280:三日目 沢山の水たまり
「これは……湿地帯でしょうか?」
「違うと思います。湿地帯にしては、周りの地面が湿っていないので」
グロリベス森林の深層に入って三日目。
簡易拠点を引き払ったワタシたちは、今日もダニーとグレッグさんの案内に従って、森の奥に向かって移動していた。
そして、本日最初の妙な場所として現れたのは、無数の水たまりだった。
サイズは大小様々、水は澄んでいて、水たまりに浸かっている草はどことなく元気がない。
うん、怪しい。
ついでに言えば、ワタシたちが居る場所の地面の湿り具合は普通で、昨夜も今も雨は降っていない。
この上なく怪しい。
「不安も感じますので、スライムでございますね」
そんな事を思っていたら、案の定と言わんばかりに、グレイシア様が正体を看破してくれた。
スライムと言うのは、体のほぼ全てが水で出来ている魔物の事で、体内に取り込んだ物体を消化吸収する事で生きている魔物である。
「スライムか。この数と大きさは俺っちも見た事ないな」
「ジャン、それを言うなら、聞いた事もない。じゃないか? 今見えている水たまりが全てスライムなら、だが」
なお、スライムはどちらかと言えばスカベンジャー……つまりは掃除屋と呼ぶべき食性の魔物。
そして、並のサイズなら対処法……核を壊せば死ぬと知っていれば、子供でも容易に狩れるくらいに弱い魔物でもある。
ただ、これらの情報には全て、グロリベス森林の外では、と言う但し書きが付くので……油断はするべきでは無いだろう。
「警戒して進みましょう。ワタシもこの森の中でスライムには遭った事が無いので、どんな生態になっているか分かりません」
ワタシは下半身だけの闇人間を出現させると、その上に乗る。
同様のものをグレッグさんの足元にも出現させて、乗ってもらう。
「そうですね。トレントの例もあります。大きさもおかしいですし、警戒するべきでしょう」
ヘルムス様は小さめの水の船を生み出すと、それに乗り込んで宙に浮かべる。
「同意でございます」
グレイシア様は見た目だけなら不安定そうな氷のスパイクを足裏に生やすと、器用にバランスを取って立つ。
「こういう時ばかりは俺っちの第一属性が『火』じゃなくて、『土』辺りだったらな、と思う所だな」
「ジャン様の分も闇人間を出しましょうか?」
「いや、いざって時に自分で好きに動けないのは困るから、このままでいく。普通のスライムと同じ生態なら、ちゃんと常駐防御を張った上で、水たまりに触れないようにしていれば、それで大丈夫だろ。襲われても対抗策はあるし……。駄目だった時は悪い、ミーメ嬢、助けてくれ」
「分かりました」
流石に火の槍で竹馬のようにする。と言うのは無理があるらしく、ジャン様は水たまりに触れないように移動するようだ。
「では移動を……」
「ミーメ嬢!」
ただ、こうしてそれぞれに対策を考えて、話していたからだろうか。
状況の変化に気づくのが、少しだけ遅れた。
気が付けば、ワタシたちは水たまりたちに取り囲まれていた。
水たまりはどれも体を構築するべく魔力で膜を作っていて、スライムである事は明らかだった。
そして、ワタシたちの足元、それまでは普通の湿り具合であった地面から急に水が湧き出し始め……。
「ーーーーー~~~~~!」
まるでハエトリグサのように、ワタシたち全員を包み込むように水が飛び出してくる。
「『ファイアファランクス』!」
「無規則に凍りなさい。『ランダムフリーズ』」
だが、その水がワタシたちにまで届く事は無かった。
ジャン様の生み出した炎の槍たちが周囲に向けられる事で触れた水は蒸発して、それ以上近づく事は出来ず。
グレイシア様の魔術によって、周囲に形や密度が一定でない冷気が放出されて、それに触れてしまったスライムの身体が凍り付く事で、牽制する。
「闇人間!」
「ー!?」
この間にワタシは地面の下の闇を精査し、捉えたスライムの核に向かって闇人間の手を伸ばし、掴んで、握り潰す。
そうする事で、ワタシたちを取り囲んでいた水はただの水に戻り、崩れ落ちる。
「「「ーーーーー~~~~~!」」」
しかし、スライムたちの中でも強力であったであろう個体が討たれたためか。
あるいは、元よりそう言う生態であったのか。
