301:秋の王都
第10章開始でございます。
ワタシことミーメ・アンカーズは王都生まれ王都育ちである。
平民の中でも下層に属する両親の下で生まれ。
二歳で前世知識に目覚めてしまったので、周囲との認識の擦り合わせで苦労したり。
五歳で『魔力』に目覚め、取り扱いを学ぶ事が楽しくなってしまった結果、友人を作り損ねていたり。
九歳で狩人として独り立ちして、生活もまた一人で行う事となった。
その為、ワタシの常識は一般的な平民と比べて、少しばかりズレている事は否定できない。
だがそれでも、十六年間、王都で過ごしてきた事には変わりない。
なので、平民が生活の為に必要な知識は一通り持ち合わせている。
主食であるパンは何処で買うと質と価格の釣り合いが取れているのか。
露店の商人で誰の質が良くて、誰の質が悪いのか。
どの季節の何時頃に、物の値段が高くなったり、安くなったりするのか。
それぐらいは分かっているのである。
「平和ですねぇ」
さて、今の季節は秋に入ってしばらく経った頃である。
日差しは随分と柔らかくなり、気温もそれなりに下がって、一年の中でも特に過ごしやすい気候。
そこに様々な作物の収穫と、冬に備えなければいけないと言う大義名分が重なった事で、食べ物が美味しい季節であり、人間も魔物も積極的に行動する季節でもある。
だからこそだろう。
例年、この時期は犯罪が増え気味である。
王都は人口に対する食糧生産能力の都合や求められている役割の関係で、周囲の村々や他の領地から食料を含めて様々なものが集まってくる。
秋になれば、その集結具合はなおの事。
そして、良いものだけを集める事が叶わない以上、犯罪者と言う悪いものも幾らかは入ってきてしまうのが世の常。
平民時代も、この時期は露店の商品を強奪しようとする愚か者を何度も締めあげた覚えがある。
「そうですね。確かに平和です」
だが今年は平和だった。
宮廷魔術師になって、そう言うトラブルが起きる場所に駆り出される事が無くなったと言うのもあるだろうが、一度もトラブルに巻き込まれていない。
その平和さ具合は、ヘルムス様も同意してくれている。
なにせ、王城内の自室で、こうして平和だと呟きながら、お茶を飲み、茶菓子を食べ、書類作業と勉強だけしていれば大丈夫なくらいなのだから。
「平和でございますか? 犯罪発生の知らせは届いておりますが……」
「いや、これぐらいなら、前年と比べて平和だぞ。俺っちたちが出ないといけないような犯罪は一件も起きてない」
「なるほど。そう言う意味なら、確かに平和でございます」
「まあ、ミーメ嬢の場合、基準が今年の春と夏になっているかもしれないから、それに比べたら大抵の時期は平和になりそうだなとも俺っちは思うわけだが」
グレイシア様が怪訝な顔をワタシに向けるが、ジャン様がそれに対する意見を述べる。
そう、平和と言いつつも、犯罪そのものがゼロなわけではない。
闇属性魔術の隠蔽を駆使したスリとか、暗視を利用した夜間の窃盗とか、服のように闇を纏って人気のない路地でそれを解除する不審者とかは出ているらしい。
こんなのが居るから、闇属性の扱いが悪くなるんだよと叫んでもいいだろうか?
