298:閑話-少女の足掻き
今回は第三者視点となります。
ご注意ください。
これは数年前の事。
「ハムッハフハフ、ハフッ!」
桃色の瞳を持った男は自らの前に出された粥を勢いよく口に収めて、飲み込んでいく。
その目には一日ぶりの食事を心の底から喜ぶと共に、食べられる時には食べておかなければいけないと言う意志が浮かんでいた。
「そんなに勢いよくかき込みますと、喉を詰まらせますわよ」
対するは茶色の瞳を持った少女で、その顔には呆れの表情が浮かんでいる。
だが少女は呆れつつも男の様子を注意深く窺い、男の食べ方が荒々しく見える物であっても、根本的には育ちが良い者のそれである事を見抜く。
「それで? 貴方様はどうしてあんな所で行き倒れて、空腹を訴えていましたの? 身なりからして探索者である事は分かりますが、探索者ならば、普通は余裕を持った食料配分をしているものだと代官から習いましたわよ」
「ん? ああ、それはだな……。俺はこの間まで、ちょっと特殊なところに探索に出かけていてな。本当ならもうちょっと食料に余裕がある予定だったんだが、山を下りた途端にまるで魔物が仕掛けてくれなくなってなぁ……。お陰で飯も換金素材も手に入らなくて、だからと言って、そこらの畑で育てているものを勝手に食うわけにもいかず。それであの様だったんだ」
「はあ? 特殊なところ?」
少女は改めて男の身なりを見る。
全身に魔物の毛皮を剥ぎ、適当に縫い合わせたようにしか見えない粗末な衣服を身に着け、持ち物は何か大きな物が入っている背嚢が一つに、魔物の牙や骨から作ったツルハシが二本、他は短剣が一本あるだけ。
探索者である事は理解するが、特殊なところに行く格好にはとても見えなかった。
「ハハハ、いやぁ、凄い所だった。あんな光景、一生に一度見られるかどうかだろうな」
「……。そうですの。では、払うものを払ったら、とっとと村を出て行って下さいまし。物納でも数日の労働でも構いませんわ」
少女は男が何処に行っていたのかを深く問う事を止めた。
自分では到底手に負えない話だと判断したのだ。
だが、粥や介抱の対価は得ておかなければ、ただ損をしただけになる。
そう考えての提案だった。
「じゃあ物納だな。次の冒険が俺を待っている。あーと、でも、物と言ってもコイツしかねえな。他は全部食うか捨てるかしちまったからなぁ」
男はそう言うと、背嚢の中に入っていた包みを取り出して、少女に向かって包みごと放り投げる。
少女は若干慌てつつも包みを受け止めると、中身を検める。
そして絶句した。
「なん……なんですの……これは……」
包みの中身は、白い雲のような色合いをした物体。
手触りは石のようにも、骨のようにも思える物。
問題は、一目見ただけでも、脅威的であると認識させられるだけの魔力を秘めていた事。
何に由来するものであれ、こんなグレンストア公爵領の端っこに位置しているような農村で取り扱えるような品でない事は明らかだった。
「山の天辺辺りで見つけてな。大量の魔力が込められているし、今回の冒険の証明と土産にちょうどいいと思って回収したんだ。ま、命を救ってもらった飯の対価って事なら、惜しくも何ともねえな」
「……」
少女は二の句を継げなくなる。
本音を言えば、今すぐにでも突き返してしまいたかった。
男の言う山が何処なのかも、これが何なのかも理解してしまったからである。
だが同時に、少女の知識と勘は告げていた。
これは、此処で確保して、良からぬ者の手に渡らないようにしなければならない。
そうしなければ、この男はもっと適当な相手に、適当に売り渡して、国全体を揺るがすような災禍を招く事になるに違いないと。
「わ、分かりましたわ」
口の中が乾く、指の先が震える。
それでも声は凛とさせて、視線は真っすぐに男を見る。
「これで十分です。これなら食事と介抱の代金としては足ります。ついでに数日分の保存食に幾らかの現金も渡しますので、とっとと村から出て行って下さいまし」
「ん? 両親への挨拶とかは? 嬢ちゃんは村長の娘であって、村長ではないんだろ? 世話になったんだから……」
「不要ですわ。両親は旅行中で当分帰ってくる予定はありませんの。貴方が居た痕跡も残しておきたくないから、とっとと出て行って下さいまし」
