282:『魔力』の気づき
「ふぅ。美味しかったですね。ヘルムス様」
「ええ本当に。食材の質だけなら、普段よりも今のが良いのは間違いないでしょう」
本日の夕食は、道中狩ったハイギョの魔物の肉をぶつ切りにし、同じく道中で採取した香草と一緒に煮込んだ物になった。
グロリベス森林の深層に生息しているだけあって、その身は魔力に満ちていて、香草の味わいも含めて、非常に美味な逸品だった。
その味にはワタシ以外の面々も満足し、ヘルムス様曰く、少し手を加えれば、収穫祭などの祭りや、晩餐会などの凝った料理を出すべき場でも通用するとの事だった。
「それでヘルムス様。空を見る限りでは、此処は何処になるのですか?」
「そうですね……。空の星を見るだけなら、私たちは既に王都を通り過ぎているくらいには移動しています。森の中で歩いているにしては、中々に距離を稼げている方ではないかと」
「なるほど」
そうして夕食を終え、昨日のような天竜の襲撃もないとなれば、後は明日に備えて交代で眠るのみである。
と言うわけで、昨日と同じようにヘルムス様が水の船を作り、グレイシア様たちは船倉で就寝中。
ワタシとヘルムス様は甲板に出て、周囲を警戒しているのが現状である。
「ミーメ嬢は以前、三日三晩、闇人間で深層を駆け続けたと言っていましたが、その時にはどちらの方角へ?」
「うーん、あの時は当てもなく彷徨っている状況だったんですよね。なので方角とかは特にないです。そして、あの時と今を比べると、今の方が奥へ進めている気がしますので……。もしかしたらですが、グロリベス森林の深層は特定の手順を踏まなければ、一定距離より先へは進めないようになっているのかもしれません」
「なるほど。深層と浅層の境界と同じような、空間に作用する魔術がまた別に仕掛けられているわけですか」
「はい。恐らく、ですが」
魔物が近づいてくる気配はない。
なので、ヘルムス様とワタシは雑談を続ける。
まあ、仮に近づいてきても、先に襲われるのは『人間』属性をふんだんに込めた囮の闇人間と言う状況にはしてあるし、グレイシア様の魔術で氷の逆茂木も仕掛けてあるからこそのゆったり具合である。
そんな状態なので、話をしているのも、眠らないため、と言うのが大きい。
「そう言えばミーメ嬢。スライムの時に私が使った魔術は如何でしたか?」
「アレは……素晴らしいものだったと思います。簡単にスライムを倒す事が出来ていましたので」
だからこそ、触れるかどうか迷うような話題が出てきたら、返事をしないと言う選択肢は無かった。
「そうですか。あの魔術ですが、スライムたちの身体となっている水。アレにスライムたちが行っているのが、自分の属性を生かした消化作用を付与する魔術だけであると気づいたからこそ、出来たものでした」
「ヘルムス様の言い方から察するに、そんなに難しい魔術ではなかった。と言う事ですか?」
「ええ、その通りです。普通の魔物の体に干渉をするならば、もっと難しいのですが、スライムの身体は限りなく水そのものだったのでしょう。本当に簡単に変形させる事が出来ました」
「なるほど」
ヘルムス様は『魔力』属性に気が付いているのだろうか?
気が付いていないのだろうか?
顔色や声音から窺う事は出来ない。
逆にワタシは変な表情や挙動になっていないだろうか?
