312:大道芸と演劇
「始まりましたね。まずは……ジャグリングですね」
「そうですね。水属性の様です」
舞台の上に現れた大道芸人は一礼をした後に、水属性魔術で水の球体を幾つも作り出してジャグリングを始める。
これだけならば、水の球体をただそれっぽく動かしているだけの事であり、観客もそれを知っているから盛り上がりもしないが……。
「……。なるほど、見る者を楽しませると言う意味では中々ですね。よく研鑽を積んでいます」
空中に居る間に水の球体はウサギと鳥に変形して、変形先の生物の見た目に合わせたような動きを見せ始める。
水球の数が十個ほどあった事を考えると、中々の操作と変形であり、ヘルムス様が感心するのも頷ける話だった。
観客にも、これが巧みな技である事は伝わったのだろう、俄かに盛り上がっていく。
「これで終わりではありませんよ」
「……」
そうして盛り上がっている中、見るからに悪党面な肉体属性の大道芸人が登場。
水属性の大道芸人が持つウサギと鳥を奪わんとするかのような動きと共に、二人でジャグリングを開始、二人の間で水で出来たウサギと鳥が飛び交い始める。
二人の動きは見た目こそコミカルで、二人の人間が水で出来たウサギと鳥に翻弄されているような動きになっていて、観客も大盛り上がりの状態だ。
だが、これを実現するために必要な研鑽と打ち合わせの緻密さが分かったのだろう、ヘルムス様は真剣な表情で二人の大道芸人の動きを見ている。
実際、水属性の方は水属性のウサギと鳥を完全に制御して見せているし、肉体属性の方は勢い良く動いているのにウサギと鳥に触れる時は魔術が壊れないようにソフトタッチしている。
同じことを王城の魔術師や騎士にやれと言っても、いきなりやるのは不可能な動きだろう。
そして、最終的には、水で出来たウサギと鳥を抱えた水属性を追いかけると言う形で、二人の大道芸人はおどけた走りと共に舞台から去っていった。
当然、観客はそれを笑いながら見送った。
「市井の芸人の腕も馬鹿に出来た物ではありませんね」
「彼らはそれが仕事ですからね。方向性が違うだけで、魔術の研鑽にかける情熱に限っては、ワタシたちにも劣らないと思いますよ。とは言え、今の二人は別格だと思いますが」
ヘルムス様とワタシが感心していると、次の大道芸人が舞台に上がってくる。
その顔は、前座がアレなんてと言わんばかりで、若干苦笑気味だ。
「なるほど。さっきの二人が別格ですね」
「こちらも十分凄いんですけどね」
今度の大道芸人は風属性で、傘を何本も持っていた。
そして、傘を回し、その上でボールを転がすと言う、所謂傘回しの芸を始める。
そうして、十分な勢いで傘が回り始めたところで、風属性の魔術だけで傘を回すようになり、次の傘を回し始める。
最終的に、自身が持つ物含めて、五本の傘が、上にボールを乗せた状態で回ると言う光景を作り出してみせた。
見事な風属性魔術の制御と言えるだろう。
その後も大道芸は続く。
土属性の大道芸人は、観客に舞台に上がってもらい、その観客そっくりの土人形をあっという間に作り上げてみせた。
植物属性の大道芸人は、手に何も持っていない状態から、花を手の内に幾つも出現させてみせた。
肉体属性の大道芸人(二人目)は、筋骨隆々の肉体アピールから、金属製の棒を折り曲げてみせた。
うん、これくらいが普通の大道芸人だろう。
「あの、ミーメ嬢あれは……」
「ただの……技術ですね。はい」
なお、一番驚かされたのは、魔力属性にも目覚めていない少女が、輪っかが空中に留まっているかのようなパントマイムをしてみせた瞬間だった。
一切魔力が動いていなかった事は、ワタシが保証する。
人間の底知れなさを見せられた場面だった。
「いや、驚かされましたね。ヘルムス様」
「本当ですね。魔術無しでもあのような事が出来るとは……」
さて、そうこうしている内に、舞台で行われる演目は大道芸から演劇へと変わるようで、大道具の人たちが急いで準備をしている。
