283:イアキレミ・ノセルフとは ※
今回は第三者視点となります。ご注意ください。
「それでは失礼いたします」
「うん。ご苦労様」
この日も、宮廷魔術師長の部屋には多数の書類が届けられていた。
宮廷魔術師長はそれに素早く目を通していき、処理する順番を決めていく。
そんな中、宮廷魔術師長は一つの書類に目を留めて、最優先で精読する事にした。
そうして精読した結果……。
「あー……あの領地は本当に……何でまだまだ出てくるのかなぁ……」
思わず天を仰ぎ、ぼやき、眉間を揉み解すような動きをせざるを得なかった。
「アナタ~。アルコールが必要なのだけれど~……何があったのかしら~?」
「そうだね。何かはあったよ。まあ、既に終わった事でもあるし、ちょっと遅い情報でもあるんだけどね」
「あらあら~あそこは本当に困った物ねぇ~」
ユフィールは宮廷魔術師長から書類を渡されると、素早く読み込んでいく。
そして、読み終えると共に、頬に手を当てて、困ったと言わんばかりのポーズと共に溜息を吐く。
二人が読んだ書類は、イアキレミ・ノセルフと言う女についての調査資料だった。
イアキレミについては、シミヒに従って行動し、その行為を手助けしていた精神属性の魔術師であり、現在は半分腐った獣と共にグロリベス森林の深層に居る。程度しか確定した情報が無い女である。
だが、イストフィフス侯爵領に留まり、各種調査をしていた『渦潮の魔術師』ロロシカによって、遂にイアキレミに関する情報が得られ、こうして王城に届けられたのだった。
「まあ、イアキレミがイストフィフス侯爵領出身だったのは、推定されたシミヒとの関係性と付き合いの長さを考えれば、おかしな事では無いね」
「そうね~。問題は出身地であるノセルフ村とやらね~」
イアキレミはイストフィフス侯爵領の中でも辺鄙な位置にあるノセルフ村の出身であった。
あまりにも辺鄙だったため、王城によるイストフィフス侯爵討伐作戦においても、宮廷魔術師は赴かず、騎士と魔術師が数名派遣されて、監視されるだけに留まったぐらいである。
犯罪行為に関わった形跡もなく、保有する戦力も大したことが無い物だったため、それで十分だったのだ。
だが、戦後に派遣された騎士と魔術師が帰って来て、彼らの報告を受けて正式な調査が入った事で、ノセルフ村の異常性が浮き彫りになった。
「人間を飼っている牧場。なんて表現が出てくるとは思わなかったわ~」
「まったくだね。恐ろしい事この上ない」
ノセルフ村で自己意思を持っていると言えたのは、村を治めるノセルフ男爵だけだった。
他の人間はノセルフ男爵の精神属性魔術によって、男爵の指示に従うだけの人形にされていた。
結果、表面上だけ見れば誰もが笑顔の理想的な村、しかし、その実態は全てが男爵の意思によってコントロールされている異常な村と化していたのだった。
当然のことながら、このような事は許されるものではない。
その為、既にノセルフ男爵は処分されている。
しかし、人形にされてしまった村人を元に戻す方法は見つからず、ノセルフ村は廃村されることが既に決定されたとの事。
「だが納得は出来た。父親からやり方を教えられたのなら、娘であるイアキレミも同じような魔術を使えるのは何もおかしな事ではない」
「そうね~。ただ~、そんな魔術を教わった割には~イアキレミ本人の意思が薄弱そうなのよね~。やっぱり父親のせいかしら~?」
「だろうね。教えられた事、指示された事以外はしないように、育てられてしまったのだろう。かといって、彼女がやっている事を考えれば、見逃す事など出来るわけないのだけど」
イアキレミはノセルフ男爵の娘だった。
残された記録から読み取る限りでは、数年前、ノセルフ男爵によって、イアキレミはイストフィフス侯爵に献上されたらしい。
