311:平民式収穫祭へ
「それではヘルムス様。急いで着替えて来ますね」
「急がなくても大丈夫ですよ、ミーメ嬢。時間ならばたっぷりあるのですから」
「ヘルムス様と気兼ねなく過ごせる時間を増やしたいので、急いできますね」
「そうですか。そう言われたら、私はもう何も言えませんね」
昼食会の後。
ワタシとヘルムス様は予定通りに王城を後にすると、トレガレー公爵家の馬車でワタシの家へと向かった。
そして、着替えを終えると、歩きで王都の平民街の方へと向かい、多くの屋台が出されている通りへと顔を出した。
「「「ーーーーー~~~~~!!」」」
視界に広がるのは正にお祭り騒ぎ。
立ち並ぶ屋台からは良い匂いが漂い、そこら中から楽しむ声が聞こえ、笑顔を浮かべた男女が踊っているのが見えると共に、沢山の人が思い思いに動いているからこその振動が伝わる。
匂いの元は串焼肉のタレであったり、ジュースの為に潰されていく新鮮な果実であったり、今日の為に作られたお酒であったりと、実に様々だ。
人々が祭りを楽しむ声に合わせるように、弦楽器と管楽器が即興の協奏曲を奏で、空砲が時折鳴り響き、見世物に対する歓声が大きな波となって寄ってくる。
私は頑張った、お前も頑張った、王様も頑張った、神様も頑張った、みんな頑張ったからこそ、今日と言う日を迎えられた。
だから乾杯。今日だけは日々の苦労も諍いも忘れて、ただただ楽しくやろうじゃないか。
そんな声も聞こえた。
「やはり、これこそが収穫祭ですね。と、ヘルムス様は……」
「私もこちらの収穫祭は好きですよ。貴族たちの収穫祭も悪くは無いですが、どちらの方が休めて、純粋に楽しめるかと言えば、断然こちらです。公爵領に居た頃も、平民たちがしている祭りの方が、どちらかと言えば好みだったくらいです」
「そうですか。ならよかったです」
ヘルムス様は微笑んでいる。
その微笑みが本当のものなのか、ワタシを気遣ってのものなのかは分からないが、少なくとも楽しんでくれているのは間違いないようだ。
ならば、こちら側をよく知っている者として、ヘルムス様に楽しんでもらえるように動くべきだろう。
「ではヘルムス様。まずは腹ごしらえと行きましょう。昼食会ではあまり食べられませんでしたからね」
「そうですね。そうしましょうか」
と言うわけで、ワタシはヘルムス様を連れて、毎年恒例の串焼肉の屋台へと向かい、お金を払って特製タレの串を二本購入する。
まあ、今年は美味しいソースの件もあったので、そこまで美味しく感じないかもしれないが、毎年の定番と言う奴だ。
そう思いつつ口に運んで……気づく。
「ミーメ嬢。この串焼肉のタレですが……」
「もしかしたら、地元が一緒とか、此処で美味しかったからこそ研究したとか、そう言う話なのかもしれません」
串焼肉は今年も美味しかった。
タレの味も変わらずだが、直前に美味しいソースを味わったので気付いた。
こちらの方がより深い感じがあるけれど、基本的な味は同じであると。
「……。あの屋台の店主が何者なのか、ミーメ嬢は知っていますか?」
「さあ? 毎年、王都の収穫祭に居るのは知っていますが……」
ヘルムス様と私は串焼肉の屋台の店主を見る。
赤い目……火属性の魔術を使えるようだが、普通の中年男性である。
手つきや筋肉の付き方からして、たぶん、料理一筋の人間。
「……。気にしないでおきましょう、ヘルムス様。このように美味しい品を出してくれているのですから、これ以上の詮索は無粋と言うものです」
「それもそうですね」
ワタシとヘルムス様は頷き合う。
美味しいは正義。
それでいいじゃないかと。
「次は飲みものですね」
「ではアチラの屋台へ行きましょう」
「いらっしゃーい」
串焼肉を食べ終えたワタシたちは、ジュースの屋台へと向かう。
普段は王都で酒場を経営している人が、出張してきたらしい。
胸の大きな女性が店頭に立ち、呼びかけを行っている。
使っている水や果実から妙な気配もせず、値段も良心的なので、此処なら大丈夫だろう。
