316:教会巡り
「見えてきましたね」
トリニア教は王国で一番の勢力を誇る宗教である。
なので、当然の事ではあるが、王都内にもトリニア教の教会はたくさん存在している。
しかし、ある意味ではトリニア教らしいと言うべきか、足並みが揃っていないと言うべきか、収穫祭においてどのように行動するかは、各教会ごとの自由意志に任せられているらしい。
「ミーメ嬢。こちらが聖チルセーブ教会です」
「可愛らしい教会と立派な孤児院ですね」
例えば、目の前の聖チルセーブ教会と、それに隣接している孤児院では、その門扉をしっかりと閉ざすと共に、子供を預かるために受付役の修道女が二人だけ敷地の外に出ている。
どうやら、収穫祭に出店している、あるいは収穫祭を楽しみたい、親たちが気兼ねなく動けるようにと、収穫祭の時期限定で保育園のような事をしているらしい。
食事も出て、簡単な説法……教育もしてくれて、同年代の子供たちと遊べる。
そして何よりも安全。
なので、敷地内は中々に賑わっているようだった。
「問題は起きていないようですね」
「ですね。では次に行きましょう。ヘルムス様」
まあ、問題が何も起きていないのなら、ワタシたちが関与する事はない。
ワタシたちは二人の修道女に挨拶だけして、その場から離れる。
「こちらは聖タノシタノザ教会です」
「下手な広場より賑わってますね」
次にやってきた教会では、敷地全体を使うようにして、沢山の露店が出されて商品が並べられ、掘り出し物市のようになっていた。
どうやら飲食物を扱わない以外のルールは無いようで、装飾品だけでなく、絵画や人形、奇妙なオブジェを扱っている店もあるようだ。
掘り出し物を探している貴族や商人の姿も見かけた。
教会の建物の内側では……一応、説法の類もやっているらしい。
なお、警備に当たっている兵士曰く、開始直後に強引な買い取りを目論んだ貴族は居たようだが、他の貴族から睨まれて、敢え無く撤退。
以降は何も問題は起きず、平和そのものとの事。
「此処は聖ヒビーリムカ教会ですね」
「此処もある意味でお祭りですね。静かなお祭りですけど」
ワタシたちは貴族街にある教会にも足を向けた。
此処の教会では、先ほどの聖タノシタノザ教会と同じように敷地を開放していた。
ただやっているのは、きちんとした身なりなら誰でも入って、お茶と茶菓子と会話を楽しめる、飛び入り歓迎のお茶会だった。
敷地内には貴族と商人、それから頑張って身なりを整えたらしい普通の平民が集まって、概ね優雅で、時々トリニア教の説法が混じるお茶会を楽しんでいる。
お酒も入っていないし、全体的に歳がいった方が多いからか、穏やかな時間が流れている。
当然、この場は平和そのものである。
「聖グロリワトー教会です。まあ、ここはいつも通りですね」
「立派な教会ですね」
折角だからと王都内で一番……ではないが、かなり立派な部類に入る教会にもやってきた。
門の前では警備の兵士が立ち、人の出入りは制限されている。
そして、教会の中では厳かな雰囲気の中で、収穫祭の空気を敢えて匂わせないような説法が行われているようだった。
そこからは、収穫祭だからと、全員が騒ぐ必要は無い。
静かにしていたい者は静かにして、真摯に祈りたい者は祈ればいいのだと言わんばかりの空気が漂っていた。
うん、それについては、ワタシとしても同感であるので、何か言うなどあり得ない事である。
「それでヘルムス様。こうして様々な教会を巡ったのは、王都警備の仕事をこなすためだけではありませんよね?」
「バレましたか」
「流石に分かります。最初の方の聖チルセーブ教会などならともかく、此処、聖グロリワトー教会で問題が起きるとは、とてもではありませんが、思えませんので」
ワタシとヘルムス様は話をしながら、次の目的地へと向かう。
なお、向かいながら、途中の露店で肉と野菜を挟んだサンドイッチや果実水を購入し、腹を満たす事も忘れない。
「ではミーメ嬢。何故、私がそのような事をしたのだと思いますか?」
「そうですね……。婚約式でどのような教会で式を挙げるかを想像しやすくするため、とかでしょうか?」