ワタシの行動を契機とするように、他のスライムたちも水たまりの状態ではなく、それぞれに個別の……球体、立方体、円筒、狼、マンドラゴラ、芋虫などの形を取って、ワタシたちに向かってくるようになる。
総数は……百は優に超えている。
「どうやら、ワタシたちの気遣いは意味が無かったようですね。ただ、殲滅をしていたら、他の魔物も寄ってきますので、この場は突破を優先します! グレッグさんは案内を!」
「了解! 炎よ! 騎馬槍の形を取りて、激しく燃え上がりながら突撃せよ! 『フレイムランスチャージ』!!」
「冷気の範囲を広げる事で、足止めを行います」
「わ、分かりました!」
うん、マトモにやり合っていたら、日が暮れてしまう事だろう。
そう判断したワタシは強行突破を決断。
ジャン様が進行方向に向かって炎の槍たちを放って、スライムたちを轢き倒し、グレイシア様が冷気の範囲を広げて、スライムたちの動きを鈍らせたことを確認すると、移動を開始する。
勿論、ワタシも闇人間を放って、進路上及び近くに居るスライムの核を片っ端から握り潰して倒していく。
「……」
「ヘルムス様? どうかしましたか?」
「ミーメ嬢、少し試してみます。水よ、船の形を取りて、衝突しあえ。『アクアボートズ』」
「「「!?」」」
そんな中、ヘルムス様も魔術を行使。
すると、複数のスライムの身体が突如として船の形になり、船首部分にスライムの核を強制移動。
その上で、核同士が勢いよくぶつかり合って、割れていく。
当然そんな事になれば、スライムにとっては致命的である。
「上手く行きました。こちらの方が簡単に始末出来るので、私はこれで対処しましょう」
「えっ、ちょっ、ヘルムス!? お前何やっているんだ!?」
「スライムたちが属性感知抜きでも分かるくらいに不安を覚えていますね」
「……」
しかもこの魔術。ヘルムス様にとっては本当に簡単な魔術であるらしく、ワタシの闇人間と同じかそれ以上の速さでスライムたちを始末していっている。
あーうん、何故出来ているのかは分かる。
「ジャン、そこまで驚くような事じゃない。どうにも、スライムの身体は本当にただの水で、形を保っているのはただの魔力らしい。だから、水属性を含む第二属性持ちなら、直接干渉出来る。それだけの話だ」
「マジかよ。あーでも、よく見てみると、確かに核の色は藍色以外が殆ど……。確かに水属性は使っていないんだな」
「不思議な話でございます。水の身体なのに、水属性ではないとは」
「……」
ヘルムス様の言う事をもう少し噛み砕くなら。
スライムたちは魔力属性を使って、膜のような物を作り、それで全身を覆う事で、体を維持しているのだ。
そして、それぞれの第一属性で身体を構成している水に消化作用などを持たせている。
だから、ヘルムス様の言う通り、『水』込みの第二属性持ちなら、干渉出来て当然ではあるのだ。
スライムの魔力量は体積次第だが、そこまで多い物でもないし。
とまあ、ワタシはこうして答えを知っているのだけど……第零属性『魔力』については、出来る限り秘匿すると決めているので、驚いている風を装ってのノーコメントである。
ただ、何時までも何も言わないのもおかしいので、そろそろ口を開こう。
「この群れ。出来る事なら帰り道に遭遇したかったですね。スライムの核は魔道具に使えると聞いていますので」
「それは分かります。大量の水を作る魔道具の一つくらいは作れたでしょうね」
「今手に入れても、嵩張るだけだもんな。食えないし」
「帰り道に遭遇できる事を祈りましょう。ミーメ様」
まあ、勿体ない精神を明らかにするだけなのだけど。
これで誤魔化せるかは……ちょっと分からない。
いや、誤魔化せなくても問題は無いのかもしれないけれど。
うん、魔力属性に気づいて、研鑽を積み始めるのは、トリニティアイになるためにも必要な事だし。
答えになってしまうので、明言は出来ないけれど。
「カアカアッ」
「ああそうだな。やっぱり、宮廷魔術師って普通の人じゃないんだよ。ダニー」
なお、何故かグレッグさんはこの間、何かを諦めたような目をしていた。
しかし、道案内はしっかりとしてくれたので、ワタシたちはスライムの群れを切り抜けつつ、森の奥へと向かえたのだった。




