297:二人だけがどう見えるか
「これぐらいにしておきましょうか。ヘルムス様」
「はぁっはあっ……すうっ……御指導、ありがとうございます。ミーメ嬢」
今日の『魔力』属性の訓練は、ヘルムス様の息が荒れてきたところで終わりとなった。
やはり、十年以上使っていなかった部分を動かそうと言うのは、肉体的にも精神的にもキツイものになるようだ。
それは、呼吸を急いで整えようとしているヘルムス様の表情からも明らかだった。
「しかし……この分では、既存の魔術に『魔力』属性を混ぜられるようになるだけでも、かなりの時間がかかりそうですね。自分の不甲斐なさが嫌になってきます」
「大丈夫ですよ、ヘルムス様。ワタシだって『魔力』属性をマトモに扱えるようになるには、相応の時間がかかりました。なので、焦らず進めましょう」
「ミーメ嬢……ですが……」
ヘルムス様の表情に焦りが浮かぶ。
うん、道が開けたからこそ、簡単には進めない事が悔しいと思うのだろう。
だがしかしだ。
「ヘルムス様。宮廷魔術師としての職務もあるんです。そちらにかかる時間を考えたら、それこそ三十歳になるまでに『魔力』属性をきちんと扱えるようになれば、それでも十分早いくらいです」
「三十歳ですか……。では、それよりも早く扱えるようになって、ミーメ嬢の予想を上回る事が第一目標になりそうですね」
「……。そうですね。その時が来るのを待っています」
ゼロから学ぶ以上、見えていたとしても、そう簡単な事ではないのだ。
だから、ヘルムス様には焦らずに進んでほしい。
そんなワタシの願いが届いたのか、あるいは呼吸が整ってきたのか、ヘルムス様はワタシに向かって笑みを浮かべてくれる。
これなら、たぶん大丈夫だろう。
「さて、そろそろ今日の業務終了時間ですね」
「ですね」
ヘルムス様とワタシは部屋の中を片付けていく。
『魔力』属性について隠す以上は、こうした作業も自分でやらないといけない事になるのだ。
そうして片づけを終え、部屋の外に出た。
「「「……」」」
「あ……」
「おや……」
部屋の外では、ワタシの部屋付きの侍女の方々が、片付けの準備を整えて待っていた。
それは職務通りの事なので何も問題は無いのだが、その表情がこう……『仕方がないなぁ』と言わんばかりの物になっていた。
ワタシはどうしてそんな表情になるのかと考えて……気づく。
ワタシとヘルムス様が、二人きりの密室に籠もっていると言う状況が、世間一般的にどう見られる状況なのかを。
「待って、待ってください。その、勘違いです! 今回、ヘルムス様と二人きりになっていたのは、そう言う事ではなく、ヘルムス様以外には伝えられない事があったからでして……!」
ワタシは必死に無実を訴える。
職務時間中に不純異性交遊をしていたなんて思われたら、シンプルに瑕疵である。
だが、侍女の方々は『分かっています』『黙っていますのでご安心を』と言わんばかりの態度と表情である。
駄目だこれ、言い訳をしているとしか思われていない!?
ワタシはヘルムス様に視線を向ける。
こういう時に頼りになるのがヘルムス様だからだ。
「何を思われているのかは分かりませんが、そこまでの事はしていませんよ。ただ、この先にある収穫祭などの催事に関して、必要な事を余人を排して話し合っていただけです」
「ヘルムス様!?」
「「「ーーーーー~~~~~!?」」」
ヘルムス様の言葉に侍女の方々が静かにざわめく。
ヘルムス様!? そこまでって何ですか!? 後、収穫祭などの必要な事って何ですか!?
