287:半分腐った獣改め ※
今回は第三者視点となります。ご注意ください。
時は少しだけ遡る。
「ヘルムス様!」
「!? はいっ!」
ミーメの声が森の中へと響き渡り、ミーメの姿が禁忌の森へと消えていく中。
ヘルムスたちはその事実と共に、ミーメが何者かによって攻撃されたことを認識し、その攻撃者がミーメが立っていた場所に居るのも知覚した。
故に、ヘルムスたちは直ぐに動き出す。
「『アクアラム』!」
「『フレイムランス』!」
「『アイスランス』!」
ヘルムスの水の船が、ジャンの炎の槍が、グレイシアの氷の槍が、ミーメを攻撃した何者か……フードを目深に被り、熊の前足のような手を振り抜いた姿勢で硬直している相手に向かって放たれる。
同時に、一番近くに居たヘルムスは直ぐにその場を飛び退き、ジャンは逆に距離を詰め、グレイシアは周囲にこれ以上の不安要素が無いかを確かめた上でダニーに杖の動きで指示を出す。
何者かは攻撃が迫る中、体を動かそうとしなかった。
「『火』『土』『金属』混ざりて溶岩。壁と為れ」
「「「!?」」」
代わりに低い、獣のような声が響き、魔力が放出され、地面から赤熱したマグマの壁が立ち上がり、ヘルムスたちの攻撃を難なく受け止める。
「だったら……火よ、槍よ、幾度も爆ぜて、宙を駆け、壁を貫き、内にある者を砕け! 『ピアシングバーストパイル』!」
「水よ。水よ。浩々と湧き出して。水飴のように粘り。水夫たちの形を為せ。水夫たちの装備を模せ。水夫たちの働きを見せて、我が敵を抑え込め。『スターチセーラー』!」
だが、咄嗟の一撃で仕留められない事など想定済み。
そう言わんばかりにジャンは貫通力に特化した炎の槍を生成すると壁に向かって投げつけ、ヘルムスは後詰の為に水飴のような液体で構成された水飴水夫たちを生成して相手を取り囲む。
「『水』『火』『風』合わさりて爆発。壁を弾とせよ」
「っ!?」
「うおっ!?」
そして、そんな二人さえ嘲笑うかのように、何者かは自ら溶岩の壁を爆破すると、燃え盛る飛礫によって周囲一帯を攻撃。
これにはヘルムスもジャンも咄嗟にその場に伏せ、水飴水夫たちを壁として耐える他なかった。
「くそっ、何者だありゃあ。威力からしてトリニティアイではないみたいだが、明らかに三属性混合にはなってんぞ」
「さて何者だろうな? 肉体については半分腐った獣とやらなのだろうが、中身が明らかに手練れの魔術師だ」
爆発が収まるとジャンとヘルムスは直ぐに立ち上がり、爆発の余波で未だに白い煙に包まれている方に向かって杖を構え直す。
そこへ背後からグレイシアも寄って来て、同じように戦闘態勢を取る。
「グレイシア嬢。ダニーとグレッグは?」
「最も不安を感じなかった方向へと逃がしました。他のニワシガラスたちと協力して、戦闘が収まったら戻ってくるように伝えてあります」
「ヘルムス。ミーメ嬢はどうする?」
「ミーメ嬢なら帰ってこれないとされる禁忌の森からでも帰ってこれるはずです。目印については私が肌身離さず持っていますので」
「ジャン様。ヘルムス様。目標の捕縛は可能そうですか?」
「捕縛どころか討伐できるかも怪しいな。なんなら生存も全力を尽くす必要がありそうだ」
「そうだな。後先の事を考えず、とにかく生き残る事に専念するぐらいでないと、厳しいだろう」
「了解でございます」
そうして、敵に対する警戒をしたまま、素早く情報交換を済ませると、方針を統一する。
「ちっ、傷一つ与えられていないか。複数の属性を扱えるのはいいが、いまいち威力が上がらず、細かい制御も効かないのは、この体の改善するべき点だな」
煙の向こうから、敵が姿を現す。
そこに居たのは、木の葉や草を貼り付けたフードを身に着けた、シルエットだけなら大柄な人間に見えなくもない生物。
前傾よりの姿勢で、ゆっくりとヘルムスたちの方へと近づいてくる。
その両腕は熊のものであり、鋭利な爪と太い筋肉が備わっている。
脚は大型のネコ科動物の物で、しなやかな脚は直立こそ苦手としているが、瞬発力に優れたもの。
顔は三つ目の狼で、額にある三つ目の瞳も含めて、目は忙しなく動くと共に、瞬きの度に色を変えている。
