284:四日目 異常な森
「四日目でございますね」
「そうだな。四日目だ」
「ワタシとしては今日中にイアキレミを捕まえたいところですね」
「ミーメ嬢に同意します。帰り道も考えると、今日中の進展を望みたいところです」
「俺としても、そろそろ王都が恋しいので、はい」
「カアッ!」
グロリベス森林に入って四日目の朝。
ワタシたちは朝食を摂りつつ、お互いの状態を確認していく。
グレイシア様、ジャン様、ヘルムス様については問題なし。
だが、グレッグさんは少々疲れ気味で、ダニーは元気だがやる気が微妙な感じになっている。
この辺は基礎体力、環境への慣れ、戦闘能力、ストレス耐性などが総合的に影響しての事だろう。
なお、ワタシは元気いっぱいである。
「……。昨日も言いましたが、イアキレミがニワシガラスたちの言う禁忌の森へ入ってしまっていたら、その時点で捜索は切り上げ、脱出します。また、今日で決着がつかなかった場合も脱出しましょう。別の方法を考えるべきでしょうから」
ワタシの言葉にヘルムス様たちが頷く。
「では、出発しましょう」
そうしてワタシたちは簡易拠点を引き払うと、イアキレミたちが居るであろう方角に向けて、ダニーの案内で移動を始めた。
「「「……」」」
「ダニー。此処はまだ、禁忌の森ではない。のですか?」
「カァッ!」
そして、一時間もしない内に、ワタシたちは閉口する事になった。
あまりにも想像外の光景であったために。
その森は蠢いていた。
比喩でも何でもない。
地面がスライドと隆起陥没を繰り返し、木々が目に見える速さで捻じれて伸び縮みし、緑色以外の草や複雑な模様を持つ花が普通に生え、魔物とすら思えない怪しげな声が響き渡り、大気中の魔力が霧のように漂って見えている。
まるで、巨大な魔物の体内がその先に広がっているようにすら思えた。
「深層はまだ森だったんですね」
「そうですね。多少空間の繋がりがおかしいだけで、深層は森でした」
「いやいや、此処が禁忌じゃなければ、何が禁忌になるってんだよ」
「同感でございます。ミーメ様、もうここで引き返すのも手ではございませんか?」
「……」
正直、グレイシア様の意見に従ってもいいんじゃないかなと言う思いはある。
ただ、見た目がヤバいので逃げ帰って来ましただけでは、流石に不義理と言うものだろう。
「少し試します。行け、闇人間」
ワタシは複数体の闇人間を生成すると、森へと突入させる。
そして、動く地面、伸び縮みする木、その辺の草花、響いている謎の音、霧のように見える魔力などに干渉させていく。
今回生み出した闇人間は、グレッグさんと同程度の耐性や能力を持たせたものなので、この闇人間が耐えられない=グレッグさんも耐えられないと言う事になる。
それは撤退するには十分な理由だろう。
「……。あー、困った事に、見た目だけ、ですね」
「見た目だけ、とは?」
「どうやら、外から見ている分には色々とおかしくなっているだけで、中に入ってしまえば、普通に歩けますし、触れます。草や霧に毒性の類があるわけではありません。少なくとも、人間が生存するに当たって、即時の悪影響はないと断言できます」
「「「……」」」
「つまり、行くしかありません。はい」
たぶんだが、ワタシの顔もどちらかと言えば行きたくないと言う顔になっていると思う。
ジャン様、グレイシア様、グレッグさんの顔も、そう言う感じである。
生存に悪影響が無いと聞いて、やる気が出ているのはヘルムス様くらいだ。
「ただ、何があるのかは分かりませんので、細心の注意を払って進みましょう。怪しいと感じた時にはすぐに立ち止まり、声を上げて下さい」
「分かりました」
「了解でございます」
「だな」
「はい……」
「カアッ!」
そんなわけで、半分くらい渋々と言った顔で、ワタシたちは異常な森の中へと立ち入っていく。