「ミーメ嬢」
そんな事を思っていたら、ヘルムス様がワタシの事を抱き寄せて、侍女の方々に聞こえないように囁く。
「心配なさらずとも、私とミーメ嬢は婚約者同士です。なので、過激な想像をされないように、適度な事までしかしていないと宣言しておけば、それで問題になるほどの騒ぎが起きる事は無くなります。必要な事については……すみません、また今度、しっかりと話しましょう」
「分かり……ました」
見えないが、たぶん今、侍女の方々はヘルムス様の動きを見て、更に騒いでいる気がする。
だが、そう言う意図での発言なら、ワタシもこれ以上騒ぐのは止めておこう。
ここで騒いでしまうと、それこそ問題になってしまいそうな気がする。
後、間違っても、意識を失ったりしてはならない。
ヘルムス様が間近にいるからと、ここで気絶するような事があれば、一気に騒ぎが巻き起こる気しかしないので。
「では、私たちはこれで。部屋の方はお願いします」
「「「かしこまりました」」」
ヘルムス様に連れられて、ワタシは部屋から離れていく。
侍女の方々は丁寧な動きで礼をし、部屋の中へと入っていく。
あの様子なら、仮に何か痕跡が残っていても、綺麗に消し去ってくれる事だろう。
そもそも痕跡なんて無いけれども!
「……」
そうして歩く中でワタシは窓の外を見る。
窓から差し込む日差しは、だいぶ柔らかくなっている。
この分なら、直に厳しい日差しの夏は終わって、一年の実りをかき集める秋が始まる事だろう。
「ミーメ嬢。死竜はどれぐらいで再び姿を現すと思いますか?」
「分かりません。復活するための正確な手順も分かりませんから。ただ、ワタシの脅しが上手く行ったのなら、少なくとも直ぐには姿を現す事は無いと思います」
「なるほど。ならば、私が研鑽を積むための時間ぐらいはありそうですね」
「そうですね。それぐらいなら大丈夫だと思います」
死竜については分からない。
だが、あの悔しがり方から察するに、復活の為の手は打てても、復活そのものは簡単ではないのだろう。
だから、ヘルムス様が『魔力』属性を研鑽し、既存の魔術に簡易的ながらも組み込むくらいの時間ならあると思う。
なので、懸念事項ではあるけれど、今すぐについては、たぶん大丈夫だ。
「他に何か話しておく事、ありましたっけ?」
「そうですね……。シミヒたちが倒れ、『ブラックハート』やイストフィフス侯爵領の後始末も、直ぐに動き出した者たちについては、ある程度終わったと言える事でしょう。ですので、これから先は死竜の件を除けば、忙しさは多少収まるとは思っています」
「ふむふむ。残す懸念事項は『アーティスト』とクレンビク様くらいですかね?」
「それぐらいでしょう。そして、その二人は現状犯罪者とは言い難い二人であり、宮廷魔術師が出ないといけないような話でもありません。なのでミーメ嬢。収穫祭についても、一日ぐらいは休める日があると思いますよ」
忙しくなくなるのは、素直に嬉しい所である。
ここ半年ほどの忙しさは異常であると、ヘルムス様たちから以前に聞いたが、グロリベス森林深層での狩りや、魔術の研鑽の為の時間も満足に取れているとは言い難いくらいだったので。
そして、収穫祭で一日ほど休みがあるのであれば……。
「ヘルムス様。出来ればその……」
「ええ、収穫祭の休みは同じ日になるようにして、一緒に遊びに行きましょう。この半年、ミーメ嬢はとても頑張ったのですから、それくらいは許されて然るべきです」
「はい! よろしくお願いします!」
ヘルムス様の言葉にワタシは元気よく返事をする。
うん、だってこれはもう、何の疑いもなくデートなので。
それが嬉しくない訳がない。
「それではミーメ嬢。今も、その時も、これからも、よろしくお願いしますね」
ヘルムス様が握っているワタシの手を少しだけ強く握った上で、微笑みかけてくる。
「こちらこそ、よろしくお願いします。ヘルムス様」
ワタシはそれをしっかりと握り返した。
と言うわけで、9章完でございます。
10章までの間には、閑話を三本程挟む予定となっております。
そして10章は収穫祭です。
始まるまで、暫く待っていただけたらと思います。
09/15誤字訂正