ただまあ、先述の通り、こう言う小規模な犯罪までゼロにするのは無理な事なので、こう言うのが発生するのは仕方がない。
ワタシたち宮廷魔術師が対処しなければいけないような、大きなトラブルが起きなければ、それで平和の範疇とするべきだろう。
それと、ジャン様。今年の春と夏が異常であったことは、きちんと教えてもらっているので、認識しています。
大丈夫です。
「さてミーメ嬢。現状は平和ではありますが、幾つか、しなければいけない話と言うのもあります」
「しなければいけない話ですが?」
どうやらヘルムス様から何か話があるらしい。
「まず宮廷魔術師長から、幾つかの資料がミーメ嬢宛に届いています」
「はい」
ヘルムス様がワタシの前に資料を置く。
えーと、題名を見る限り、『八顕現』の教授関係で何かあったらしい。
誰かが第二属性に目覚めたのだろうか。
「同時に、グロリベス森林深層の様子を尋ねる文章も届いています」
「そっちについては、もう書いておきました」
「ありがとうございます」
ワタシはヘルムス様に資料を渡す。
最近は平和なので、週に一度、定期的と言っていいぐらいの感覚、グロリベス森林の深層に行けている。
イアキレミも死竜も居ないので、いつも通りと言っていいグロリベス森林の深層なので、ワタシにとっては正に庭である。
と言うわけで、色々と狩らせてもらっているし、休息の香を含む魔道具も作らせて貰っている状態だ。
端的に言えば、冬に向けての稼ぎ時と言う奴である。
……。いやまあ、今のワタシは宮廷魔術師で、王城からは衣食住の保証と十分な給料を貰っているため、そんな積極的にお金を稼ぐ必要も無ければ、保存食を作る必要など何処にでもないのだけれど。
この辺は癖とか、冬の楽しみでもあるのでね、はい。
「収穫祭についても本格的な話が始まっています。こちらはまた後程」
「分かりました」
収穫祭は秋の半ばを過ぎた頃に行われるお祭りである。
当然ながら王城は主催者側なので、そろそろ本格的に動き出すのは当然の事と言えるだろう。
「タルビーナ義姉上もテレス義姉上も、子供を無事に出産しました」
「おめでとうございます。お二人とも無事に産めたんですね」
「はい。何事もなく産まれました。どちらの兄上もたいそう喜んでいましたよ」
タルビーナ様はトレガレー公爵家の長男にして次期当主であるオイラー様の奥様。
テレス様はトレガレー公爵家の次男にして王都駐在官であるボースン様の奥様だ。
テレス様とは面識もある。
お二人には、ヘルムス様と相談した上で、後で改めてお祝いの品を贈るべきだろう。
ワタシとヘルムス様が婚約者である事を考えれば、二人もまたワタシの義姉であり、甥または姪の誕生になるのだから。
「ただミーメ嬢。だからこそ私たちがしなければいけない事も生じまして」
「と言いますと?」
「オイラー兄上はトレガレー公爵領に居ますので、こちらでは特に気にする必要は無いのですが、ボースン兄上は王都駐在官です。収穫祭や冬の舞踏会での役割があります」
「あ、あー……」
ヘルムス様の申し訳なさそうな表情と言葉から察する。
妻が出産した以上、夫もそれに合わせてやるべき事が色々とあるのだろう。
となれば、全てとは言わないけれど、王都駐在官としての仕事に穴が開く事もあるのだろう。
当然、穴が開いたならば、塞がなければいけない。
では塞ぐとなったら?
一番簡単なのは、血縁者……つまりはヘルムス様が代理として動く事だろう。
「分かりました。ワタシに出来る範囲の事であれば、ヘルムス様に協力させていただきます」
そして、王都駐在官と言う立場で出席が求められるような場なら、基本的には伴侶や婚約者を連れていく場になる事だろう。
つまり、ワタシも出席する必要がある。と言う事だ。
「ありがとうございます。ミーメ嬢。とは言え、私たちは宮廷魔術師です。そちらの立場が優先されますので、そうですね……例えば収穫祭なら、恐らくは自由時間の一部を使う形で、幾つかの催しに参加したり、物を見る程度で済むと思います」
「そうですか。だったら、そこまで緊張する必要は無さそうですね」
「ええ、勿論です。これは公爵家の問題でもありますし、ミーメ嬢が気を使わなくても大丈夫なように、こちらでしっかりと準備しますので、安心してください」
とりあえず、ワタシはこれまでに習った礼儀作法を忘れなければ大丈夫なようである。
ワタシは少しだけ安心して、息を吐いた。
ちなみに、前世知識には産休と言う知識があるが、王国ではその辺りの扱いは割と曖昧である。
お互いに助け合うのが当然ではあるけれど、明文化はされていない。と言う所だったはず。
現状で上手く回っているのだから、敢えて明文化しない方が融通が利くのだろう、たぶん。




