308:一日目 収穫祭の始まり
収穫祭が始まった。
今日から三日間、王都では収穫祭が行われ、昼夜問わず、飲めや歌えやのお祭り騒ぎとなる。
貴族の家々はもう少し大人しいだろうが、少なくとも平民街の方はそんな状況だ。
なので、まだ日が昇って間もない頃だが、既に平民街の方からは祭りの喧騒が聞こえ始めていて、号砲のようなものも幾らか打ち上げられているようだ。
……。うん、これはきっと前夜祭と言う名のバカ騒ぎから、続いているに違いない。
「おはようございます。ミーメ嬢」
「おはようございます。ヘルムス様」
周りがそんな中、普段よりも着飾ったヘルムス様がワタシの自宅へとやって来て、エスコートの為の手を差し出してくる。
ワタシも普段より着飾っている状態で、少し緊張しながらもヘルムス様の手を取る。
そして、二人で一緒に家の前に停まっていた馬車へと乗り込んだ。
さて、本日は収穫祭一日目、ヘルムス様とワタシは宮廷魔術師としては休日である。
だが、宮廷魔術師として休みだからこそ、ヘルムス様はトレガレー公爵家の王都駐在官であるボースン様の代理として、ワタシはヘルムス様の婚約者としての役目がある日でもある。
「ではミーメ嬢、確認です。今日は午前中に、兄上の代理として、幾つかの催しに私と共に顔を出していただく事になります」
「はい。分かってます。でも、本当に顔を出すだけでいいんですよね?」
「ええ、その通りです。兄上も配慮してくれたのか、半ば賑やかしとして顔を出すだけで済むような案件だけを入れてくれています。なので、多少ヒマかもしれませんが、ミーメ嬢も私も礼儀正しく聞いて、微笑んでいるだけで大丈夫です」
ワタシは安堵の息を漏らす。
うん、ヘルムス様の婚約者と言う立場で、ただ隣で微笑んでいるくらいなら出来るけれど、何かしらの交渉や評価を求められた場合には、トレガレー公爵家にとって正しい対応が出来るとは限らない。
なので、トレガレー公爵家の配慮は本当に助かる所だった。
いやまあ、ワタシとヘルムス様が宮廷魔術師として王城に仕える人間である事を考えたら、配慮ではなく、当然の事なのかもしれないけれど。
ちなみに、顔を出すのは、基本的には魔術関係の研究発表の場である。
素人質問はしないように、気を付けておこう。
「ただ、その発表が始まるまでには、少しばかり時間があります。ですので、ミーメ嬢。王城に着いたら、まずは画廊の方へ行きませんか? 収穫祭一日目のこの時間ならば、人も殆ど居ないはずですし、ゆっくりと見られるはずです」
「いいですね。ぜひ行きましょう、ヘルムス様」
「では、向かいましょう。ミーメ嬢が気に入る作品があればいいのですが……無くとも楽しめる事だけは確かなはずです」
ワタシはヘルムス様に対して素直に喜びの感情をぶつける。
うん、この世界に生まれてから16年間、まったく芸術作品に触れてこなかったわけではないけれど、収穫祭の為に集められた芸術作品たちがどのような物なのかは、素直に気になる。
あの準備段階から、どのように飾られたのかが気になると言うのも、勿論ある。
なので、ヘルムス様の誘いは本当に嬉しいものだった。
「それで予定の方に話を戻しますが」
「はい」
「王城で開かれる昼食会に参加した後は、別の者がトレガレー公爵家の王都駐在官の代理として顔を出すようになります。なので、そこからは私たちは自由行動になります。ミーメ嬢は何処か行きたい場所などありますか? 午前中はこちらの都合で費やす事になってしまうので、ミーメ嬢の希望を優先したいと思っているのですが……」
「そうですね……」
ワタシは少し考える。
ヘルムス様の言葉通りなら、正午を少し過ぎたくらいの頃からは、好きにしていい事になる。