献上理由は不明だが、もしかしたら、ノセルフ男爵はイストフィフス侯爵すら傀儡にする事で、侯爵領の乗っ取りでも考えていたのかもしれない。
あるいは、シミヒを増やしたのと同じ要領で以って、実質的な不老不死を得る手段の一つとして、イストフィフス侯爵が求めたのかもしれない。
しかし、今となっては、その辺りの真実は不明である。
「ただ……」
「ただ~?」
確かな事として言えるのは、イストフィフス侯爵はイアキレミをシミヒに渡し、ノセルフ男爵には罰も褒美も与えられなかった。
これだけである。
その後、シミヒの下でイアキレミは助手として活動。
シミヒの実験対象となった人間や魔獣に必要であれば魔術を行使し、対象の意思を不可逆的に奪うなどの、非人道的作業に従事。
シミヒがイストフィフス侯爵領から逃亡する際にも同行。
今に至るようであった。
「これらの情報を今得ても、この情報を必要とするであろうミーメ君たちに伝える方法が無いんだよねぇ。いやはや、残念で仕方がない」
「それは確かに残念ね~。この程度の魔術師だったら~何があってもミーメちゃんたちが負ける事はない、私たちがそう安心する事は出来るけれど~」
宮廷魔術師長は残念そうにしつつ、グロリベス森林がある方向へと顔を向ける。
ミーメたちがグロリベス森林の深層に向かって既に三日。
森の外に居る人間が出来る事は、無事に帰ってくるのを祈る事くらいだった。
「しかしアレだね。イアキレミは私心がないのではなく、そもそも自分と言うものを持っていない人間だったとは。そこは思ってもみなかった」
「そうねぇ~。でも~自分が無い子って仕事において使い物になるものなのかしら~?」
「吾輩たちがするような仕事になると厳しいものがあるだろう。だが、シミヒがしているような仕事なら、自分が無いのは、むしろ都合が良かったのかもしれない。自分が無いのなら、裏切る心配もないわけだからね」
「犯罪者にとっては都合が良かったと言う事ね~悲しい話だわ~」
得るべき情報は得られた。
そう判断した宮廷魔術師長は、イアキレミの書類を片付けると、他の書類に目を通し始める。
ユフィールも、宮廷魔術師長の蓄えているアルコール類の中から、自分が求めている物を見定めていく。
「あら~? でもそうなると~、今のイアキレミは半分腐った獣とやらに従っている事になるのかしら~?」
そんな中で、ユフィールは思いついたことを呟く。
「ん? それはまあ、そうだろうね。資料を読む限り、イアキレミは自分の意思を持っていない。半分腐った獣とやらにシミヒを一度入れたのも、事前にシミヒからそう指示を受けていたからだろうし」
「でも~、シミヒのような人間なら~、イアキレミには自分の指示以外は聞くな。ぐらいは言ってそうな気がするのだけど~」
「それは……ありそうだね。そうなると……イアキレミは、半分腐った獣の中にまだシミヒが居ると思っているのかもしれない。吾輩たちはディム君の魔術で、シミヒが死んでいる事を知っているが、イアキレミはそれを知らないだろうから」
「ん~……あるいは~今の半分腐った獣がシミヒの真似をしているのかしら~?」
「それも……あるかもしれない。その場合だと、積極的に妨害と抵抗をしてくるだろうね。まあ、ミーメ君たちにとっては、大差ないだろうけど」
「抵抗するのは元からだものね~」
イアキレミがシミヒの死に気づいていようが、気づいていなかろうが、大差はない。
宮廷魔術師長の言葉にユフィールは納得すると、アルコールの選別に視線と考えを戻す。
実際、大差はない。
イアキレミがシミヒの死に気づいていても、いなくても。
宮廷魔術師長たちが得た情報をミーメたちが知っていても、知らなくても。
そう、半分腐った獣の中身が何であるかと、グロリベス森林の深層と言う場所の特性を考えれば、そんなものは誤差の範疇でしかなかった。
はずだった。
09/01誤字訂正




