291:五日目 帰路
「ミーメ嬢。あの森の産物を本当に持ち帰らなくてよかったのですか?」
グロリベス森林深層に入って五日目。
四日目の夜は三日目の夜と同じ場所に仮拠点を築いて過ごし、今日は地道に森の中を歩きながら、グロリベス森林の脱出を目指す事になる。
そんな中で、ヘルムス様が残念そうな顔をしつつ、ワタシに話しかけてくる。
「ヘルムス様。昨日の夜も言いましたが、あの森はまだグロリベス森林の深層になったばかりの場所です。となれば、あそこにある物は色々と不安定であり、禁忌の森の要素も混ざっているかもしれません。そんな物を持ち帰れば、どんな災いがくっついてくるか分かりませんので、持ち帰らない方が無難です」
「分かりました。ミーメ嬢がそこまで言うのであれば、今回は諦めましょう」
まあ、ヘルムス様が求める気持ち自体は分かる。
大量の魔力を含んでいながら、魔物ではない虫や草があったのだから、回収して色々と実験して見たかったのは、ワタシとしても同じ気持ちである。
しかし、流石にこれ以上のリスクは負えない。
なので、諦める他なかった。
ヘルムス様としても、意固地になるほどに欲しかったわけではないのだろう。
直ぐに引いてくれた。
「あの、ダニーはあそこの虫を食べてましたけど……」
「ニワシガラスなら、自分の体調くらいは管理できますし、ちゃんと食べて消化したなら大丈夫だと思いますよ」
「カァッ」
「ならいいんですが……」
なお、そんな場所の虫を食べたダニーは、昨日よりも調子が良さそうにしている。
あれだけ魔力が豊富な虫なら、ニワシガラス……と言うより、魔物にとってはご馳走に他ならないのだろう、たぶん。
「話を戻しまして。王城へのお土産については心配する必要は無いと思います。どうせ、これから先に相手の方から寄ってきますから」
「ああ、言われてみればそうでしたね」
「まあ、遭遇しないとかありえないよな」
「油断せずに対応。で、ございますね」
ワタシの言葉にヘルムス様たちが周囲の様子を窺う。
もはや見慣れたグロリベス森林深層の光景だが、魔物の気配は現在はしていない。
だがこれは一時的な物だろう。
遠からず、こちらの匂いを嗅ぎつけるか、偶々かち合った魔物が近い内に現れるはずだ。
「と、噂をすれば影ですね」
ワタシの属性感知に動いている闇が引っ掛かる。
相手もこちらに気づいたのか、こちらに近寄ってきている。
「そうですか。ではミーメ嬢、折角なので私に任せて貰えますか?」
「そこは相手を見てからですね」
ヘルムス様が前に出る。
一方で、ワタシは属性感知で相手の位置を追いつつ、現れる魔物の候補を絞っていく。
闇の大きさは……そんなに大きくない。少なくとも狼より小さいのは確実。
数は一体。獣系。
隠蔽関係の魔術や動きを見せていないので、戦闘能力に自信があるタイプか。
そうなると……。
あ、ヤバいかもしれない。
ワタシの脳裏にとある魔物の姿と能力が過ぎる。
「たぬぅ」
「ヒュッ」
そして、この手の嫌な予感と言うのは、実に良く当たるもので、ワタシたちの眼前に現れたのは、脳裏を過ったとある魔物そのもの……狸型の魔物だった。
「闇人間!」
「ミーメ嬢!?」
「ギャアギャアッ!」
「ダニー!? っ、うおっ!?」
「な、なんだ急に!?」
「ミーメ様!?」
ワタシはその姿を認識すると同時に、闇人間の魔術を発動。
戦うつもりだったヘルムス様含めて、全員を抱えて、その場から一目散に逃げ出し始める。
ダニーもこの状況の危険性を理解しているのだろう。
普段は絶対に上げないような警告の鳴き声を上げて、ワタシの逃亡を先導すると共に、急かしている。
「ミ、ミーメ嬢!? いったいどうしたというのですか!?」
ヘルムス様が説明を求めて叫ぶ。
ワタシは少しだけ逡巡してから、口を開く。
「アレはクソ狸です!」
「ク……ミーメ嬢!?」
乙女の口から出てはいけない単語なのは理解しているが、あのクソ狸に限っては許して欲しい。
ああくそ、まずい、周りが騒がしくなってきた……!
