290:戦いを終えて
「お疲れ様です、ミーメ嬢。倒した、と見ても?」
「悩ましいところですね。なにせ死竜は死んでいます。なのに何かしらの手段で現世に戻ってきているのが現状なので。そうですね……退去させた。と言うくらいに留めておくのが適当かと」
「なるほど」
ヘルムス様が死竜の消え去った場所を警戒しつつ、ワタシに近寄ってくる。
そして、死竜がどうなったのかを尋ねてきたが……。
ワタシの魔術では魂と呼ぶべきものには干渉できない。
死竜の肉体を焼き、精神を傷つける事は出来ても、その魂は無明の荒野に戻っただけではないだろうか?
そうなると、いずれまた、こちらに出て来そうな予感はある。
まあ、だからこそ、少しでも死竜を躊躇させるべく、次に出てきたら狩って剥いでやると脅したのだけど。
「それでミーメ嬢。お体の方は大丈夫ですか? 死竜によって禁忌の森に落とされ、『わたしだけのみち』によって帰還をされたわけですが、帰還不能と言われている場所です。その後の戦闘での負荷も含めて、しっかりとした検査が必要だと思うのですが……」
「自己モニター魔術で確認する限りでは問題ありませんね。そもそも禁忌の森と呼ばれている場所は、ワタシが『わたしだけのみち』で使っていた場所と同じだったようなので、対応は簡単でした」
「そうでしたか。死竜は禁忌の森のことを無明の荒野と呼んでいたので、それも含めて不安だったのですが……問題がないようで何よりです」
ヘルムス様が心配そうな顔をしている。
この心配については当然としか言いようがない物だけれど。
それにしても、死竜の言葉が正しいのなら、『わたしだけのみち』で使っている空間と禁忌の森と無明の荒野が同じことになってしまうし、無明の荒野と言うのは前世知識で言う所の地獄に当たるのだけど……。
「何よりです。で、流していい話じゃないと、俺っちとしては思うところだけどな」
そうなったら、ジャン様のように心配するのは当然と言えるだろう。
「ジャン様。戦闘中の援護や足止め、ありがとうございます」
「おう。で、マジで何ともないんだよな?」
「はい、大丈夫です。もしも何かあるなら、これまでの『わたしだけのみち』使用で既に何かは起きているはずなので」
「それはまあ、そうか」
ただまあ、この場で心配させても、帰り道が不安になるだけなので、若干の詭弁感もあるが、誤魔化してしまおう。
とりあえず、今後『わたしだけのみち』を使う際には、これまで以上に戸締りをしっかりとしよう。
出来るかどうかも定かではないけれど、ワタシが門を開けっぱなしにしていたせいで、無明の荒野の亡者たちが出てきてしまいましたとか、洒落にならない。
後、間違っても他人を『わたしだけのみち』の中へ入れる事はしないでおこう。
これは『万能鍵』と言う属性を持つ者として、きちんと心がけておくべき事だと思う。
「話を戻しまして。死竜については、一先ず王城への報告と今後の対策は必須ですね。今回は森の中だった上に体がシミヒの作った質の悪いものだったので、簡単に倒す事が出来ました。ですが、ノスタの時のようにしっかりとした肉体を作られた上で復活されてしまったら、一筋縄でいかないのは確実です」
「ああ、死竜本人が言っていましたね。ミーメ嬢に邪魔されるのは二度目であると。やはり、一度目はノスタの一件ですか」
「はい、他に死竜が復活したと思える話も無いですし」
ヘルムス様の言葉にワタシは頷く。
ノスタの一件で、復活しかけた死竜からは恐ろしい気配がしていた覚えがある。
アレが街中で、ワタシたちの与り知らぬところで、完全な状態で復活していたとしたら、背筋がぞっとするなんて物ではない。
死竜が復活の為にアレコレ画策している事も含めて、報告と対策は必須だろう。
「王城への報告と言えば。イアキレミの件はどうしましょうか? ヘルムス様」
「どうするもこうするも、あるがままに話すしかないかと。幸いにして、『アーティスト』が制作したと思しき魔道具の欠片は回収できています。これの呈示と私たちの証言を合わせれば、任務達成については認めてもらえるかと」
