293:死竜をどう思う?
「では、まずは私から」
宮廷魔術師長様の死竜についてどう思ったのか、と言う問いかけに対して、まずはヘルムス様が答える。
「死竜ですが。極めて優れた魔術師でした。シミヒの作った身体では、体内に埋め込まれた魔道具に込められた魔術しか使えなかったはず。ですが、死竜はどうやったのか、魔道具から属性だけを取り出し、組み合わせ、まがい物ですが三属性魔術……つまり、トリニティアイのような振る舞いを見せていました。習熟に使えたであろう時間も考えると、これは驚異的な事です」
死竜はワタシが見ていた範囲では、ドラゴンブレス、肉体の修復、イアキレミの分解くらいしか魔術を使っていなかった。
だが、ヘルムス様によれば、他にも爆発やら、灼熱の爪やら、幾つもの魔術を使って見せていたらしい。
そうして使われた魔術のいずれもが、三属性混合で、同時に一つしか使えないという制限こそあった物の、マトモに正面からぶつかれないと断言できるくらいには脅威だったらしい。
なお、確認出来た限りでは、死竜は『肉体』『光』『土』『火』『風』『水』『金属』それに自前であろう『闇』の八属性を使っていたらしい。
うん、それだけの属性を自在に組み合わせて、操れるという事は、それだけの知識と発想を兼ね備えているという事なので、脅威的な存在である事は間違いない。
ただ、『魔力』属性は使えていなかったようだし、八顕現で言う所の抽出辺りは怪しいそうなので、持っていない知識もあるようだ。
「戦術や戦略、策の用いり方についても、厄介でございました」
続けてグレイシア様が声を上げる。
「死竜は最初にミーメ様を狙い、禁忌の森へと突き飛ばすと言う動きを見せましたが、これはミーメ様が厄介であると認識し、正面から倒せないと判断したからこそ、周囲の環境を利用すると言う手段でございました。しかも、その際には、ミーメ様もわたくしも気づけないように、徹底した隠蔽も図っていたようです」
グレイシア様の言葉にワタシも頷く。
実際、あの奇襲は本当に気付けなかった。
恐らくは『アーティスト』の作った天竜の鱗製魔道具の機能も関わっての事だと思うのだが、本当に直前まで分からなかったのだ。
そして、ワタシだからこそ助かったが、普通なら禁忌の森に落とされたら絶対に助からない。
死竜はそうなると分かっていて動いていたようなので……うん、死竜の知能が厄介なのは、本当にその通りだと思う。
「その後も、魔術の用いり方、イアキレミの介入、ミーメ様が戻ってくるや否やの最大火力での攻撃など、機を見て、適した魔術を用いる力は、舌を巻くような物でございました」
「なるほど。厄介だねぇ」
宮廷魔術師長様が悩ましそうに声を漏らす。
なお、戦闘中だけでも、これほどまでに厄介なのだけれど。
死竜は戦闘外でもイアキレミが直ぐには気づかなかったようにシミヒの演技をしていた節があるし、ワタシたちの接近に気づいていたからこそ、あの場所で潜伏していた可能性が極めて高い。
アレが狙っての動きならば、多少感情的であっても、賢いと断言するべきだろう。
「俺っちからしてみると、単純な体の動かし方からしてヤバかったな。シミヒの作った体は、はっきり言って出来が良いとは言えないはずの物。なのに、まるで大型の魔物が身軽になったような身のこなしだった。死竜があの体を使い始めてから、大した日数も経っていないのにだぜ」
ジャン様も感想を口にする。
この辺はワタシが知らない話だった。
なんでも、死竜は魔術によって無理やりに保っているような継ぎ接ぎの身体で、ジャン様相手にマトモに格闘戦をしてみせたらしい。
ドラゴンとは、大きさも構造も全く違う肉体であったのにも関わらずだ。
そして、そんなレベルで格闘戦を行いつつ、ヘルムス様の言っていた魔術と、グレイシア様の言っていた戦術的な行動を組み合わせてくるのだから……難敵などと言う次元ではない。
「正直なところ、ミーメ嬢が禁忌の森から脱出してくれなければ、俺っちたちは全滅か……良くて一人逃げられたかどうかってところだろうな。しかも、その一人はそこからグロリベス森林の深層を単独で抜けないといけないから、まず助からない。それくらいには拙い状況だった」