「確かにおかしな感じはしないな。普通に息も出来るし、歩ける」
「不思議な気分ですね。外から見た時はアレほどおかしかったのに」
入って直ぐ、ワタシは周囲の警戒をさせるべく、複数の闇人間を展開。ワタシたちの前後左右を歩かせるようにする。
これで、何か異常があっても、まずは闇人間が引っ掛かるはずだ。
また、普段は敢えて抑え気味な属性感知も全開にして、『闇』『魔力』『人間』でおかしなものがあれば、直ぐに気付けるようにしておく。
『万能鍵』は……まあ、こう言う時に使える属性ではないのでね、はい。
「これは……」
そうして属性感知を広げたからこそ気付く。
やっぱりこの森は異常な空間であると。
「ミーメ嬢、どうかされましたか?」
「その、ヘルムス様。そこの四本の木に囲まれた空間があるじゃないですか」
「ありますね。そこがどうかしましたか?」
ワタシが指さした先には、何の変哲もない木が生えている。
木の間からは、その先の空間も見えている。
何もおかしなところはない。
だが、ワタシの闇属性感知は告げている。
「そこには闇しかありません」
「ミーメ嬢。仰っている意味が……」
「そのままの意味です。光が射しているように見えますが、闇しかありません。いえ、そもそも柱のように何かが詰まっていますね。なんと言えばいいのか、侵入不可能な空間がある。とでも言えばいいのでしょうか? とにかく、見えている物と、実際にある物が一致していないようです」
「「「……」」」
ワタシの言葉にヘルムス様たちも同じ場所へと視線を向ける。
そんな中、ワタシは闇人間をその場所へと向かわせてみて、詳細な観察を試みる。
「やはり入れませんね。まるで、極めて精緻な書割が描かれているようです」
「なるほど。異常ですね」
「はい、異常です」
闇人間で触れてみた限り、四本の木で角取りをしたような柱がある、そんな感覚だった。
だが、鼻先が触れるほどの距離にまで近づいても、そこに入れない空間があるとは感じられないぐらいに、見えている物から違和感は感じる事が出来ない。
そして、壁の向こうには闇しかない。
まるで、この壁で空間が途切れているようだった。
「ミーメ様。わたくしの『不安』属性は、この空間全体の安定性に揺らぎを感じているようです」
「なるほど。つまり、それだけ空間が歪んでいる。と言う事ですね」
「恐らくはそう言う事かと」
そこへグレイシア様が意見を出してくれる。
なるほど、ある意味当然と言えば、当然なのだけれど、この場は深層以上に空間がおかしくなっていて、それ故に不安定でもある。と言う事なのだろう。
「あー? ヘルムス? 俺っち、何を言っているのかは分かるんだが、どうしてそんな事になっているんだ? そっちがまるで分からねぇ」
「私も分からない。だが、順当に考えるのであれば……恐らくだが、此処がグロリベス森林の深層と言う空間の拡張作業をしている最前線なんじゃないか? 開墾したばかりの土地は何かと不安定だ。だから同じように……」
「新たに空間を作り出しているこの場も不安定になっているってか? 納得できる理屈ではあるが、トンでもねえな」
「そうだな。極めて異常なのは間違いない」
ヘルムス様たちの会話が聞こえてくる。
なるほど、深層を広げている最中、か。
それは確かにありそうな話だった。
それならば、これほど異常な空間であっても、納得できると思う。
ニワシガラスの案内が無ければ、辿り着けないくらいに厳重に守られた空間と言うのも、その考えの傍証になるかもしれない。
「ヘルムス様、皆さん。そろそろ進みましょう。何時までも此処に居ても仕方がないので」
「そうですね。私たちの目的は別にあります。なので進みましょう」
「了解でございます」
「だな」
「……よしっ」
「カアッ!」
ワタシたちは、異常な森の中を進み始めた。