ワタシたちが話をしている間に、グレイシア様が氷でトングと箱を作り、死竜の身体から出てきた彫刻品を回収。
ワタシたちの方へと近づいていくる。
「グレイシア様、回収ありがとうございます」
「ありがとうございます。ミーメ様」
彫刻品は天竜の鱗で出来ている為か、全てが真っ白だった。
大部分が欠けてしまっているが、残された部分から察するに、耳を塞ぎ、大きな口を開けて取り乱している女性の彫刻……だと思う。
とりあえず、残された部分だけでも分かるくらいには、芸術品として出来がいい。
「ふむ。魔力が散逸していて、どのような魔術が込められていたかは分かりませんね」
「だな。何となく風属性っぽいが、それぐらいか?」
「……。すみません。『いのれるならいのれ』で燃やした以上、正確に推し量る事は難しいと思います」
「それでも分かる事はございます。そうですね……ミーメ様が吹き飛ばされるまで死竜に気づけなかった事。死竜の身体から腐敗臭の類がしなかった事から、空気の動きを抑制するような魔術だったのかもしれません」
ヘルムス様たちが彫刻に込められていた魔術を探ろうとし、出来る限りの推測をする。
その内容については、ワタシとしても異議はない。
しかし……うん、風属性と言うには、何か引っかかるものを感じなくもない。
なんだろうか?
天竜じゃないけど、何か違和感はある。
「欠片でも手に入ったのなら、宮廷魔術師長が解析できます。それで分かる事もあるはずなので、今この場では置いておきましょう」
「ヘルムス様の言う通りですね。それよりもワタシたちが考えないといけない事があります」
「考えないといけない事って?」
ワタシの言葉にジャン様たちの視線が集まる。
うん、実を言えば、今回の作戦における難事は、ある意味此処からなのだ。
「どうやって帰るかです」
「どうって……あー……」
「グレイシア嬢。ニワシガラスのダニーとテイマーのグレッグは……」
「戦闘に巻き込まれないようにするため、出来るだけ不安を感じない方向へと逃げるように指示を出しました。何も無ければ、直にわたくしたちが居る場所へと戻ってきてくれるものと信じていますが……」
ワタシの言葉に、この場に居る全員が、若干遠い目をする。
そう、ここはグロリベス森林の深層の中でも最も深い部分に当たる。
禁忌の森は明らかに見た目が違うので踏み込まずに済むだろうが、浅層までの正しい道なんて誰も把握していない。
だからきっと、この時のワタシたちの内心は一致していた。
どうか、ダニーもグレッグも無事でいていくれ、と。
「なあなあ、ミーメ嬢。もしも道案内が無かったら……」
「その時は闇人間を四方八方に逐次放って、地道に戻っていくしかないですね。一か月くらい野営生活をするくらいの覚悟はしておいてもらえると……」
「うわぁ……」
「出来れば勘弁したい未来でございますね」
「安心してください、ミーメ嬢。私は何日でもミーメ嬢と共に居ますし、私が居れば、一先ず水と寝床の心配はしなくて良いはずですから」
「はい、頼みにしています。ヘルムス様」
もしもの場合、本当にヘルムス様が頼みの綱である。
ちなみに、空から抜け出そうと言うのは、考えない方が良い。
地上の空間以上におかしくなっている可能性があるし、最悪、無減速で地面に激突するかもしれないからだ。
最低でも自分の身一つで飛べるくらいでないと、自殺行為である。
「おーい!」
「カァッ!」
「どうやら、ワタシたちの懸念は杞憂で済んだみたいですね」
「そのようですね」
「「ほっ」」
ただ幸いにして、ダニーとグレッグさんはワタシたちの前へと無事に姿を現してくれた。
怪我も何もしていない。
これならば、帰りの道案内も出来るだろう。
「では、帰るまでが遠足と言いますので、帰り道も油断なくいきましょう」
ワタシたちは一度頷き合うと、深層からの脱出を目指して行動を始めた。




