね。それはそうかもしれません」
そんな会話をしている間に、四つの宝石は作成完了。
いずれも光り輝いていて、ヘマタイト以外は不純物もなく透き通り、観賞用として見ても極めて質のいい宝石になっている。
うん、これだけの物が作れるのだし、来年の収穫祭では、芸術作品として、宝石化の魔術で作った宝石を提出するのも良いかもしれない。
きちんと準備すれば、第二属性持ちだって宝石化は使えるのだから、誤魔化しも利くし。
ヘルムス様も、だいぶ魔力属性の扱いに慣れてきているようで、動きがスムーズになってきている。
とは言え、ただの反復作業として慣れてはいけないので、まだまだでもあるのだけれど。
うーん、今後を考えると、実践訓練の時間をどうやって確保するのかとか、宮廷魔術師長様にだけは伝えた方が良いんじゃないかとか、一応でも教えている側としては色々と考えてしまう所ではある。
そうして考えていた時だった。
「!?」
「ミーメ嬢?」
画廊に仕掛けていた、警備用闇人間の魔術が機能した感覚があった。
「ミーメ様! ヘルムス様! 緊急事態です!」
「これは……!?」
「何か起きたのですね」
続けて、部屋の外から侍女の方の、切羽詰まった声が聞こえた。
ワタシはその声を聴きつつ、警備用闇人間の視覚を自分に繋げる。
「ヘルムス様! 画廊で火災が起きています!」
「分かりました。直ぐに行きましょう」
見えたのは、警備用闇人間が油を浴びせられた上に火を点けられて燃え上っている光景であり、突然の凶行に人々が逃げ惑うと共に、悲鳴と混乱で場が満たされている場面であった。
そして、それを行ったのは、昨日、ワタシが貴族院で見た少女……つまりはロクリエさんであった。




