289:ミーメたち 対 死竜
「ドラゴンブレス!」
「闇よ! 影よ! 畏れよ! 頭蓋となりて我が身を包み封じ、外より来る魔を阻め!」
死竜の口から、ヘルムス様とワタシに向かってドラゴンブレスが放たれる。
その黒い炎の威容からして、出力の倍率は恐らく二十倍程度……二属性以上、三属性未満と言う所。
だがそこに、天竜の鱗製の魔道具から供給される魔力まで考えれば、ワタシでも全力で防御しなければ防ぎ切れないのは間違いなかった。
故にワタシは咄嗟に発動できる中で最大規模の防御魔術を、ブレスを受け流せるように角度を付けて発動。
「っう!?」
ワタシたちを守る黒い巨大頭蓋骨を通して、殺し切れなかった衝撃と熱が伝わってくる。
だが、ワタシの目論見は上手く行ったのだろう。
後方から凄まじい爆音と破砕音が響いてくるし、ワタシの魔術にもヒビが入っているが、それでも凌ぎ切ったという感覚がある。
そして、これだけの魔術となれば、如何に死竜と言えども、守りに回す余裕などなくなる。
「冷気よ。凍えるほどに冷えよ、震えるほどに冷えよ、不安を覚えるほどに冷えよ。目の前が霞むほどに。気が遠くなるほどに。不安になればなるほど、安心から遠のけ。『イーリィズグレイシア』」
「我が槍に宿れ。火よ。喰らう火よ。薪を喰らいて燃え盛れ、血を啜りて燃え盛れ、全てを喰らって灰を生み続けよ! 我が槍が燃え尽きるまで!! 『パーガトリージャベリン』!!」
「っう!? 雑魚の分際で我の邪魔をするかぁ!!」
だから、その隙を見逃さず、グレイシア様とジャン様の魔術が死竜に向けて放たれる。
動くほど、震えるほど、不安になるほどに凍える魔術が死竜の動きを鈍らせる。
魔力すら可燃物にして、燃え盛り続ける魔術が死竜の肉と骨を焼き焦がす。
この二つの魔術で傷ついた肉体を修復するためなのか、死竜のブレスも止まった。
「『ひとのまのもの』!」
「なっ!? その指輪は……!?」
なのでワタシも動く。
死竜の鱗が填まった指輪の力で、『ひとのまのもの』を無詠唱で発動。
出現したジャガーノートは即座に死竜に接近、その首を刎ねる。
「我が前でその指輪を使うかぁ! 三つ目の人間!」
「「「!?」」」
「これは……」
だが、首を切った瞬間の感触と、宙を舞う首と胴体が闇で作られた紐のようなもので繋がれているのを見てワタシは理解する。
死竜の闇属性魔術は自前のもの。
故に闇属性に限っては高度なものも使えるし、複数の魔術も使えるのだろう。
そして、恐らくだが、体内の環境を闇に変えて曖昧化する事によって、内臓や体内の魔道具への損傷を無力化している。
「そのうろ……!?」
「知った事ではないですね」
とりあえずジャガーノートには全力で死竜の事を切り刻ませる。
闇による曖昧化で体内の損傷を無かったことにしていても、爪や牙、脚などを細切れにしてしまえば、その場から動き回る事は出来なくなる。
加えて、細かくなればなるほど、『イーリィズグレイシア』での凍結も、『パーガトリージャベリン』での燃焼も進むので、曖昧化によって損傷を誤魔化すのだって無理があるようになってくる。
「ミーメ嬢。駄目です。修復は変わらず行われています」
「そうみたいですね」
と言う思惑でワタシは動いていたのだが、死竜の身体の修復は追いついてしまっている。
このままでは、魔道具による『ひとのまのもの』は30秒しか効果が維持されない事もあって、死竜は復帰できてしまう。
最低限、天竜の鱗製魔道具だけでも何とかしないと、死竜を倒す事は叶わないようだ。
そうであるならば……。
「『闇軍の魔女』ミーメ・アンカーズの名において命じる。闇よ、魔よ、畏れよ、我が下へと集え」
ワタシは詠唱を開始すると共に、何も持たない左手を前に出す。
「足止め、燃料の追加、延焼の防止をしておきましょう。ミーメ嬢」
