313:指輪と花火
「ミーメ嬢、こちらです」
「此処は……」
ヘルムス様に連れられてやってきたのは、春頃にも訪れた事のある装飾品のお店だった。
それだけで、ワタシはだいたいの目的を察して、少しだけ心を引き締める。
そして、日暮れと共に入店した。
「ようこそいらっしゃいました。ヘルムス様、ミーメ様」
「例の物は?」
「出来上がっております」
店内にはワタシたち以外の客どころか、店主であろう男性以外の従業員の姿もない。
どうやら、収穫祭と言う事で本来は休みだったところを、指輪の受け取りだけ密かにさせて欲しいと言うヘルムス様の要望を受けて、開いてくれたらしい。
その事実に感謝しつつ、ワタシとヘルムス様は店主さんが持ってきた箱の中身を見る。
「ご要望通りに仕上がったと思うのですが、如何でしょうか?」
箱の中に入っていたのは、大きさが微妙に異なる二つの銀製の指輪。
宝石を填めるための穴は、表向きは二つ。
しかし、ヘルムス様が少し弄ると、三つ目の穴が出てくる。
うん、以前にヘルムス様が話してくれて、それから何度か打ち合わせを重ねて出来上がった設計図通りの、ワタシとヘルムス様の為の婚姻指輪だった。
「素晴らしい仕事です」
「お褒めいただきありがとうございます。それで宝石についてですが……」
「そちらについては、これから作りますので、問題はありません」
「かしこまりました」
店主の男性はそれ以上問う事なく、素直に引き下がる。
きっと、ここで無理に食い下がろうとしないから、ヘルムス様はこの店に指輪の作成を依頼したのだろう。
「では、私はこれにて」
「素晴らしい指輪をありがとうございます」
「ありがとうございます。私もお二人の幸せを願っております。代わりと言っては何ですが、どうか今後とも御贔屓に」
「はい」
そうしてワタシとヘルムス様は店を後にすると、近くまで来てくれていたトレガレー公爵家の馬車へと乗り込んだ。
「さてミーメ嬢。ある意味ではここからが本番です」
「はい。分かっています」
馬車が動き出すと共に、ヘルムス様の視線が指輪の方へと向き、ワタシも応じるように頷く。
そう、この指輪には、まだ肝心の宝石……お互いの目の色に合わせた宝石が填まっておらず、未完成の状態なのだ。
そして、宝石については、ワタシの宝石化の魔術によって作り出す事を決めている。
「ヘルムス様。陛下と宮廷魔術師長様からの許可は下りているんですよね?」
「はい。降りています。収穫祭が始まるまでの間に、ミーメ嬢が何度か宝石化を試し、記録と実物を提出してくれたおかげで、難なく許可は出ました」
「それは良かったです」
宝石化の魔術は、魔物の瞳と宝石を闇属性の魔術によって混合し、新たな宝石に変えてしまう魔術である。
出来上がったばかりの魔術と言う事で、未知の部分が多い上に、『泳蟹瑠璃』の件から瘴気と言う危険な物質を生み出す可能性を持っている事も分かっている。
そのため、今は陛下と宮廷魔術長様の許可が下りた上に、瘴気に関する監視人員が必須の魔術になっていた。
ただ、何度か宝石化の魔術を行ったことで、瘴気の発生原因も掴めてきているため、規制はだいぶ緩くなっていて、ワタシとヘルムス様の婚姻指輪に使いたいと言う話も前々からしていたので、簡単に許可が下りたようだった。
「では、ヘルムス様。いっそのこと、収穫祭三日目の城内待機中の暇な時間に作ってしまうのも良いかもしれませんね」
「それは……良いかもしれませんね。何時でも中断できるようにして、監視人員をきちんと配しておけば、何も言われる事はないでしょう。では、そのつもりで素材の手配もしてしまいましょうか。物自体は既にありますので」
「お願いします。これで赤紫以外は出来ますね」
「そうですね。そうなるでしょう」
と言うわけで、善は急げと言わんばかりに、収穫祭の三日目に限られた人だけに伝えて、こっそり作ってしまう事にした。
実はグロリベス森林深層の探索で、ワタシの『人間』属性に対応させるための赤紫色の瞳以外は既に全て揃っているので、後は時間とやる気、それと作り出す宝石の大きさをどうするかと言う問題だったので。
「あ、花火」
不意に馬車の外から強烈な光が差し込むと共に、破裂音が聞こえてくる。
外を見れば、王都の夜空を光属性の魔術によって作られた花火が彩っているところだった。
「収穫祭一日目もこれで終わりですね。ミーメ嬢」
「そうですね。と言っても、平民の中には、これから明日の朝まで飲んで騒いでと、起き続ける方も少なくないですけれど」
「そして、夜明けと共に眠り、起きたらまた騒ぐ。ですか? まあ、それはそれで楽しみ方の一つですね。明日からは仕事がある私たちには出来ない楽しみ方ですが」
「ですね。仕事を抜きにしても、明らかに体に悪そうなので、ワタシもしたことがない楽しみ方です」
次々に花火が上がっていく。
火属性と光属性が半々くらいだろうか?