「ミーメ嬢」
「なんでしょうか?」
時計を一度確認してから、ヘルムス様が声をかけてくる。
ワタシも陽の位置を確認。
日暮れまで、もうちょっとありそうな感じだ。
「渡したい物がありますので、少しご同行お願いいただけますか?」
「分かりました」
どうやら何かあるらしい。
ワタシはエスコートの為に出されたヘルムス様の手を取る。
そんなやり取りをワタシたちがしている間に、舞台上では演劇が始まっている。
「ふぁふぁふぁ! 我こそはタイラート・フォン・イストフィフス! この世を統べる王! この世の全ての財! 女! 力は我がものよぉ!!」
そして、始まった演劇の内容に思わず足を止めてしまった。
舞台上を見れば、見るからに醜悪な老人と言った見た目の演者が、両腕を大きく広げて、広場中に聞こえるような大きさの声で台詞を言っていた。
「……。あの、ヘルムス様?」
「ふむ。どうやら、この時間の演劇はイストフィフス侯爵討伐作戦を演じたものになるようですね」
えーと、例年通りなら、此処の演劇は、昔の何処かの英雄が危険な魔物を討伐して見せた。と言う感じの分かり易い演劇だったと思うのですけれど?
それが今年になって、何故急にイストフィフス侯爵領討伐作戦の件を演劇で?
ワタシの疑問が顔に出ていたのだろう。ヘルムス様が答えてくれる。
「簡単に言えば宣伝でしょう。あの件は王都でもよく知られていた話ですが、一連の流れを最初から最後まで理解している民はそう多くないはずですから。こうして演劇と言う形で広める事で、王家の判断が正しかった事、王城が保有する戦力が十分な事、イストフィフス侯爵領はもう大丈夫である事。そう言ったものを示すわけです」
「なるほど」
前世知識で言う所のプロパガンダと言う奴だろうか?
舞台上では、イストフィフス侯爵がどんなに酷い人物であったのかを虚偽……は交えていないか、自身の親兄弟を殺した事も、領民を虐げていた事も、実子たちにすら酷い振る舞いをしていた事も、犯罪者たちを先導していた事も、王都に反旗を翻した事も、ただの事実だし。
とにかく、イストフィフス侯爵の酷さを喧伝している。
それに対して、王国は宮廷魔術師を中心とした軍勢で対抗。
侯爵の息子たちも協力して、侯爵の手勢を次々に退けていく。
そうして追い詰められた侯爵は魔物と化し、スタンピードを引き起こすも、空飛ぶ大きな船に乗った宮廷魔術師たちによって討伐された。
その後、トリニア神の使いが礼を述べると共に、この地の浄化が済んだことを告げて、ハッピーエンド、と。
うん、大筋は間違っていないと思う。
思うのだけど……。
「あの、ヘルムス様?」
「魔術の技量や時間の制約上、再現できなかった部分があるのは致し方ありませんが、ミーメ嬢の活躍を明言出来ていない事はいただけませんね。ミーメ嬢とスケクロの戦いも、ミーメ嬢の『ヨモツシコメ』も、『ウミボウズ』にトドメを刺した事も語られないとは、これではミーメ嬢の素晴らしさが一般民衆に伝わらないではありませんか。ライオットとサキ嬢の扱いと活躍に割く時間があるならば、ミーメ嬢が戦う姿を描いた方が観客の受けも……」
それではヘルムス様にとっては駄目だったらしく、ブツブツと何か呟いている。
ワタシとしては、自身の活躍を妙に誇張されたりしなくて済み、むしろ助かったくらいなのだけれど……まあ、いつも通りのヘルムス様でもあるか。
「コホン、ヘルムス様、そこまでです」
「しかし……」
「そ こ ま で で す」
「はい」
とりあえず強制休息の魔術でもって、無理やりに落ち着かせた。
「それよりもヘルムス様。向かう場所があるのでしょう?」
「っ、そうでしたね。思わず見入っていました。では、向かいましょう、ミーメ嬢」
そんなわけで、ワタシとヘルムス様は、少し駆け足になって、次に向かうべき場所へと向かったのだった。




