317:事実上の文化祭
「さて貴族院ですね。ミーメ嬢」
「こちらも賑わっていますね。ヘルムス様」
ヘルムス様とワタシは貴族院にやって来た。
貴族院の空気は……前世知識にある文化祭と言う学校でのお祭りによく似たものだった。
だがそうなるのも当然だろう。
校舎の外で出されているのは、生徒主導で準備された屋台であるし、校舎の中で催されているのは、生徒による出し物、作品、研究発表と言った物なのだから。
言ってしまえば、収穫祭が行われている王都の中で、小規模な収穫祭がまた別に開かれているような状態。
これで、そう言う空気にならない方がおかしいと言う物だろう。
「でもヘルムス様。ここはざっと見てお終いですよね?」
「その通りです。騎士を目指す生徒が警備をしていますし、教師の目もあります。宮廷魔術師もフーカン殿が滞在していますから。私たちが滞在する必要はありません。私たちは一通り見て回ったら、『闇軍の魔女』と『船の魔術師』が居るからと、騒ぎが起きてしまう前に離れてしまいましょう」
ワタシとヘルムス様は、貴族院の中で大きな通りを歩きながら、問題が起きていないかだけ確認していく。
まあ、どの生徒の顔を見ていても、明るく楽しそうにしているので、問題など起きていないのだろうけど。
「あれ?」
そう思っていたら、建物の陰に当たる部分に置かれたベンチにて、一人の女子生徒が俯いて座っている姿が見えた。
ワタシは反射的に闇人間の目と耳を飛ばして、音を聞く。
『何とかしないと……何とかしないと……何とかしないと……何でアレがあそこに……!』
女子生徒は顔面蒼白であったけれど、鬼気迫ると言っていいような表情をしていた。
口からも、呪詛のような呟きが漏れ出ている。
うん、何があったのかは分からないけれど、異常事態だ。
「ヘルムス様」
「ミーメ嬢、どうかされましたか?」
そう判断したワタシは、ヘルムス様に声をかけてから近づく事にした。
「あそこに様子のおかしい女子生徒が……あれ?」
「誰も居ませんね」
だが、目と耳を離したのは一瞬だったにもかかわらず、女子生徒の姿は既になかった。
周囲の人の多さもあって、『闇』と『人間』では跡を追う事も出来ないだろう。
出来ないだろうが……意識を逸らしたとは言え、ワタシの目と耳を誤魔化して離れた?
その時点で何かがもうおかしい気がする。
「ヘルムス様」
「……。分かりました。しっかりとお話を聞きましょう。ミーメ嬢」
「ありがとうございます」
きちんと調べるべきである。
そう判断したワタシは、ヘルムス様に今の女子生徒についての情報……していた表情、土属性である事、衣服の袖口に絵の具らしきものが付いていた事、意識を一瞬逸らした間に居なくなったことなどを教える。
そして、この情報は直ぐにヘルムス様経由で、トレガレー公爵家の手の人にも伝えられて、情報収集に走ってくれる。
「お待たせいたしました。ヘルムス様、ミーメ様」
「御苦労」
「サマリナさん」
人目に付かないように適当な教室で待つ事暫く。
慌てた様子のサマリナさんが教室へとやって来た。
「それで情報は?」
「はい。ワタシが把握している限りの情報を伝えさせていただきます」
サマリナさん曰く。
ワタシが見た女子生徒は、ロクリエ・フォン・イトメント男爵令嬢。
グレンストア公爵家に仕えるイトメント男爵家の長女であるらしい。
属性は『土』で、年齢はワタシと同じ16歳。
学業及び魔術の成績は、グレンストア公爵から貴族院の入学を薦められただけあって優良。
将来が期待されている生徒の一人であるらしい。
「ふむ。選択授業は何を?」
「色々と取っているようですが、ロクリエ様にとって特に思い入れがあるように感じたのは美術……正確には絵画と彫刻ですね。ただ、出来上がった絵は拙い様子で、本人もそれを分かっているのか、普段は絵画に使う絵の具や、彫刻に用いる石材を魔術で生み出しているようです」
「絵の具を魔術で?」
「……」
サマリナさんの言葉にヘルムス様が驚いた様子を見せ、ワタシも少しだけ考える。
なるほど。ロクリエさんは本当に優秀な土属性魔術師であるらしい。