王都全体に魔物除けの魔術をばら撒きつつ、夜空を彩っている。
その光景に人々は歓声を上げて、隣に居る誰かと今年一年の頑張りを褒め称え合っている。
「ミーメ嬢。ああして楽しんでいる民衆の姿を見ていると、私たちの頑張りも報われたような気がしませんか?」
「ヘルムス様。そこは気がするではなく、実際に報われているのだと思います。彼らがああして楽しめるようにするために、ワタシたち宮廷魔術師は頑張ったのだと思いますし」
「そうですね。その通りです」
実際、ワタシが頑張らなければ、この光景は無かったのだと思う。
ノスタとか、ウェルフとか、あの辺りはワタシでなければ対処できなかった事柄だろうから。
同時に、ヘルムス様があの日、あの時、ワタシを王城に誘ってくれなければ、無かった光景だとも思う。
「「……」」
馬車はワタシの家へと向かっていく。
明日もまた顔を合わせる。
特に話す事もない。
だから静かに、時間が流れていくのを、居心地の良さと共に感じる。
うん、ワタシはもしかしたら、今、世界で一番、贅沢な時間の使い方をしているのかもしれない。
「さてミーメ嬢。何時までも、ただのんびりと過ごしていたいところですが、明日の予定について少し」
「あ、はい」
ヘルムス様の声を受けて、ワタシは背筋を正す。
「以前にもお伝えしましたが、明日は王都を警備するために、街の中を一緒に巡回する事になります」
「はい。でも確か、そこまで大きな問題が起きる事は滅多にないから、程々に身構えておけばいい。でしたよね?」
「その通りです。ただ、移動距離は長くなりますので、その点だけは注意してください」
「分かりました。疲れた時には、闇人間に抱えさせようと思います」
ワタシの言葉にヘルムス様も同意するように頷いてくれる。
実際、王都中を回るような仕事になるはずなので、途中で闇人間は使う事になるだろう。
「ただ、先ほどミーメ嬢が言った通り、宮廷魔術師が出ないといけないような事態が発生する事は極稀です。ですので……」
「ですので?」
「明日もまた収穫祭を楽しみましょう」
「ヘルムス様、いいんですか? それで」
「問題ありません。私たちが何の気兼ねもなく楽しんでいる姿を見せる事もまた、民を落ち着かせることに繋がりますので」
「分かりました。では、楽しませていただきますね」
ヘルムス様が自信満々に言い切る様を見て、ワタシは思わず笑ってしまう。
うん、でも、そう言う事だったら、最低限の警戒はしつつも、楽しめる部分は楽しませてもらおう。
だって、収穫祭とは、楽しむべき催事なのだから。
ワタシたちが楽しむ事で、周りを楽しくなってくれるのなら、なおの事だ。
そんな事を考えつつ、収穫祭一日目は何事もなく終わったのだった。
既にお気づきの方もいらっしゃるかもしれませんが。
収穫祭編は実質ずっとデート回です!




