300:閑話-いざ貴族院へ
今回も第三者視点となります。ご注意ください。
「すぅ……はぁ……ううっ、緊張してきた……」
秋の始まりと共に、ストリン・フォン・メクセルは王都にある貴族院を訪れていた。
その顔は固く、誰の目から見てもストリンが緊張していることは明らかであった。
「大丈夫です、ストリン嬢。今日の為に事前に学べることは学んできましたし、物理的な問題なら、俺が盾になりますので」
隣に立つのはロッド・フォン・ストレポールと言う名前の少年。
彼は堂々とした面持ちで、ストリンの手を取り、エスコートをしつつ、貴族院の中へと入る。
「は、はい。頑張りますだ」
「その意気です」
二人は今日から貴族院に通う学生となる。
だが、純粋に貴族院で学ぶだけの学生として通うわけではない。
ストリンは糸化の魔術を教え、使える人間を増やす教師として。
ロッドはストリンを護衛する騎士として。
トレガレー公爵家、グロリアブレイド王家、貴族院の教師陣からの許可を得て、特殊な生徒として通う事になっていた。
「緊張してるね。ストリン。そして、初めまして、ロッド様」
「だ、だって、ウチがこんな所に来るなんて思ってもいなかったし……」
「初めまして、サマリナ嬢。ストリン嬢を支える同志として、仲良く出来ればと思います」
そんな二人を出迎えたのは、ストリンのフォロー役であるサマリナ・コンコロ。
サマリナはストリンを気遣いつつも、ロッドと握手を交わす。
そして、出迎える人物はもう一人……。
「お待ちしていました。ストリンさん、ロッド君。今日からよろしくお願いします」
名前はナホメ・キュウメール。
闇属性魔術を教える教師として貴族院に勤める女性である。
年齢は二十代前半と、貴族院の教師としては若く、くせのある髪の毛含めて、どこか独特の雰囲気を醸し出している。
「よろしくお願いします。ナホメ先生」
「はい。末永くよろしくお願いします。では、闇属性魔術の教室へと案内しつつ、必要な事を話し合いましょうか」
「はい」
ストリンたちは四人で塊になって、貴族院の廊下を歩き始める。
「えーと、それでナホメ先生はどの程度の情報を?」
「おおよその話は聞いています。ストリンさんが糸化魔術と言う新たな闇属性魔術の使い手である事。糸化魔術の原型は『闇軍の魔女』様が考えられた事。糸化魔術の可能性……これは素材の可能性と言う意味と、闇属性魔術師の利益と言う意味がありますね。そして、公爵家と王家がこの技術を広めたいと考えている事も知っています」
「そ、そうですか……」
「ですがそこまでです。私は概要を聞いただけでは糸化魔術を使えませんでした。ですので、ストリンさんから詳しいやり方や細かい手ほどきをいただければと思っています」
「は、はい。頑張ります!」
ストリンの質問にナホメはすらすらと答えていく。
それと同時に無詠唱で指先から闇の球体を出し、それを細長い糸の形に変形させて見せるが、その糸はストリンの目から見ると凹凸があって、ムラを感じる物だった。
「それにしても悔しいですね。ストリンさんが春の時点でいらしていれば、今年の収穫祭にも糸化魔術の展示を出来ていたでしょうに……。そうすれば、闇属性が一年早く名誉を得る事も出来ていたのに……いえ、『闇軍の魔女』様の就任時期を考えたら、今が最速なのは分かっているのですが……」
「収穫祭? 貴族院でも何かやるんですか?」
ストリンの疑問に答えたのはサマリナだった。
「貴族院では、収穫祭に合わせて生徒や教師が自分の研究成果や制作物を発表・展示するの。例えば……あの集団」
サマリナが指さす先に居たのは、貴族院の敷地内にある芝生の上で、キャンバスを立てている集団。
手にした筆を積極的に動かしている者、両手の指を長方形の形に組み合わせて唸る者、魔術で絵具を生み出している者、行動は人それぞれだが、いずれの人物も絵を描いているようだった。
「あの人たちは美術の絵画を選択している人たちね。腕前は分からないけれど、今の時期に筆を取っているのなら、収穫祭に自分の絵を出すつもりの人だと思う」
「なるほど。芸術家って奴だね」
