309:いざ画廊へ
「これは『硝子の魔術師』殿の作品ですね」
「シンプルですが、綺麗な物ですね」
画廊に入ったヘルムス様とワタシを出迎えてくれたのは、ガラスで出来た花瓶だった。
ムラはなく、気泡もなく、薄く、とても綺麗な物で、向こうが透き通って見える芸術品。
飾られている花の彩りも合わせて、画廊の出迎えとして、これより相応しいものも無いだろう。
「あちらは彫刻ですね」
「ドラゴンの彫刻がありますね」
「恐らくですが、春にミーメ嬢が狩ったものを参考にしたのでしょう」
次に見えたのは、石で出来た彫刻。
単純にノミで削りだすだけでなく、土属性の魔術も利用して作られた彫刻たちは、収穫祭で出すに相応しい出来をしている。
置くのに相応の広さが無いといけないので、ワタシが手を出す事はないと思うが、どれもモチーフになったものの迫力、力強さ、美しさと言った物を表現できているように思える。
「これは……サキさんですね」
「そうですね。これはサキ嬢です」
「作者の名前がありませんが、記す必要もないですね」
「他に作る人間など居ませんからね」
なお、彫刻の中には、サキさんをモチーフとした物も存在した。
他の彫刻に比べて、明らかに存在感が強く、出来も良く、それでいて作者の執念のような物を漂わせて、近寄りがたい雰囲気を発している。
おまけに、使われている石の質が、他の彫刻に使われている石よりも加圧されて密な物。
うん、ワタシもヘルムス様も名前は出さないが、『石抱きの魔術師』の作品である事は、当人を知っていれば疑う余地すら無いだろう。
「サキさんも大変ですね」
「そうですね。ですが、ライオットがサキ嬢をモチーフにした彫刻を出すのは毎年の事ですから」
彫刻を見終わったワタシたちは、感想を言いつつ、絵画が並べられている方へと向かう。
「毎年なんですか……」
「毎年です。まあ、ミーメ嬢のように今年の顔になるのと比べて、どちらが良いかは人それぞれかもしれませんが」
「それはどう言う……っえ、あっ!?」
そうして絵画が並べられている辺りに入ったワタシの目に入ってきたのは……。
闇人間が担ぐドラゴンの死体と共に歩む、ワタシ、ヘルムス様、グレイシア様の絵。
宮廷魔術師は『闇軍の魔女』として、謁見の間で叙されるワタシの絵。
王都の街中を背景として、瓦礫で出来た魔物と戦う闇人間……ヨモツシコメの絵。
王都の街中から天に向かって光の柱がそびえる光景を描いた絵。
ワタシそのものか、ワタシの使った魔術か、どちらかに関わる絵だった。
「ヘル、ヘルムス様? こ、これはいったい……」
ワタシはこれらの絵を指先を震えさせ、顔を紅潮させつつ、指さす。
それに対してヘルムス様は何事もない様子で微笑むと、平然と口を開く。
「収穫祭ですから。去年の夏から、今年の春の終わりにまで起きた出来事を描く事は題材として人気があります。そして、今年の春にあった事を描くのは、記憶に新しい事もあって、特に人気なのです」
「……」
「ミーメ嬢。画家が頼まれずとも描くのは、それだけミーメ嬢が優れている証です。ですので、どうか恥ずかしがることなく、堂々と誇ってください」
「はい……」
聞くところによれば。
収穫祭にお出しされる絵で一番人気なのが、最近あった出来事を描いたものであるらしい。
鮮度が一番、と言う事なのだろう。
他に人気なものとしては、静物画、あるいは風景画になるそうだ。
これは、この収穫祭では絵の購入も出来るので、多くの人が購入のための手を伸ばしやすい、これらの絵が好まれるためなのだろう。
逆に人物を中心とした絵は、誰が手にするか分からない、頼まれて描くわけでもないと言う事で、こう言う場にはあまり出てこないようだ。
そんな説明をヘルムス様から受けつつ、ワタシは羞恥に悶えそうになった精神を持ち直すと、静物画を中心に絵をちゃんと見ていく。
購入して部屋に飾るのなら、こちらだとはワタシも思ったので。
「あ、これなんかはいいですね」
「ふむふむ。果実の盛り合わせですか。題材としては無難な物ですが、出来も悪くありませんね。作者の名前に覚えはありませんが、これならミーメ嬢の部屋に飾っても、おかしくはならないかと」
やがて見つけたのは、リンゴやブドウ、レモン、と言った様々な果実を一つの皿に載せた絵。