と言うわけで、数種類の果実の果汁を混ぜて作られた果実水を購入。
「これは中々の逸品ですね。果実の配合比がよく考えられている」
「そうですね。どれか一つが強すぎる事もなく、協力し合っている感じです」
「ありがとうねー」
一口飲んでみて、ちょうどいい具合の美味しさを感じた。
どうやら当たりのお店だったようだ。
「ジュリちゃーん! こっちにも一杯!」
「はいはーい!」
「「!?」」
なお、ここでワタシとヘルムス様は気づく。
今の女性が何者であるかを。
触らぬ神……天竜に祟りなし、別の意味でも当たりだったと言う事で、ワタシたちは静かに屋台から離れる。
「え、えーと、ここで売っているのは……」
そして、飲み物片手に次の屋台に目をやる。
そこで売られていたのは、小麦粉の生地の中に餡を入れて円盤状あるいは円筒形に焼成した焼き菓子であった。
なお、この世界では、屋台ごとに、屋号+焼き、と名乗っているようで、名称が一切一致しない。
聞くところによれば、聖地トリニアがあった頃から存在しており、その名を定める事は誰にも出来なかったとか……。
なんだか、万が一にも属性になったら、不定の性質を帯びそうな状態である。
まあ、そんな事はさておいて購入。
「ふむ。普通に美味しいですね」
「そうですね。普通に美味しいです」
ヘルムス様とワタシは普通と言う感想を言い合う。
なお、祭りの屋台において、普通に美味しいは十分高評価な範疇である。
値段に見合った味を出せていると言う意味なので。
比較対象が先に飲み食いした串焼肉とジュースなので、低く見えてしまうだけだ。
「さてヘルムス様。お腹の具合はどうですか?」
「そうですね……。昼食会でも一応食べていますし、十分膨らんだと思います。ミーメ嬢は如何ですか?」
「ワタシもいい具合です」
嘘ではないが、本当でもない。
ワタシは胃袋の中の闇を操る事で、その気になれば幾らでも何でも食べれてしまうのだが、その、乙女心として、婚約者であるヘルムス様の前でがっつくのは如何なものかと言う思いもありましてね。はい。
ヘルムス様と同じだけ食べている時点で乙女としてはどうなのかと言われそうな気もするけれど、何でもない場でヘルムス様以上に食べると思われるのは、流石にちょっと恥ずかしいのだ。
なので、ヘルムス様が満足したところで抑えておく事で、これ以上は食べないように留めておくのである。
「それでは、ミーメ嬢。他の物を見に行きましょうか。食べるだけが収穫祭ではない。そうでしょう?」
「その通りです。ヘルムス様」
その後、ワタシとヘルムス様は広場の方へ近づきつつ、露店を見て回っていく。
パチンコやおもちゃの弓を使った射的の屋台や、くじ引きの屋台については、遠目で見る程度。
魔物素材や小さな宝石、少量の金属を使った装飾品を扱っている屋台については、割としっかりと見た感じだ。
特に装飾品は、王都の外の人間が多いからか、普段は見かけない意匠の物も多く、物珍しいものが多かった。
なお、ヘルムス様は先ほど十分と言っていたはずなのだが、何故か食べ物系の屋台で、小さいりんご飴とか、小さな小麦粉の球を揚げて砂糖を掛けた物とか、果物とクリームが入ったクレープとかを購入し、ワタシに渡してくれた。
うん、貰った以上は捨てられないと、美味しく食べさせてもらった。
どれも甘くて、食べていて幸せになれる味がした。
……。幾らでも食べられると、ヘルムス様にバレているかもしれない点については……目を逸らそう。そうしよう。
「さて広場ですね。ここでは時間帯によって、何をしているのかが変わりますが……」
そうこうしている内に、広場に到着。
平時と違って、舞台のようなものが設置されていて、観客が座るための椅子も用意されていて、満員御礼の状態だ。
ワタシとヘルムス様は、椅子には座らず、少し離れたところから見る事にした。
「今は大道芸の時間のようですね」
「そうみたいですね」
そして始まったのは、魔術を使った大道芸だった。
10/03誤字訂正