「正式名称は知りません! ですが、非常に厄介な生態を持っている魔物でして、ワタシも好き好んで戦いたい相手ではありません!」
「ミーメ嬢が!? それほど強いのですか?」
「強くはありません! ただただ、ひたすらに厄介なんです! あのクソ狸は!」
「カァッ!」
「ミーメ様! 前から魔物の群れが!!」
「分かってます!」
ダニーとグレイシア様が叫ぶ。
ワタシは追加の闇人間を数体放って、進路上の魔物だけ怯ませると、トドメを刺すことなく、その体の上を飛び越えて離れていく。
「ミーメ嬢。もしかして、あの狸の魔物は……」
「はい。強烈な興奮作用と誘引作用を持つ匂いを辺り一面に向けて放つことで、周囲の魔物を呼び寄せます。そして、その魔物たちの同士討ちを利用して、自分の食べ物を確保したり、外敵を排除したりする。そう言う魔物なんです」
「それはまた、強烈な個性を持つ魔物ですね……」
「そして、あのクソ狸に狩る価値は殆どありません。肉は硬くて臭くて不味くてとても食えたものではありませんし、皮には腐敗臭のような臭いが染みつき、骨や牙が特別強いわけでもなく、内臓や瞳に特別な物があるわけもありませんので。もしかしたら、匂いの元になっている器官には使い道があるかもしれませんが……」
ワタシは逃げながらヘルムス様たちに説明をする。
すると、そんなワタシたちの耳にすら届く勢いと大きさの様々な音……衝突音、爆発音、破裂音と言った物が、背後から聞こえ始める。
クソ狸に集められた魔物たちが、戦闘を始めたのだ。
「少なくとも、ワタシはあんな音がしている空間に護衛対象を連れている状態で入りたいとは思いません」
「「「……」」」
ワタシの言葉にヘルムス様たちが無言の頷きを返してくれる。
そして、ヘルムス様たちの頷きを肯定するかのように、戦闘音は大きくなっている。
「ヘルムス様。狩るなら、もっと安全な相手を狩りましょう。グロリベス森林なら、幾らでもそう言う相手が居るはずです」
「そうですね。流石にアレに挑むのは、得られるであろう成果に対して、危険が勝ち過ぎています。止めておくべきと言うミーメ嬢の言葉に賛同します」
十分に離れたところで、ワタシはヘルムス様たちを闇人間から降ろす。
此処まで離れれば、もうクソ狸の匂いの影響は考えなくていいだろう。
「ミーメ嬢。折角だから俺っちから一つ質問。死竜とさっきの狸だったら、どっちと戦う方がマシなんだ?」
「悩ましいところですが……もしかしたら、死竜の方がマシかもしれませんね」
「そこまでか……。いや、あの戦闘音を聞いたら、分かるけどさ」
ワタシの答えにジャン様が何とも言えない表情をしているが、いや本当に、クソ狸はそう言うレベルの相手なので。はい。
ちなみに、クソ狸自身の戦闘能力は大したことはない。
なんなら、他の魔物を集め過ぎて、戦闘の巻き添えを食って死んでいたり、死んだふりをしている事だってよくある事である。
「クソ狸相手だと、徒労感が酷い上に、成果が乏しいから嫌なんですよ。一番は匂いですけど」
「なるほど」
「グロリベス森林深層には、他にも相手を出来るだけしたくない魔物も居るので、戦う相手は選んで帰りましょう」
「分かりました。では、そうしましょう」
その後、ワタシたちは二日ほどかけて、数多の魔物と戦いながらグロリベス森林の深層を脱出した。
最終的には荷運び用に出してもらったヘルムス様の船は、獲物だけで満載状態となってしまい、境界拠点に詰めている人や王都住民を驚かせながら王城へと帰還する事になったのだった。
クソ狸の能力ですが。
RPG風に書くなら、
同フィールドで出現する敵を完全ランダムで複数体召喚します。(クソ狸の別個体が呼ばれる可能性もあり)
召喚された敵は混乱状態で出現します。
召喚された敵は召喚されたターンに行動を即開始します。
クソ狸自身の経験値やお金は雀の涙です。
クソ狸の素早さは極めて高く、最低一回の行動は保証されています。
と言う感じになります。
最悪、防御行動すら許されずに、全滅必至の攻撃を叩き込まれるわけですね。
クソです。




