296:零番目の属性
「魔力属性。これをワタシは第零属性と呼んでいる事もあります」
「第零……。なるほど、第一より更に前の時点で手にしている属性だからですね」
「はい、その通りです」
ワタシの部屋の中には、ワタシとヘルムス様の姿だけがある。
内容が内容なので、部屋付きの侍女の方にも離れてもらった形である。
当然、部屋には鍵もかけて、隠蔽の魔術も施してあるので、情報漏洩対策は万全である。
「魔力に目覚めた全ての生物は、まずは『魔力』属性に目覚めます。ですが、『魔力』属性の取り扱いを少し出来るようになった時点で、ワタシたちが第一属性と呼ぶ属性に目覚めてしまいます。ワタシの場合は一日ほどで『闇』に目覚めましたが、ヘルムス様は?」
「私はもはや認識もしていないくらいですね。もしかしたら、半日も無かったかもしれません」
ワタシは自分の手の平から魔力の球を生成すると、仄かに輝くそれを宙に浮かせる。
ワタシの『人間』属性に起因する認識が正しいのならば、今、簡単にしてしまったこれが出来るだけでも、第一属性に目覚めてしまう。
うん、これだけで第一属性に目覚めてしまうのなら、それこそ人によっては『魔力』属性に目覚めたと言う認識すら無く、第一属性に至ってしまう事だろう。
「すうっ……ふぅ……ぐうぅ……。やはり、難しいものはありますね。最初に目覚めて以来、十年以上扱った覚えのない属性を扱うと言うのは。まるで、長い間使っていない筋肉を動かしたような感覚です。これは、気を抜くと、直ぐに『水』属性に変質してしまいそうですね」
「分かります。実際、ワタシも『魔力』属性を扱うようになって、最初の頃は似たような状態になった覚えがあります。『闇』になったり、『人間』の脂や血になってしまったり、扱えるようになるだけでも、少し時間がかかりました」
ヘルムス様も自身の手の平から魔力の球を生成すると、宙に浮かばせる。
しかし、ワタシのそれと違い、輪郭は不確かで、波打ち、魔力から水に変換されては、魔力に還元されている。
とても扱えているとは言えない状態だろう。
何故こうなるのかと言えば、ヘルムス様の言う筋肉ではないが、ずっと使っていなかったから、それを扱うための神経や感覚が鈍っているのだ。
「そして、この感覚の鈍りこそが、『魔力』属性を扱う上での最初の壁です。まずは、再び使えるようにならないといけませんので」
「なるほど……。この状態から、ですか。それは『魔力』属性に気づいている人間が居らず、トリニティアイが伝説上の存在になってしまうのも、納得する他ないですね」
「はい」
この鈍りを突破して、トリニティアイに至る条件を満たそうと思ったら……ワタシのように地道な研鑽を通じて扱えるようになるか、あるいは『開拓王』のように全精力を込めると言う形で知らずに無理やり突破するか、そのどちらかになる事だろう。
なお、ここまでの話は人間だけでなく、魔物たちも同じこと。
だからこそ、魔物にも『魔力』属性を扱う者が殆ど居ないのだ。
同時に、『魔力』属性を扱う事がトリニティアイに至る必須条件であるため、トリニティアイに至れる存在はほぼ居なくなってしまうわけである。
きっと、『魔力』属性を認識していたのは、かつての聖地トリニアくらいだろう。
聖地トリニアには、トリニティアイが沢山居たと聞いているので。
「ですので、ヘルムス様。順序立てて学び、訓練をしましょう」
「『魔力』属性の八顕現、それに、既存の魔術に混ぜる行為ですね」
「そうです。どちらも必要になります」
ワタシもヘルムス様も魔力の球を消す。
ただし、ワタシは還元で、ヘルムス様は霧散させて。
その差にヘルムス様は苦笑しているが、これについては研鑽の差なので、現状では仕方がない事である。
しかし、『魔力』属性の研鑽は難しい。
八顕現は基本となる生成に始まり、簡単な操作、変形、強化、付与を覚え、多少扱いが難しい還元、特化、抽出まで出来るようにならないといけないのだが……。