「正解です、ミーメ嬢。まだ先の事だとは思いますが、有名な教会だけでも知っておいた方が、考える時に楽になるでしょうから。不要な心遣いでしたか?」
「いいえ、不要だなんてあり得ないです。むしろ嬉しいくらいです。だって、ヘルムス様がワタシとの婚約を真剣に考えてくれているからこそなのは、直ぐに分かりましたから」
「ふふっ、そうですか。そう言っていただけるのなら、嬉しい話ですね」
ヘルムス様が微笑み、ワタシも思わず笑ってしまう。
うん、ヘルムス様の行動が嬉しくないなどあり得ない。
一人で好き勝手に決めるのではなく、ワタシと一緒に決めたいと考えているから、ワタシが詳しくないと知っているからこそ、こうして仕事の邪魔にならないように配慮しつつ、情報をくれているのだから。
むしろ、嬉しさのあまり、仕事の方を疎かにしないように注意しないといけないくらいだ。
「あ、聖アンザンシ教会ですね。ここは……いつも通りですよね。当然ですけど」
「そうですね。此処は呪いを取り扱う特殊な教会ですので、収穫祭でもやる事に変わりはないかと」
そうしている内にやってきたのは、サキさんが以前に所属していた聖アンザンシ教会だった。
だが、収穫祭中の真っ最中であると言うのに、聖アンザンシ教会は静まり返っていて、以前訪れた時とまるで変わらない空気を保っている。
周囲に人影もなく、祭りの喧騒も殆ど聞こえてこない。
まあ、ヘルムス様の言う通り、そう言う場所なので、変わらない方が当然なのだろう。
祝い関係には関わる気のない教会だったはずなので、ワタシたちの婚姻式に関わる事もない。
此処だけは、本当に仕事のために訪れたと言える教会だった。
「ん?」
「おや?」
そんな事を考えていたら、聖アンザンシ教会の敷地から一台の馬車が出てくる。
紋章が付いていないので、何処の貴族が所有している馬車なのかは分からないが、荷は馬車の上と背後に沢山付いている。
ワタシはその馬車が何故か気になったので、馬車の中の闇に魔術で干渉して、目と耳を作り出す。
『まったく、なんて失礼な修道士と修道女だ! この私が呪われていた品を買い取ってやろうと言ったにも関わらず断るとは!』
『ホホホ。仕方ありませんわ。彼らは私たち貴族に奉仕する喜びを理解できなかったのですから。まったく、愚かな事。誰のおかげで生きていられると思っているのやら』
見えたのは、推定年齢三十代後半に入るかどうかと言った男女……恐らくは夫婦。
衣装からして貴族であり、旅慣れていそうな気配もある。
属性は男が『土』と女が『光』、参考にはならなさそうそうだ。
『他の教会の連中も非協力的で……やはり、トリニア教は誰も彼もグロリアブレイド王国に敵対的であるらしい。王も主も愚かな事だ。とっとと締め上げて、奴隷にでもしてしまえばいいと言うのに』
『本当にね。まあ、王も主も好き好んで苦労しているのだから、放っておきましょう。好きにしたいのなら、私たちと同じように好きに出来るはずなのだし』
そして、恐らくは『貴族主義者』で愚か者の類。
うん、呪われていた事もある品を、その事実を隠して売却したりしそうな雰囲気もあるし、報告は挙げておいた方が良さそうだ。
「ヘルムス様」
「聞きましょう」
と言うわけで、ワタシはヘルムス様にとっとと告げ口してしまった。
ワタシの話を聞いたヘルムス様は、無言で手を挙げて、トレガレー公爵家の関係者らしき人物を呼び寄せると、直ぐに何かしらの指示を出し、指示を受けた人物は去っていった。
うん、その動きも含めて、とても格好いい姿だった。
「これで暫くすれば、誰だったのかは直ぐに分かるはずですが……。もしも、王都の外の貴族だったら、その上の家に処分を促すような形になるので、上手くいかない可能性もあります。それは先に知っておいてくださいね。ミーメ嬢」
「それは勿論です。ヘルムス様。犯罪を犯した明確な証拠もないのに、罰する事など出来るはずもありませんし」
まあ、後はワタシたちの仕事ではなく、調べる人や、上の人たちの仕事だろう。
そんな事を考えつつ、ワタシたちは次に向かうべき場所へと向かった。
チルセーブ:チルドレン・セーブ
タノシタノザ:楽市楽座
ヒビーリムカ:飛び入り歓迎
グロリワトー:グロリア+和刀