「我が求めるは破滅。故に闇よ、集いて滅びの門を開けるに相応しき形を為せ」
その構えだけで、ワタシがどう言う魔術を使うのかをヘルムス様は理解してくれたらしい。
死竜を内部に取り込むように巨大な水の船を展開した上で、船内では水水夫たちが死竜へと襲い掛かり、ジャガーノートが消えた後でも時間を稼げるように傷つけていく。
「装填するは親指。爆ぜて運ぶは魔。詰まれ、病、侵食、恐怖、痛み、悪夢、破壊、死に滅び。それは祈るしか無き災いである」
「この……三つ目ですらない人間の分際で我の邪魔をするか!」
ジャガーノートが消え去る。
ワタシの左手に闇で作られたショットガンが現れる。
死竜の肉体の修復は進むが、そこへ水水夫たちが割り込むために修復は遅延されている。
「飲め、呑め。食らえ、喰らえ。溶けて、解けて。萌えて、燃えて。その命と魔の全てを薪として焼き尽くせ」
「っ!?」
ワタシはショットガンの狙いを付ける。
ヘルムス様は水水夫たちを操りつつ、器用にも水の船の側面に射線を通すための大穴を開けてくれている。
死竜はワタシが手にしている物を見て危険性を悟ったのか、回避行動を取ろうとした。
「逃がさねえよ! 『フレイムハープーン』!」
「同感でございます! 『アイススパイク』!」
「なに、これは……!?」
だが、ヘルムス様との連携も考えて魔術を切り上げていたジャン様とグレイシア様が、死竜の動き出しを捉えるように片足ずつ魔術で貫いて、地面に縫い留める。
「破滅よ此処に。『いのれるならいのれ』」
「っ!?」
「船よ。粘れ、魔と泡を崩れる間際まで貯め込め。内に秘めたものが燃え尽きるまで捕らえる棺と化せ!」
弾丸が放たれて、死竜の体に撃ち込まれる。
ヘルムス様が水の船の構造や性質を変えて、死竜が逃げ出せないようにすると共に、水であるのに燃焼を邪魔しないどころか促進するようにする。
「ーーーーー~~~~~!?」
闇の炎が噴き出して、死竜の身体を焼いていく。
ジャン様の火と比べ物にならないほどの破壊を秘めた火の前に、死竜の肉体は修復が間に合わず、体の端からボロボロと崩れ落ちていく。
崩壊は体内で曖昧化によって存在しているか分からない状態にされていた魔道具たちにも及び、死竜の闇をワタシの闇が飲み込んで上書きしていくと共に、魔道具の欠片のような物が零れ落ちていく。
「一度ならず二度までも!」
そんな中で死竜が叫ぶ。
「あの時もそうだった! あの時も貴様が邪魔をしてくれた! 三つ目の人間め! よくもまたやってくれたな!!」
ワタシを指さして、睨みつけて、呪詛を吐くように、怨嗟の声を上げる。
どうやら、肉体の大半が失われたことで、逆に痛みを感じなくなったらしく、その言葉は流暢でありつつも、悍ましい……魂に直接響くかのような震えを伴っている。
「だが諦めんぞ! 我は必ずこの世に生きて戻るのだ! それが可能である事も既に実証もされた! 我も! 貴様も! 無明の荒野より戻ってくる事が出来たと証明された以上! 阻まれる事はないのだ! 覚えていろ! 三つ目の人間! 貴様は必ず我が殺してくれる!!」
いや、実際にそれは呪いなのだろう。
微かだが魔力を伴っていて、ワタシに纏わりつこうとして来ている。
「……」
なのでワタシはそれらの呪いを束ね、人間の親指の形にすると、改めて闇で作ったショットガンへと装填。
既に瞳以外は黒い炎に包まれている死竜に銃口を向ける。
「一昨日来やがれ。でもいいですが、敢えてこう言いましょうか。来るなら来い。狩って剥いでやる。ドラゴン素材は貴重ですから」
「ーーー!?」
森に銃声と死竜の声が響き渡る。
放たれた弾丸は死竜の瞳を貫き、間もなく死竜の身体は完全に燃え尽きて、消え去った。
後に残されたのは、燃えている間に体から零れ落ちたのであろう、美しく精緻な装飾が施された白い彫刻品の一部だけだった。