明日、二日目は王都の街中の方を警備するために、一日街の中を歩き回り、王都内各所に設けられた詰め所を巡る事になるはずで、多少の買い食いは許されても、完全に気を抜く事は出来ない。
明後日、三日目は王城内の警備で、こちらは何も起きなければ一日中、王城内の特定の部屋で缶詰になるはず。
つまり、仕事を抜きにして、完全に自由な形で収穫祭を楽しめるのは、今日の午後だけと言う事になる。
だったら……収穫祭を楽しむ事に専念するのが良さそうか。
「ではヘルムス様。折角ですから、平民たちがしている祭りに混ざってみましょうか」
「それは……楽しそうですね。トレガレー公爵領の領都で開かれる収穫祭とは、色々と違いそうですし」
「ええ、楽しいはずですよ。収穫祭にだけ出てくる、特別な屋台もあるはずなので」
ワタシの提案にヘルムス様は微笑みを浮かべる。
うん、ワタシも楽しみである。
きっと、今年もあの串焼肉の屋台は出ているはずなので。
「分かりました。では、後で家の者に連絡をして、適当な服を準備しておいてもらいましょう。平民たちが楽しんでいるところに、このような格好で現れるなど、無粋でしかありませんから」
「そうですね。ある程度は汚れてもいい服にしておく事は、必要だと思います。それと申し訳ありませんが、昼食会の後にワタシの家へ寄ってもらってもいいですか?」
「ではそのように」
と言うわけで、午後の予定も決定。
素直に収穫祭を楽しむ事にした。
なお、これは余談となるが。
グレイシア様とジャン様は既に王都を出立し、王都周辺の村々で開かれている収穫祭に二人で向かっている。
帰ってくる頃には、王都の収穫祭も終わっている事だろう。
閑話休題。
「さて、そろそろ王城ですね。ミーメ嬢、お手を」
「はい、ヘルムス様」
馬車が王城に着き、ワタシはヘルムス様に手を引かれて馬車を降りる。
周囲の人影は……まだ少ない。
まあ、お祭りなので、何時来るかは決まっていないし、朝一番から王城にやってくる人間はそう多くないと言う事なのだろう。
「おや、あれは貴族院の生徒たちですね」
「貴族院の?」
ただ、ヘルムス様には見覚えがある人も居たらしい。
幌馬車から、身支度をしっかりと整えた若い……ワタシと同じくらいの年齢の男女たちが降りてきて、最後に教員と思しき、周りよりも少し年齢が上の女性が降りてくる。
ワタシは少し気になったので、魔術も使って彼らの会話に耳を澄ませてみる。
「まさか、収穫祭で王城に飾られる作品をこんな朝早くから見られるだなんて……」
「ふあっ、眠い……。昨日も夜遅くまで絵を描いていたのに……」
「最近発見されたハンドレード様の絵が出品されているらしいわ! 楽しみ!」
「私も何時かここに飾られるような芸術家になるんだ……」
「頑張って。絵の具なら売ってあげるわ」
「はいはい。皆さん、静粛に。礼儀正しくですよ。此処は貴族院ではなく、王城なのですから!」
うーん、だいたい分かった気がする。
ワタシはヘルムス様に彼らの正体を告げるべく、口を開く。
「どうやら、貴族院で芸術関係を学んでいる生徒たちみたいですね」
「ああなるほど。将来の勉強のために来たのですか。素晴らしい事ですね」
「ですね」
どうやら、貴族院の生徒の中でも、芸術……特に絵画や彫刻について学んでいる生徒たちが、教師に引率されてやってきたらしい。
やる気も実力も人それぞれなのだろうけど、誰も彼も芸術が好きな事に変わりはないのだろう。全員が笑みを浮かべ、楽しみにしているのが伝わってくる。
「それではミーメ嬢」
「そうですね。ワタシは彼らと違って楽しむだけですが、しっかりと楽しませてもらおうと思います」
ワタシはヘルムス様と一緒に、一時的に画廊として改修された王城内の一角へと向かった。
さて、ワタシが気にいる作品はあるだろうか?




