310:美味しい研究発表
「さて時間ですね。ミーメ嬢、もう一度お伝えしますが……」
「分かっています。基本的にはヘルムス様に任せて、ワタシは隣で微笑んでいようと思います」
芸術鑑賞を終えたところで、王城内での研究発表が行われる時間になった。
この研究発表は、王国中から研究者が集まって、研究成果を発表する場である。
発表会とは言うものの、一つの部屋に人が集まって厳かに行うのではなく、研究内容をまとめた紙や実物の隣に研究者が立って、解説をしていくような形であり、どちらかと言えばラフなものになる。
だが、ラフな分だけ、その内容は非常に幅広い。
魔物との戦闘に役立つ新しい魔術もあれば、魔境の開拓で役に立つ道具、都市の管理運営を手助けする魔道具、日常生活を便利にするための魔道具、農作物の収量を上げる方法、美味しいソースの作り方、新しい胃薬、自身が遭遇した魔物についての研究などなど、正に何でもありと言った具合である。
どうしてそんなに幅広く、何でもありな研究発表が王城で行われるかと言えば……。
まあ、単純に研究のパトロンを求めての事でもあるし、研究者同士の出会いを演出する為であったり、研究成果を広げたり、己の成果を誇示したり、とにかく都合が良かったからと言う他ない。
なお、王都内の研究者がこの場で発表したい場合には、宮廷魔術師長様かそれに匹敵する人物からの許可が必要になるが、王都の外の研究者が発表したいのなら、住んでいる領地の領主が許可すれば許される。
なのでまあ……美味しいソースの作り方のような、妙な発表が紛れ込む事もあるのだった。
「あ、でも、本当に美味しいですね。これ」
「本当ですね。新しい香辛料でも見つかったのか、処理の方法を変えたのか……なんにせよ、これは掘り出し物ですね」
ちなみに美味しいソースは本当に美味しかった。
ドロッとしつつ黒い見た目をした、一見普通のソースなのだけれど、少し舐めさせてもらったら、普通のソースが比べ物にならないくらいに様々な旨味を感じられて、非常に美味しかったのだ。
どうやって作っているのかは、肝心な部分が何カ所か秘匿されていると言うか、研究途中で不明なのか、とにかく分からないようにされていたけれど。
うーん、魔力の味の濃さから魔物素材は使っているのだろうけど、それ以上は本当に分からない。
「さて、グレイシア嬢の協力も受けて進められた研究ですね」
「ですね」
それはそれとして、他の研究も見ていく。
まず見たのは、冷凍庫内の温度変化を感じ取り、感知した場所を局所的に冷却する事で、効率よく冷凍庫内を冷やす魔術について。
原型はグレイシア様の温度上昇に伴う腐敗発生と言う不安を感知する魔術であり、それを基に氷属性魔術だけでも、温度の感知と冷却を出来るように改良したらしい。
うん、シンプルで、活用のしがいもある、素晴らしい魔術だと思う。
「ヘルムス様。北部辺境伯領群で確認された新しい魔物についてだそうです」
「なるほど。これは興味深いですね。良い魔道具になりそうなのも居ます」
「ですね」
次に見たのは、新種の魔物についての研究発表。
情報の密度は種類によってまちまちだが、様々な魔物が絵付きで紹介されている。
今、ヘルムス様が見ているのは、汚れた水を浄化する性質を持った魔物で、口が前世知識で言う所の大型鯨のようなクシ状のものになっていた。
確かに、浄水を作る魔道具に良さそうな気がする。
他にも、石油のような可燃性の脂を持つ魔物や、全身が常に帯電している魔物とか、流された魔力に応じて色が変わる魔物とか、様々な魔物の情報が並んでいる。
もしかしなくても、こうして並んでいる魔物の素材が、今やちょっと懐かしい希少素材倉庫に納入されていくのかもしれない。
なお、赤紫色の瞳を持つ魔物の情報が無いかと、念のために注意しつつ見てみたが、そう言う情報は見当たらなかった。
「こちらはグレンストア公爵領で品種改良された小麦だそうです」
「へー、平均的な収量が増えたんですね」
「こっちはアイアマイン公爵領で新考案された製錬炉ですか」
「計算上は、今までより効率よく、ですか」