出来る事ならば、『魔力』と言う属性には自分で気が付いて欲しいと思っている。
そうでなければ、結局、トリニティアイの持つ力を御しきれなくなってしまうだろうから。
「そして、途中からはもっと楽になりました。一つ試してみた事があるからです」
「と言いますと?」
ヘルムス様と目が合う。
真剣な表情でワタシの顔を見ている。
だからワタシは、出来る限り無表情を取り繕う。
「周囲の空気中にある魔力を巻き込んで、魔術に利用しました」
「……。何故そんな事をしたのかお聞きしても?」
「大した理由はありません。グロリベス森林の魔力の濃さ、スライムが体を維持するのに使っているのが魔力である事、そう言った物を見ていて、だったら周囲の魔力も利用すれば、多少なりとも楽を出来るか、威力が上がるか、それぐらいは出来ると思った程度です」
「そうですか」
「ただ、成果は劇的な物でした。そうですね。感覚的な物ですが、普段の四倍は出力が出ていたと思います。おかげで、簡単にスライムの核を壊す事が出来ました」
ヘルムス様が右手を、自身の胸の前へと持ってきて、手のひらの側を空に向ける。
そして、魔力が動き、ヘルムス様の右手が魔力を帯びる。
「そこまでして、気が付きました。魔力もまた属性であったのだと」
ヘルムス様の手の上に球体が浮かび上がる。
歪で、蠢いていて、粗密で、雑な、けれど純粋な、ヘルムス様の魔力だけで構築された、球体であった。
それを見て……
「ほっ……」
ワタシは安堵の息を吐いた。
そこまで気が付いたのなら、もうワタシが隠す必要は無いのだから。
「ミーメ嬢。これがトリニティアイに至るために必要な物。と言う事でよろしいですか?」
「はい。それで合っています。ヘルムス様。第一属性に目覚める前からワタシたちが使える属性、『魔力』。それこそが、トリニティアイに至るために必要な物です。とは言え、気が付いただけでは、まだ最初の一歩でしかありませんが」
「そうでしょうね。私は今、魔力の球体を生成し、操作と変形で以ってこの場に留めている状態なのですが、それだけでも極めて難しい。直ぐに霧散してしまいそうですし、『水』が混ざるか、変わってしまいそうなぐらいです。と、すみません。少し疲れてきたので、消させてもらいます」
ヘルムス様は魔力の球体を消すと、肩で息をし始める。
ワタシはそれを見て、自分も気が付いてすぐの頃……十歳ごろの話だが、その時はヘルムス様と同じような状態だったなと思い出して、少しだけ笑う。
「これはあれですね。長年使っていなかったので、魔力を『魔力』属性として出すための器官が錆びついているような感覚があります。この分だと、習熟にはそれなりに時間がかかりそうです」
「実際、時間はかかると思います。ワタシがトリニティアイになったのは、『魔力』属性に気が付いてから二年ほど経った頃でしたので」
「なるほど。例え気が付いても一筋縄ではいかない訳ですか。流石はトリニティアイであり、ミーメ嬢としか言いようがありませんね」
「そこでワタシが入ってくるのはどうかと思いますが……。一筋縄ではいかない点については同意します」
トリニティアイになるためには、『魔力』、第一属性、第二属性、それぞれの八顕現全てを使った全力の魔術の行使が必要になる。
もしかしたら、他にも方法があるのかもしれないが、少なくともワタシの持つ『人間』属性は、条件をそう認識している。
ただ、その全力での行使は、論理だけ組み上げても出来るようなものではなく、技術も相応に必要になる。
少なくとも、一属性魔術と比較して、出力が27倍になる魔術を安定的に扱えなければ、話にならないだろう。
だから、ヘルムス様がトリニティアイになれるのは、まだまだ先の事になるだろう。
「それでヘルムス様。分かっているとは思いますが」
「分かっています。ジャンには申し訳ないと思いますが、他の誰にも話す気はありません。『魔力』もまた属性と言うのは、トリニティアイになるために必要なものと言う点を除いても、少々刺激が強い情報ですから」
「はい、ありがとうございます」
そう言うと、ヘルムス様は『水』と『魔力』の二属性で、水の球体を作り出す。
その大きさは、明らかに二属性を混ぜた大きさのものだった。
そう、『魔力』もまた属性、加えて、第一属性に目覚めた者は必ず『魔力』にも目覚めている、そして、魔術は含む属性が増えるほどに出力が爆発的に増加していく。
この三つの情報から導き出される事として、『魔力』属性に気が付いた人間は、第二属性に目覚めていなくても、二属性持ちのような出力の魔術を行使できてしまうのだ。
それは宮廷魔術師と同等の魔術を使える人間がそこら中に溢れ出てしまうと言う話でもあり、国の平穏と言う物を考えたら、無視し難い話だった。
「ヘルムス様。この先の道行きも険しいものになると思いますが、それでも歩んでくれますか?」
「勿論歩みますとも。道が開けたのですから、道の先に居るミーメ嬢の隣に立つためにも、私は進み続けます」
「はい。その時が来るのを待っています」
ワタシはヘルムス様に向かって手を差し伸べる。
ヘルムス様はワタシの手を取ると、その甲に軽い口づけをした。
と言うわけで、ヘルムスは『魔力』に気づきました。
気付きましたが、トリニティアイになるための道程は、此処からがある意味で本番です。
なにせ、大抵の魔術師にとって、『魔力』属性と言うのは、一日未満しか扱った事の無い属性であり、資料も碌に無い属性なのですから。
と言うわけで、ヘルムスがトリニティアイになるのは、どんなに早くても数年後です。
(そもそも魔術に専念できる環境に居た平民時代のミーメですら二年かかっているぐらいには大変な事なんですよ。これ)