ワタシもそこまで詳しいわけではないけれど、絵の具は色の元になる物を水や油に溶かして作るはず。
となれば、その色の元になる物を、『土』の特化で生み出せれば、絵の具も作れるのだろう。
だが、それはつまり、ロクリエさんは自力で『八顕現』の一つであり、貴族院では敢えて教えていない範囲となる、特化に辿り着き、操れるようになったと言う事でもある。
だったら、後は還元と抽出さえ学べば、第二属性に……いや、もしかしたら、既に目覚めているかもしれない。
油断があった上に注意が逸れていたとはいえ、ワタシに捕捉されている状態から、行方を眩ませたのだから、目覚めている前提で動いても、たぶん大丈夫だ。
後、目の色なんて、幾らでも誤魔化しが利くし。
「それとですね。これはまだ外に漏らさないでいただきたいのですが」
「「……」」
前置きをした上でサマリナさんが告げる。
曰く、グレンストア公爵家は、ロクリエさん及びイトメント村の人間たちと協力して、ロクリエさんが貴族院を卒業すると共に、現イトメント男爵から強制的に爵位を継がせる予定があるらしい。
なんでも、現イトメント男爵は妻含め放蕩者であり、イトメント村を治めると言う役目を年単位で放棄しているのだとか。
直ぐに動かないのは、ロクリエさんと代官が優秀なのでイトメント村に問題が起きておらず、現イトメント男爵は犯罪まではしていないから、らしい。
そして、現イトメント男爵にこの話が伝わっても困るので、この話をする人間は出来る限り制限しているのだとか。
なんだったら、現イトメント男爵は、ロクリエさんが貴族院に通っている事すら知らないので、そこも秘密にしてほしいのだとか。
「なるほど。ミーメ嬢、如何致しますか?」
「そうですね……」
うーん、流れから察するに、もしかして現イトメント男爵が王都に来ているのだろうか?
収穫祭と言うイベントが行われているのだし、放蕩者と言う話が本当なら、来ていてもおかしくは無いだろう。
そして、これが正しいのなら、現イトメント男爵に対して、色々と秘密を抱えているロクリエさんが鬼気迫る表情をする事も分かる。
いやまあ、ここで何か現イトメント男爵による問題が起きれば、グレンストア公爵家はこれ幸いにと、現イトメント男爵から爵位を取り上げそうだけど。
なんにせよだ。
「ロクリエさん本人が直ぐに見つかるのなら、捕まえて、親しい友人または教師と会わせて落ち着かせる。と言う方向で良いと思います。直ぐに見つからない場合も、やる事自体は変わらないかもしれませんね。どうでしょうか? ヘルムス様」
「それで良いと思います。ミーメ嬢の目撃証言しかありませんし、私たちはそもそも部外者です。むやみに騒ぎ立ててグレンストア公爵家の邪魔をしても良くありません。後は貴族院の担当者に任せましょう」
ワタシたちが直接何かする事は出来ないだろう。
だって現状だとこれは、グレンストア公爵家、イトメント男爵家、貴族院の問題だ。
現イトメント男爵が王都内で何か問題を起こしたのならば、ワタシたちが対処する事もあるかもしれないが、逆に言えば、問題が起きない限りは手は出せない。
そもそも、一度視界内に入れただけの相手に、そこまで時間と手間を割いていられないと言う事情もある。
うん、ヘルムス様の言う通り、後はもう任せるべきだろう。
「サマリナさん。何かあれば、続報をお願いします。気にはなりますので」
「分かりました。その際にはお持ちいたします。ミーメ様」
と言うわけで、ワタシとヘルムス様は、サマリナさんたちに後を任せて、貴族院を後にしたのだった。
そして、その後はひったくりや喧嘩と言った、ちょっとしたトラブルにこそ遭遇したものの、大きな問題には出会わず。
何事もなく収穫祭二日目は終わるのだった。
「ミーメ嬢、明日のための準備は整っていますので、よろしくお願いします」
「はい。よろしくお願いします。ヘルムス様」
さて、今日の暇さなら、収穫祭三日目には、予定通りの事が出来るだろう。
ワタシはそれが楽しみで仕方がなかった。
10/09誤字訂正