「ただ、『魔力』属性についてはワタシにも分かっていない事が多くあります。特に特化については、分かっていない事が多いです。ワタシの見た目がこうなのも、『魔力』属性の影響だとは思うのですが」
ワタシの見た目は10歳前後である。
この10歳と言うのは、ワタシが『魔力』属性について研鑽を積み始めた年齢と一致している。
なので、もしかしたら『魔力』属性には老化……と言うよりは代謝の抑制をするような作用があるのかもしれない。
あくまでも可能性の話だが。
「なるほど。つまり、『魔力』属性の細かい部分については、私とミーメ嬢で一緒に研鑽を積んでいく形になるわけですね」
「はい。ですから、トリニティアイに至る道筋の全てを教え導く事は出来ません。申し訳ありません、ヘルムス様」
「いえ、お構いなく。むしろ、自分でも研究する余地があると言う事で、嬉しいくらいですよ、ミーメ嬢」
なお、今はまだ口にしないが、『魔力』属性には他にも性質がある。
流石に老化抑制効果を特化で他の魔術に組み込むのは難しいので。
そして、グロリベス森林深層の探索で見たダニーとグレッグさんの契約のように、ワタシの知らない『魔力』属性の使い方も存在している。
研究の余地は沢山ある事だろう。
「とは言え、特化については今しばらく置いておいていい部分ですね。今はまず、純粋な魔力を安定的に素早く扱えるようにならなければ、混ぜるどころではありませんので」
「そうですね。まずは地道に単純な部分から進めるべきだと思います。ただヘルムス様。分かっているとは思いますが、『魔力』属性もまた属性です。なので混ぜた時点で魔術の出力が大幅に上がります」
「分かっています。だから、この時点でもう注意をしなければいけない訳ですね」
「そう言う事ですね」
それはそれとして、ヘルムス様が既存の魔術に『魔力』属性を含めたら、その時点で三属性となって、出力が一気に上がる。
具体的には3の3乗で27倍になる。
この出力は、そんな容易に誤魔化せるものではないし、取り扱いを間違えれば自分自身すら巻き込む事になるだろう。
それこそ、ヘルムス様の魔力量と『船』の属性なら、この時点で既にトリニティアイのような魔術になるかもしれない。
どうにも『船』は規模を大きくしやすい属性のように思えるので。
「そしてヘルムス様。ヘルムス様が望むとは思えませんが、恐らく、周囲の方々から尊敬を集めるだけなら、この規模の魔術を扱えるようになった時点で畏敬の念を集められるようになるかと。なので、その先に進まない事も一つの手ではあります。極めて険しい道になるはずですから」
「かもしれませんね。『魔力』属性を混ぜた時点で、既存の魔術とはまるで別物の規模になるでしょうから。ですがミーメ嬢、当然ですが、私は『魔力』属性を扱えるようになっただけで終わるつもりはありません」
ワタシの言葉にヘルムス様は自信たっぷりに頷く。
うん、ヘルムス様なら、そう答えるとは思っていた。
だって……。
「森の中で宣言した通り、歩むと決めたのですから。ミーメ嬢の隣に立つためにも」
ヘルムス様はその先に進む道があると分かっていて、留まるような人ではないので。
「ミーメ嬢。私は『魔力』属性を修めて、トリニティアイに至りたいと思っています。自分がどこまで魔術の研鑽を積めるのかを知りたいと言うのもありますが、王国を守るためにも、ミーメ嬢を守るためにも、力を得たいと思っています。ですので、どうか導いて……いえ、先達として手助けしていただけますか?」
「はい。ワタシに出来る範囲で助けさせていただきます。ワタシの横に並んでいただくためにも」
ヘルムス様とワタシは頷き合う。
「ではまずは、生成を十分行えるようになりましょうか。ヘルムス様」
「はい。頑張らせていただきます。ミーメ嬢」
それからしばらくの間、ワタシとヘルムス様は、ひたすらに魔力の球を生成しては浮かばせる事を続けた。