「そこまでか……。死竜の存在自体が想定外以外の何物ではないとは言え、際どい作戦だったようだね」
「みんなが無事で本当に良かったわ~」
ジャン様の言葉にヘルムス様たちが揃って頷く。
つまり、総評すれば、死竜は全滅していてもおかしくない次元の強敵だった。と言う事である。
ワタシもその意見には賛同する他ない。
なお、死竜の厄介さにシミヒが作った体の出来が影響しない訳ではない。ないが……死竜のスペックが本当に高いので、半分腐った獣が中身が死竜ではなくシミヒだったら、たぶんヘルムス様たちだけでも余裕だったと思う。
それくらいには、死竜の実力で全体の実力が引き上げられている。
たった数日で、自分の肉体ではないものを十全以上に把握し、使いこなしている死竜がおかしいとも言う。
「さて、後はミーメ君の感想なわけだが……」
ただ、断言しよう。
此処までに並べられた死竜の厄介な点や強さは、最も厄介な点に比べれば、おまけ程度の代物でしかない。
だからワタシは真剣な表情で、宮廷魔術師長様の顔を見つめる。
「死竜に関して最も厄介なのは、殺せない事です」
ワタシの言葉に誰もが深刻な表情を浮かべる。
「……。やはりそうなるかい?」
「はい」
宮廷魔術師長様含めて、この場に居る全員が分かっていた事ではある。
死竜は建国神話に出てくる闇属性のドラゴンである。
そのドラゴンは建国神話の中ではっきりと討ち取られていて、なんなら素材の一部は今も王城の宝物庫で眠っているらしい。
よって、死竜は既に死んでいる。
なんなら、本人の言葉通りなら、その魂は前世知識で言う所の地獄、トリニア教が指し示すところの無明の荒野に落とされている。
「一度死んで、無明の荒野に落とされて、なお現世に舞い戻ってくるような者を完全に殺す手段を、ワタシは知りません。ヘルムス様たちはどうですか?」
「私も知りませんね。強いて言うなら、復活したいと思えないように心を壊すくらいでしょうか? あれほど強固に生き延びたいと考えているような者相手に、そんな事が出来るとは思えませんが」
死竜は殺しても死なない。一時的に現世から退去させる事が出来るだけで、機会さえあれば必ず舞い戻ってくる。
これが本当に厄介極まりないのだ。
それこそ、魂などと言う、観測すら出来ないものを壊すくらいでなければ、倒し切った事にはならない事だろう。
「まあ、そもそもとして。死竜には私たちが生きている間に復活する理由もありませんからね。この時点で、極めて厄介かと」
「そうですね。この場に居る中でも一番若いワタシだって百年もすればこの世にはいない訳ですし、その頃には死竜が復活を企んでいるという情報だって失われているかもしれない。この時点で、基本的に先手は死竜に取られる事になります。死竜程の魔物相手に先手を許す時点で、ワタシとしては非常に陰鬱な気分ですよ」
「おまけに、その頃の誰かが死竜を倒しても、その誰かが居なくなった頃に死竜は復活すればいいわけでございますか。厄介などと言う話では済みませんね」
要するに、勝つ手段が現状存在しないのが死竜と言う存在なのである。
なお、封印とかも結局は一時しのぎでしかないので、解決策にはならない。
どう対策すればいいのかも含めて、分からないことだらけである。
「ほい、俺っちから質問。そもそもとして、無明の荒野あるいは禁忌の森ってさ。どんな場所なんだ? 罪を犯した連中が死後送られる場所だってのは知っているけど、それ以上の情報はないだろ。そこの情報があれば、もうちょっと変わると思うんだが……」
「では、その辺りについては私が話しましょう。無明の荒野についてはライオットから聞いてきましたので」
ジャン様の疑問を受けて、ヘルムス様が話を始める。
グロリアブレイド王国内におけるトリニア教の本部はライオット……『石抱きの魔術師』様の実家であるイストフィフス侯爵領に存在しているので、確かに詳しそうである。
ワタシはヘルムス様の話に耳を傾けた。
魔術・戦術・体術が一級品の化け物が、寿命や死と言う制限を無視して、確定奇襲で襲い掛かってくる。
と書けば、どれほど理不尽かは分かっていただけるものと思っています。