そして、全身に縫合跡があり、その縫い目からは膿のようなものが垂れ流され、微かに腐臭を漂わせている。
ニワシガラスたちの言う半分腐った獣と言う名前通りの化け物であった。
しかし、そのような姿でありながら流暢に人間の言葉を話し、魔術を操る。
獣の肉体と人間の知恵を併せ持っているかのような、そんな立ち振る舞いをしている事こそが、最も異様であり、驚くべき点であった。
「何者だ貴様は?」
そんな半分腐った獣に向けて、ヘルムスが問いかける。
同時に、ジャンとグレイシアがヘルムスから少しだけ距離を取り、半分腐った獣を包囲するような位置取りへと少しずつ移動していく。
「何者かだと? 我を追ってきたのであろう貴様らが、それを知らぬわけが無いだろう」
「だからこそ尋ねている。人間違いだったら困るからな」
「くははははっ! それは確かにそうだ」
森に半分腐った獣の笑い声が響き渡る。
ただそれだけであるのに、存在していてはいけない者に相対しているかのようにヘルムスは感じ、冷や汗が頬を伝う。
「では、名乗ろうか。我が名はシミヒ・アネチック。元光属性の魔術師。今は……そうだな。七属性を操る天才魔術師とでも名乗っておこうか」
半分腐った獣が名乗る。
堂々と、何一つ嘘偽りなど無いと言わんばかりの態度で。
瞳の色を次々に変えながら。
「嘘だな」
それをヘルムスは真正面から嘘と断じた。
「くははっ! だろうな。だが我は事実として七属性を……」
「そちらではない。貴様がシミヒ・アネチックであると言う点の方だ」
「ほう……続けて述べるがいい。人間」
「シミヒ・アネチックは既に死んでいる。それはこちらの調査で確定している事実だ。もしかしたら、貴様の中にシミヒの知識と技術はあるのかもしれないが、少なくとも意思はない。これだけは断言できる」
「くくく、そうか」
ヘルムスの指摘に半分腐った獣は哄笑を上げる。
その姿は、まるでバレてしまったが別に問題ないと言わんばかりの態度だった。
「ついでに一つ言わせてもらうなら。貴様の魔術の技量は、現時点でも明らかにシミヒなど相手にもならない次元で巧みだった。真似をしたいのなら、そこまで真似をしなければ意味が無かったな」
「くははははっ! 確かに! それは確かにそうだった! あの男の技量が我とは比べ物にならないほどに低いものである事は、この体の出来の悪さからも確かであったな! 指摘に感謝しよう! 嘘を吐くならば、そこまで真似なければ意味はなかったか!」
半分腐った獣の笑い声が森に響き渡り続ける。
その声は、何処までも人を見下し、馬鹿にしているかのようで、言葉の内容を問わず、聞く者の多くを不快にさせる響きを伴っていた。
「それで、貴様は何者だ?」
「我か? 我はドラゴンよ。五百年ほど前、この地で貴様らの祖に討ち果たされ、無明の荒野に落とされた闇のドラゴンよ。個としての名前はない。ドラゴンが個としての名前を持てるのは、特別な域に至った者だけの特権だからな。ああだが、我はある意味ではその域に至ったか。ならば、折角だし名乗らせてもらおう」
半分腐った獣が仰々しく、だが、ヘルムスだけでなく、ジャンとグレイシアの二人への警戒も疎かにしないままに名乗りを上げる。
「我が名を呼びたくば、死竜、と呼べばいい。死を征服せし竜。と言う事だ。そう……幾度死そうとも、我は必ず舞い戻る。闘争とは、つまるところ、生者である事こそが勝利の条件である。生き延びる事こそが我が本懐と言う事よ。くくくくくっ」
「生き延びる事……か」
「ああそうだ。だからこそ貴様らは決して逃さず、この場で喰らって我が糧としてくれる。なにせこの体、前回と違って作り手の腕が悪く、そこまで長くは保たなそうなのでな。あるべき肉体を急いで得なければならん。では……」
半分腐った獣……死竜が一歩踏み込む。
ヘルムスも、ジャンも、グレイシアも身構える。
「『肉体』『金属』『火』重ねて溶断。切り裂け!」
そして死竜は自身の爪を赤く輝かせると、ヘルムスに向けて飛び掛かった。
09/05誤字訂正




