292:シミヒとイアキレミ
グロリベス森林の深層から帰って来て数日が経った。
この数日間、ワタシは帰りの道中に狩った魔物の下処理と今回の作戦の報告書執筆に追われていたのだが、ようやく終わりの目途が付いたのだった。
そして、そう言った後始末が終わったのなら……。
「うんうん、全員集まっているようで何よりだ」
「みんな~お疲れ様~」
総括の時間である。
と言うわけで、本日はワタシ、ヘルムス様、グレイシア様、ジャン様、それに宮廷魔術師長とユフィール様の六人で会議室に集まって、報告会である。
「まずはミーメ君。目標達成おめでとう。そしてありがとう。君のお陰で王国に降りかかろうとしていた災いは無事に振り払えた」
「お褒めに預かり光栄です。宮廷魔術師長様。ですがイアキレミは……」
「うん、報告書は見せてもらったよ。敵である半分腐った獣によって殺されてしまったらしいね」
まずはイアキレミについて。
本来はイアキレミを捕縛するための作戦だったのだが、イアキレミは死竜に殺されてしまった。
なので厳密に考えれば、目標は達成できなかったとも言えるのだが、宮廷魔術師長はその点については問うつもりはないらしい。
「問題はない。どうせ捕まった後のイアキレミは処刑一択だったし、そもそもとして、説得も、反省も、情報の収集すらも望めない相手だった。だから、捕縛できず、あの場で他の敵に消されてしまったのなら、それでお終いで構わない。それが宮廷魔術師長である吾輩の判断だ」
その事にワタシは本当にいいのかと言う視線を向けるが、代わりに返ってきたのは、ワタシたちが森に向かってから明らかになったらしいイアキレミについての情報だった。
そこには、イアキレミがどのような環境で育ったのかが記されていたのだけど……。
「これは……酷いですね」
「なるほど。イアキレミがあの時何故死竜に攻撃を仕掛けたのか分かりませんでしたが、正に人形のように育てられていたわけですか」
どうやら、イアキレミはイアキレミで、洗脳されていると言っても過言ではない環境で生まれ育っていたらしい。
そうなると、もしかしたらイアキレミの使う精神属性魔術による廃人化は……自分の精神状態を転写させるというものだったのかもしれない。
なんとも悲しいというか、微妙な気分になりそうな話だった。
「話を続けよう。半分腐った獣に入れられていたであろうシミヒについては、ディム君の魔術によって死亡が確認されている」
「はい。それは聞いています」
「シミヒを転写するための原本については、終ぞ正体も分からないままだったが、その希少性から考えてイアキレミが所有していたと考えていいはず。となれば、イアキレミが死んだ時に一緒に破壊されたと考えていいだろう」
「そうですね。それで大丈夫だと思います。確認は取れませんが」
ワタシの言葉に、話を聞いていたヘルムス様たちも頷く。
イアキレミは指示した通りにしか動かない。
これが本当なら、シミヒは、イアキレミに半分腐った獣に自分を入れるように事前に指示していただろうし、何か……それこそ、転写が上手くいかなかった時に、再転写をさせるべく原本は肌身離さず持ち歩かせていたはずだ。
そして、だからこそ、ワタシはその場に居なかった時の事だが、誰もが隙を晒した格好のタイミングであったのに、イアキレミは死竜へと攻撃を仕掛けたと思われる。
だから、シミヒの原本もイアキレミと一緒に消え去ったと考えても問題はないはずだ。
「シミヒの薫陶を受けた残党たちについても、吾輩たちの方で処分済み」
「え? そんなの居たんですか?」
「うん、居たんだよ。ミーメ君たちが森の中を帰り道を歩いている頃かな? 王都の方でシミヒの技術と思想を部分的に継いだ犯罪者たちが出てね。宮廷魔術師も何人か出る大捕物になったんだよ」
「なるほど……」
どうやら、ワタシたちが居ない間に、王都は王都でトラブルが起きていたらしい。
詳しく話を聞いてみれば。
魔道具を体内に埋め込む技術を利用して、無手を装って貴族の邸宅に侵入、強盗と立てこもりの事件を起こした犯罪者が居たらしい。
この犯罪者については、直ぐに捕らえられたものの、この技術が何処からやってきたのかを調べていったところ、王都の裏社会でシミヒの技術書があって、それを読んだ闇医者が施術を行い、シミヒの跡を継ごうとしていたらしい。
だが、最終的には、宮廷魔術師によって真正面から撃沈されたようだ。
「困った事に、シミヒの技術書は読んだ人間の功名心や試したいという心を巧みにくすぐる物でね。いやはや、どうしてシミヒがあのイストフィフス侯爵の下で何十年と研究を続ける事が出来ていたのかを窺わせるには十分なものだったよ」
「口が上手かった。と言う事ですか」
「表面を取り繕うのが上手かったとも言えるね」
宮廷魔術師長が呆れた顔を浮かべている。
しかし、なるほど。
シミヒは言い訳が上手かったのか。それこそ、自分で自分に対して言い訳をしても、納得出来て、反省などしなくても済んでしまうくらいに。
「宮廷魔術師長様。シミヒに関係する話として、ついでにお聞きいたしますが、シミヒやイアキレミの影響を受けた方々の治療状況は如何なものでございますか?」
ここでグレイシア様が被害者の現状について尋ねる。
被害者は……イアキレミによる精神操作を受けていると思しき人や、シミヒによって魔道具を埋め込まれた人とかが居たはずだ。
「ユフィ」
「そちらについては~人それぞれね~。経過が良好な子も居れば~残念ながら亡くなった子も居るし~先行きが怪しい子も居るわ~」
治療周りの話であるためか、宮廷魔術師長に代わってユフィール様が話してくれる。
とりあえず、ユフィール様の言い方からして、緊急性を有する人は居ないらしい。
いや、居なくなってしまった。と言う方が正しいのかもしれないけれど。
「そうでございますか」
「あの、ユフィール様。ワタシが手伝う事などは……」
「大丈夫よ~。これは私たちの仕事だもの~何とかして見せるわ~」
「分かりました。ただ、必要な事があれば言ってください。手伝いますので」
「その時はお願いね~」
ユフィール様は優しく微笑みながらそう言うと、宮廷魔術師長様と立ち位置を交換し、また後ろに控えるように立つ。
「コホン。なんにせよだ。これでシミヒに関係する一件は、一通りは終わりと考えてもいい。吾輩はそう捉えているが、どうだろうか?」
「ワタシはそれでいいと思います」
「ミーメ嬢に同意します」
「同感でございます」
「まあ、シミヒに限ってはそうだよな」
ワタシたちは揃って頷く。
実際、シミヒ本人、シミヒの部下であるイアキレミ、シミヒの残した技術書、その全てが潰えていて、後は被害者の救済を進めたり、同じような事態を引き起こさないためにはどうするかと言う対策を進めたりするぐらいだろう。
なので、終わりと判断しても何一つとして問題はないはずだ。
そう、シミヒについては。
「うんうん、同意を得られて何よりだ。では、本題に移ろうか。半分腐った獣に宿っていた魔物の精神……闇属性のドラゴン、建国神話にも出てくる彼のドラゴンについてだ」
宮廷魔術師長の雰囲気が変わる。
何処か明るく、軽めだった物から、暗くて重い、目の前に問題が差し迫っている事を示す物へと。
「ミーメ君たちの報告書は既に読ませてもらっている。その上で聞こう。君たちは彼のドラゴン……自称、死竜をどう思った?」
だが、その認識は正しいと思う。
死竜は今明らかになっている範囲だけ見ても、極めて厄介な存在なのだから。




