295:王国への義理
「それでは、本日の会議は此処まで。解散」
宮廷魔術師長様の言葉と共に、この場は解散となった。
シミヒ、イアキレミの問題は解決したが、代わりに死竜と言うもっと厄介な問題が出てきた。
だが、現状では死竜に対して打てる有効な手がないという事で、王国全体で死竜に対して警戒をしつつ、宮廷魔術師は自身の魔術の研鑽を積む。
これが宮廷魔術師長様の出した、現状における結論であった。
「一つ幸いなのは、ミーメ嬢の考えた『八顕現』のお陰で、今後は第二属性持ちの数を安定的に増やせる目途が付いている事ですね」
「そうですね。現状を考えると、ワタシも明かしておいて良かったと思います。間に合うかどうかは不安ですが」
「そこはもう祈るしかありませんね。こちらの準備が整うまで現れない事を。あるいは、私たちの手が届く範囲で現れてくれることを」
「ですね。ただ、出来れば後者が望ましいです。それが一番被害が少なく済むと思いますし、素材も手に入りますから」
部屋を後にしたヘルムス様とワタシは、王城内の通路を歩きながら、雑談を交わし始める。
勿論、聞き耳を立てられても大丈夫なように、音声隠蔽の魔術は展開済みだ。
なお、死竜の話題については、王国上層部から少しずつ広げていき、警戒を促していく予定との事。
「ドラゴンだから、ですか?」
「ドラゴンだから、ですね。一属性の魔術師の方しか居ないところに現れたりしたら、大惨事にしかなりませんよ」
「それは確かにそうですね。事実、二年前の『村潰し』では多大な被害を出したわけですし」
ワタシの言葉にヘルムス様は神妙な顔つきで頷く。
死竜はドラゴンである。
ドラゴンの実力と言うのは、どんなに控えめに見積もっても、一属性しか扱えない魔術師では命を賭した囮役か足止め役が精々。二属性魔術であっても、全力で撃ち込まなければ碌な傷を負わせる事も叶わないというぐらいに高いものである。
ドラゴンの保有する魔力の量が桁違いに多いために、どうやっても、そうなってしまうのだ。
だからこそ、宮廷魔術師……第二属性持ちを王国中に配備したいのだ。
ドラゴンのような厄介な魔物に対応するために。
死竜の件を抜きにしても、王国各地に起きている問題へ素早く対応したいと考えつつも、王都の守りをしっかりと固め、いざと言う時に動かせる余剰戦力も欲しいと考えたら、宮廷魔術師の数がまるで足りていないと言うのが現状なので、第二属性持ちには早い所増えて欲しいというのが、ワタシ引いては王国の偽らざる本音と言う奴だろう。
「……。ウコバクさんとヴォヴァルさん、それに『八顕現』を学んでいる他の方々もですが。第二属性に目覚めるまで、後どれぐらいでしょうかね?」
「さて、こればかりは何とも。元々の練度の問題もありますから。ただ、期待はしても、勘定には入れるべきではないかと。第二属性に目覚めても、直ぐには戦力になるとは限らないのは、ミーメ嬢も良く知っている事でしょう?」
「それは……そうですね」
ヘルムス様の言う通りだった。
第二属性に目覚めても、その第二属性がどのような物なのか、第一属性とどう組み合わせるのかを考えなければいけないし、考えたそれをスムーズに使えるように研鑽も積まなければいけない。
ワタシ……『人間』属性の時はどれぐらいかかっただろうか?