「……。分かった。そう言う話なら、とっとと出ていくわ。粥と保存食、ありがとうな、嬢ちゃん」
少女は包みの中にそれを戻すと、代官を呼び、指示を出す。
そして、男は代官と共に出ていき、そのまま村から去っていった。
「お嬢様」
「これから数日程、工房に引き籠りますわ。インスピレーションが湧いて止まりませんの」
「かしこまりました」
少女は包みを持って、自分の部屋へと向かう。
そこにあったのは、幾つもの絵と彫刻。
気に入っている物もあれば、目に入れたくない物もある部屋の中、幾らかある空きスペースで少女は包みの中身……天竜の鱗に向き合う。
「……。やるしかありませんわね」
幸か不幸か、少女には魔術の才能があった。
その才能は、欠片になってもなお莫大な量の魔力を秘め、打ち付けた鋼鉄の鎚の方を破壊して見せるだけの硬さを持つ天竜の鱗の加工を可能にするような物であった。
故に、少女は天竜の鱗を割り、その価値を毀損するための加工を施し始めた。
勿論、この結論に至る前に、他の手段も考えてはいた。
だが、少女はグレンストア公爵領の外れにある農村の村長……男爵の娘でしかなかった。
そんな少女に公爵または公爵近辺の信頼できる貴族との伝手などあるわけがない。
そもそも、村を空けられない。
ただでさえ、両親が村長の癖に旅行三昧の愚か者であるのだ。
娘である少女くらいは、村をしっかりと治めなければいけなかった。
信頼できる大人は居たが、この件に限っては任せられなかった。
あまりにも、扱う物が危険すぎた。
何処かの地面に埋めたり、川に流す事も、それによって起きる事態を鑑みたら、出来るわけがなかった。
天竜の鱗が秘めている魔力の量が膨大過ぎて、何が起きるか分からなかったとも言う。
男の拘束も出来ない。
アレは嵐のような物で、抑えようとすれば暴れ狂うのが目に見えていた。
「はぁはぁ……頑張り……ましたわ……」
それから数日かけて、少女は天竜の鱗を幾つかの魔道具……小さな彫像へと加工した。
隠蔽、匂い漏れの防止、触感の誤魔化し、そう言った効果を持たせることで、倉庫の中に置かれていても、ひとまとめにしておけば、その存在が分からないようにした。
万が一悪用された時に対処できるようにと、自分が身に着けるための身体強化と防御の魔道具も一応作っておいた。
加工の際に出てしまった粉は絵具に混ぜて、原料不明の白の絵具として消費してしまった。
「これで、大丈夫、ですわよね。はぁ……」
これで天竜の鱗がこの村に持ち込まれたと言う事実は消え去った。
どれだけの年月がかかるかは分からないが、後は陽の当たらない場所に置かれた彫像から魔力が抜けきり、風化して、消え去るのを待つばかり。
自分に出来るだけの事はした。
少女は安堵のため息を漏らす。
「お嬢様」
「なんですのー……」
少女は数日ぶりに気を抜いた状態で部屋の外へと出る。
仕事を無事にやり遂げたと言う達成感に包まれているが、それ以上に疲労感が酷かった。
そこへ代官がやってくる。
「公爵様よりお手紙にございます。貴族院へ入学しないか、との事です」
「はい?」
少女には才能があった。
その才能は、公爵領の貴族学校で育て、公爵領の片隅にある農村を治めさせる事で終わらせるには、あまりにも勿体ない才能であった。
なにせ、王国中を旅行して財産を食い潰すだけの両親が居るにも関わらず、任せられた村を立派に、十分に、統治しているほどなのだから。
だから、その才能を惜しんだグレンストア公爵が自領の貴族学校ではなく、王都の貴族院へ少女を向かわせる事を考えるのは、当然以外の何物でもなかった。
「……。分かりました、お受けいたしますの」
上位者である公爵からの推薦と言う名の命令を断る事など、少女に出来るはずもなかった。
天竜の鱗から作った小さな彫像は、しっかりと隠してあるから、問題はないはずだった。
少女が作った他の作品たちも、鍵のかかる倉庫に入れてあって、鍵は自分と代官しか持っていない。
それでもどうしてか不安を覚えたが……少女はその不安を振り切って、貴族院へと向かう事にした。
そうする他なかったから。
その後、『アーティスト』と称される、正体不明の魔道具職人の名が王国に広まり始めた。
09/17誤字訂正