ヘルムス様の言う通り、無難な絵であるけれど、丁寧かつ柔らかい雰囲気で描かれているように思えるので、これは良い物だと思う。
買えるかは分からないが、欲しいと名乗りを挙げて、権利を持っておきたい。
「さて次は……」
「ハンドレードの新作ですね」
その後も作品を見ていき、やがてワタシとヘルムス様は今年の収穫祭の展示の目玉であろう、ハンドレート・フォン・イアゴの絵の前にまでやってくる。
「っ、これは……」
そして、圧倒された。
飾られているハンドレートの絵はそこまで大きな物ではない。
人一人で普通に持ち運びが出来る程度の大きさだ。
なのに、とても広い世界が広がっているように思わされた。
描かれているのは、巨大な山……独立峰である事から、恐らくは天竜山であろうそれが、近くにそびえている農村。
農民たちの営みも、森の息吹も、山への恐れも、細やかに描かれていて、まるで目の前に村に繋がる窓があるかのようだった。
なるほど、これほどの出来ならば、ハンドレートと言う画家の作品が人気になるのも頷ける。
と言うより、頷く他ない。
素人感想になってしまうのだけれど、他の絵たちとは詰め込まれている力の桁が違う。
たぶんだが、絵以外も含めて、この画廊にある作品で、一応でもこれに並び立てるのは『硝子の魔術師』様か『石抱きの魔術師』様が作った作品ぐらいではないだろうか?
それぐらいには込められている力が違う。
「これがハンドレードの絵です。相変わらずの迫力ですね」
「そうですね……。ところでヘルムス様。この絵はいったい何処を描いたものなのですか?」
「資料が足りないらしく、そこまでは明らかになっていません。ただ、天竜山を描いている事から、グレンストア公爵領に存在する何処かの農村で描かれたものと思われています」
「なるほど」
ヘルムス様が少し興奮した様子で語っている。
物言いから察するに、ヘルムス様は他のハンドレードの絵も知っていて、それもまた傑作であるらしい。
「しかし、これを購入するとなったら、かなりのお金が必要になりそうですね」
「そうですね。一先ずミーメ嬢は手を出されない方が良いかと。誰が買おうとするかにもよりますが、とんでもない額のお金が動く可能性もありますので」
「こんな絵が身近に在ったら落ち着かないので、買いませんよ。ヘルムス様」
「その観点はありませんでしたが、確かにそうですね」
とりあえず、ワタシのような一個人が手を出せる物でない事は確実だろう。
それと、奥の方に在る理由も分かった。
これは最後にしておかないと、他の作品に対しての印象が無くなってしまう。
「凄い……」
「なんで……」
「これが彼の……」
「ヘルムス様」
「どうやら学生たちもやってきたようですね」
ワタシは背後から声がしたので、そちらの方を向く。
するとそこには、王城の馬車乗り場でも見た、貴族院の学生たちが居た。
彼らの反応は様々で、感動に震えている様子の子も居れば、呆然とした様子の子も居るし、興奮が抑えきれない様子の子も居る。
一番反応が強い子など、顔面蒼白と言った有様である。
彼らは貴族院で美術について学んでいるとの事だったので、きっとワタシには分からないような点まで分かり、反応しない訳にはいかなかったのだろう。
とりあえず、彼らの閲覧を邪魔しないように、ワタシとヘルムス様はハンドレードの絵から離れて、次の絵へと向かう。
「この絵もいいですね……。題材はニワシガラスですか」
「ふむ。王城の部屋に飾るのには良いのではありませんか? ミーメ嬢」
「ですね。これも希望を出しておきましょう」
その後。
ワタシもヘルムス様も、何枚かの絵に購入希望を出した。
買えるかは分からないが、買いたいと思えるほどに良いと思えた絵は見つけられたつもりである。
奇麗なもの、美しいもの、良い出来のものをたくさん見る事が出来た。
そんな思いと共に、ワタシとヘルムス様は画廊を後にしたのだった。
ジャガーノート「なんでヨモツシコメの絵しかないんだ?」
ヨモツシコメ「貴方、春頃だと画家の目に触れるような場所で活動してないじゃない。後、行動が速すぎて、普通の画家の目では追えないでしょ」
ジャガーノート「これが数の暴力か!」
10/01誤字訂正