「うん、そうなると思う。宮廷芸術家になるのか、色々な家に出向く芸術家になるのか、趣味で終わらせるのかとかは分からないけれど」
サマリナとストリンは視線を前に戻す。
「それでストリンさん。収穫祭に間に合わないのは仕方がないとして、何か目標のような物はあるのでしょうか? 教えるにしても、教わるにしても、目標がある方が、学習に身が入って効率的になります。ですので、あれば教えていただけると嬉しいのですが」
「目標は……サマリナ」
「ナホメ先生。トレガレー公爵家としては、冬の舞踏会にて『闇軍の魔女』様が着用される衣装を糸化魔術で作った糸と布で出来ればと思っています。なお、糸化する魔物素材につきましては、トレガレー公爵家のヘルムス様が先日グロリベス森林深層にて大量のフォレストウルフを狩ったそうでして、練習に使っても問題ないほどに毛皮が大量にありますから、それを糸にしてもらえればとの事です」
ストリンの代わりに、仕方がないなぁと言う顔でサマリナが答える。
そして、その答えにナホメは満面の笑みを浮かべる。
「素晴らしいです。グロリベス森林の深層と言えば、王都でいま最も話題の魔境。そこに住む狼の魔物の毛皮を丸ごと糸に変えたとなれば、どれほど素晴らしく、話題になる作品になるのか……ああ、私、今から興奮が収まりません」
「……。サマリナ、ナホメ先生ってどんな人なの?」
「……。私も詳しくはないです。ただ、貴族院の教師に相応しい人物ではあるので、心配する必要は無いと思います」
「安心してください。ストリンさん、サマリナさん。私はただただ、闇属性が正当な名誉を得られる機会を求めて止まないだけです!」
ナホメの語気が荒くなるのに合わせて、ナホメとストリンたちの間にさり気なくロッドが割り込む。
「正当な名誉、ですか」
「ええそうです。これまで闇属性の魔術師は、ただ闇属性であると言うだけで、心無い言葉を向けられたり、怪しまれたりしてきました。それは闇属性魔術が隠密行動や犯罪活動にあまりにも向いているせいで、実際に被害を受けた者がいる以上、致し方ない面もある話でした。そして、影で活動するのが主体である以上、称賛を受ける事も滅多にありませんでした」
それはストリンとしてはよく分からない話だった。
メクセル村でも、トレガレー公爵領の領都でも、王都にある公爵家の屋敷でも、闇属性である事を理由に非難や中傷を受けた覚えなど無かったからだ。
だが、ナホメの表情を見れば、そう言う事が実際にあった事は、疑いの余地が無かった。
そして、恐らくだが、同じような感情を他の闇属性魔術師たちも受けた事があり、こちらの方が一般的なのだろうとストリンは認識する。
「そんな中で、今回の糸化魔術です。これならば、皆、素直に褒める事が出来ます。学ぶ事も出来ます。名誉を得る事が出来ます。それが何と素晴らしい事か……!」
「そ、そうですか……」
ナホメの表情は何かを崇め奉るかのようで、ストリンは何故かヘルムスの姿を思い出していた。
性別も髪の色も属性も違うのだが、どうしてか、そっくりであると感じていた。
「ああ、そろそろ教室に着きますね。心の準備はいいですか? ストリンさん」
「っ!? はい!」
ナホメの足が目的地となる教室の前で止まり、ストリンは少し解れ過ぎていた緊張を固め直す。
「この先に居るのは、闇属性に目覚め、それでも積極的に闇属性魔術を学ぶ事を選んだ学生たちです。全員、人格面に問題が無い事は確認されています。ですのでストリンさん、どうか貴方の魔術で彼らに新たな道を指し示してあげて下さい」
「分かりました」
ストリンたちは教室の中へと足を踏み入れる。
教室の中で待ってたのは、八対の黒の瞳。
彼ら彼女らは様々な心持ちでストリンへと視線を向ける。
こうして、糸化魔術の技術が王国中に広がり始めたのだった。
名誉求めーる先生
ちなみに、この先生とストリン、糸化技術が居なかったら、教室内に居た八人の生徒の内、半分が卒業後に犯罪者側に落ちかねないくらいには、闇属性に向けられる目は厳しいものがあります。
小物犯罪者に闇属性が凄く多いのですよ。
次回からは10章でございます。