うーん、『闇』『万能鍵』『魔力』と違って、『人間』属性の時はそんなにかかっていないように思える。
……。ああうん、『人間』属性は、参考にしない方が良いのかもしれない。
自分自身が何が出来るか、生まれてから今までずっと触れ合ってきた、前世知識によって詳しくもある属性だから、元々持っている知識量が、ちょっと他の属性と比べて違い過ぎる。
ついでに言えば、戦闘に適した第二属性に目覚めるとも限らないし、今学んでいる人が戦闘に適した考え方や才能を持つ人とも限らないのだから、そう言う意味でも『八顕現』を学んでいる人については、期待はしても勘定には入れるべきではないのかもしれない。
「……。場合によっては『魔力』もまた属性である事を明かす事も考えた方が良いでしょうか? ヘルムス様」
でもそうなると、『八顕現』を広めた事は将来的には役に立つが、間近に迫った死竜対策としては不適当なのかもしれない。
だから、ワタシは『魔力』属性を明らかにする事での戦力拡充はどうかと、ヘルムス様に尋ねてみる事にした。
トリニティアイにも繋がる話なので、出来る事ならば明らかにしたくはないのだが、早急な戦力拡充には繋がるので。
「……。戦力の拡充を望むのなら、明かすのは一つの手だと思います。なにせ、魔術師全員が確実に持っている属性ですから」
ヘルムス様はだいぶ悩んでから口を開く。
実際、『魔力』属性を認識し、意図的に混ぜられるようになれば、それだけで宮廷魔術師たちの魔術は大幅に強くなるし、一属性魔術師たちだって今の宮廷魔術師並みの魔術を扱えるようになる。
対死竜、そうでなくとも、王国各地の魔境対策を考えたら、これは良い事だろう。
だが、良い点だけではない。
「ですが、その後も含めると、死竜如きの為に明かしてよい情報とは言えないでしょう」
「トリニティアイに繋がるから、ですか?」
「いいえ。単純に現在の宮廷魔術師並みの魔術を持った犯罪者が跋扈しかねないと言う、本末転倒の結果を恐れての事です」
「……」
それは無いとは言えない未来だった。
死竜が何時現れるか分からない。一度撃退しても再度復活する。
と言う話を考えると、『魔力』属性を公開する事によって戦力拡充を図った場合、ワタシの手が及ばない範囲まで話を広げる事になるのは確実。
魔力に目覚めた全員が使える者である以上、第二属性と違って王城が音頭を取り続ける事も難しいだろう。
そう考えると……ヘルムス様の言う懸念が起きる事は、確実と言っても良かった。
そして、ヘルムス様の懸念と死竜の脅威を天秤にかけたなら……ああうん、前者の方が、重いかもしれない。
なお、『魔力』属性が扱えるようになるまでにかかる時間は考えなくてもいい。
最初の引き出しには時間がかかるかもしれないし、トリニティアイになれるほどの研鑽を積むとなれば話は変わってくるが、そうでなければ、ただ『魔力』を既存の魔術に燃料として混ぜるだけでいいのだから。
そうやって気楽に使えてしまうからこそ、ヘルムス様の懸念の方が重いのだけど。
「まあ、私があれほど頑張って辿り着いた答えを、危機が迫っているからと、他の人間に気楽に教えて欲しくないと言う心もなくはないのですが……」
「ヘルムス様。その発言、誰かに聞かれたら問題ですよ」
「ミーメ嬢が隠蔽してくださっているので、誰も聞いていないでしょう? だから問題ありません」
そう言うヘルムス様の顔は、ワタシを気遣うように気楽なものである。
どうやら、いつの間にか、ワタシはだいぶ思い詰めた表情をしていたらしい。
ああいやでも、発言自体は本音な気配がしている。
でもそうか……うん、ヘルムス様のその気持ちは分からなくもない。
ワタシだって、トリニティアイになれる方法を知っているんだろ? と言う感じで、ダル絡みされ続けたら、嫌な気持ちにはなるし。
将来のことまで考えると、やっぱり『魔力』属性については、隠し続けるのが正解な気がしてきた。
「ヘルムス様」
「何でしょうかミーメ嬢」
ただ、隠し続けるならばだ。
「部屋に戻ったら、『魔力』属性の基礎的な解説や訓練をしてもいいですか?」
「分かりました。喜んでお受けしましょう」
既に気が付いているヘルムス様には、最低限の扱いくらいは早急に出来るようになってもらうべき。
それが、王国に対する義理を果たす事にもなる。
ワタシはそう判断した。
09/15誤字訂正