「トリカーノ侯爵領がトレントの家畜化を目指している。ですか」
「トリカーノ侯爵家は正妃殿下のご実家でしたね。つまり……」
その後もヘルムス様とワタシは研究発表を見ていく。
ワタシがグロリベストレントを持ち込んだ件の影響が地味に出ていそうな話もあるが……いや、発表内容から考えるに、何年も前から研究自体はしていたようなので、ワタシは無関係だろう、うん。
ちなみにトレガレー公爵領からの発表は、今年は無い。
元からこの手の研究発表をするタイプの領地ではないと言うのもあるが、今年はイストフィフス侯爵領の件で忙しかったり、長男と次男にそれぞれ子供が生まれそうだったり、ストリンさんの糸化魔術と言う特大の爆弾が来年に向けて動いていて焦る必要が無かったり、などの理由もあるのだろう。
「それにしても皆さん、色々と考えているみたいですが、魔術や属性について、新しい見識を示すような研究発表はありませんでしたね。どうしてでしょうか? ヘルムス様」
「ミーメ嬢、それは仕方がないと事かと。その分野は、魔術の扱いに関わると言う事で、昔から率先して研究され、今となっては安易には手を出せないくらいには調べ尽くされたと判断されている分野ですから。それに、今年に限ってはミーメ嬢の『八顕現』もありますので、察しが良い者なら出すのを控えて当然かと」
「ああ、なるほど……。ワタシとしては、ワタシの知らない魔術の使い方が見れればとも思っていたのですが……」
「それはまた来年か、再来年ですね。いえ、『八顕現』の事も考えると、暫くはその手の発表は控える方向になるかもしれません」
「そうですか……」
ワタシは少し残念にしつつも、ヘルムス様の言葉に頷く。
まあ、『八顕現』に合わせて既存の魔術を再編成して見ましたとか、今の王国の状況では発表できない内容か……。
じゃあ、仕方がない。
「さてミーメ嬢。この後は昼食会です。よろしいですか?」
「はい。ただ、そこまでたくさん食べられるような場ではない。でしたよね」
さて、一通りは見ただろうか?
うん、面白いものも、そうでないものも、色々とあったように思う。
なんにせよ満足だ。
と言うわけで、ワタシはヘルムス様にエスコートされて、次の場へと向かいつつ、昼食会の説明を受ける。
「そうですね。昼食会と名は付いていますが、実質的には交渉の場ですので、出される料理は控えめです」
「どのような交渉を?」
「一番多いのは、遠方の領地との交易交渉ですね。ここである程度すり合わせておき、冬の舞踏会の頃に、領主直々または王都駐在官に強い権限が与えられて、正式な交渉をします。ただ、私たちに声をかけてくる者は殆ど居ないでしょう。私とミーメ嬢は王都駐在官の代理ではありますが、同時に宮廷魔術師でもあり、トレガレー公爵領に働きかける力が弱めなのは明らかですから」
「なるほど」
とは言え、やる事は殆どないようだ。
ヘルムス様が気楽な表情をしている事からも、それは窺えた。
ああいやでも、積極的に売り出す気が無い商品とかだったら、敢えてヘルムス様を狙って声をかけてくるとかもありそうな気はする。
とりあえず、ワタシは妙な事を口走らないように、大人しくしていよう。
「「……」」
その後、王家主催の昼食会は何事もなく終わった。
うん、何も無かった。
提供された料理は、ワタシとヘルムス様が狩ってきたグロリベス森林深層の魔物を調理したもので、非常に美味しいものであった。
ただその……食事中に発表会で舐めさせてもらった、美味しいソースを思い出してしまったせいで、今日の料理はもう一味欲しいと思ってしまう物になってしまった。
皆が皆、そう思ったわけでは無いだろうけど、ワタシたちと同じような表情を浮かべている人間は、何人か居たので、的外れの意見でもないのだろう。
「ヘルムス様。美味しいソースの研究が進みそうな気がします」
「同感です。ミーメ嬢」
もしかしたら、今年の発表会で一番評価されるのは、あの美味しいソースなのかもしれない。
ワタシとヘルムス様は陰で頷き合っていた。
Q:美味しいソースって何?
A:作者も分からん。とりあえず、うま味成分と魔力味は絶対に入ってる。




