278:意地悪な竜
「もしかしたら既にご存じかもしれませんが。天竜殿の住処に入り込んだと思しき人間、クレンビク・フォン・アイアマインについてです」
「ふむ。詳しく話せ」
ヘルムス様と天竜が話しているが、それを横で見ているワタシとしては、もしも天竜の気を損ねてしまったらと思うと、気が気でない光景だった。
だが、ヘルムス様は気にした様子も見せずに話を続ける。
「詳しくと言われても、大した情報はありません。こちらの調査では一年ほど前に、クレンビクは我が国の北にある魔境へと旅立ち、以後、消息不明である。と言う情報しかありませんので」
「ふむ。一年前か。そして消息不明……」
クレンビクの状況は、普通なら死んでいると判断される状況である。
天竜もそれを分かっているのだろう、たぶん、思案顔をしている。
猫の表情には詳しくないのでよく分からないが。
「突発的な事故や病気の類ならば致し方なし。しかし、そうでなければ、ワガハイの住処に辿り着くほどの男がこの国の北にある魔境程度で死ぬとは考え難い。となれば……辿り着いたか? それならば、一年どころか帰ってくるまで数年かかってもおかしくは無かろうな」
「辿り着いた?」
「……」
天竜の言葉にワタシは首を傾げ、今度はヘルムス様が考え込む。
だが、天竜が答え合わせをしてくれる事は無かった。
「おっと、これ以上はワガハイの口からは言えないな。未知とは至上の脅威の一つ。それを人間が楽しむ機会を奪ってしまうなど、あまりにも勿体ないからな~」
天竜は実に楽しそうに笑っている。
おのれ、脅威ジャンキー。と言う言葉は飲み込んでおく。
それに察しは付く。歴史的な物も考えれば、決してあり得ない事でも無いだろうし。
「人間よ。他には何かあるか?」
「後はそうですね……。天竜殿の鱗を魔道具に加工した魔道具職人ですが、『アーティスト』と呼ばれている事までは分かりました。ですが、『アーティスト』そのものについては、これ以上の情報はまだありません」
「おおっ、そちらの件か。そちらの件なら、宮廷魔術師長とやらの所で、ワガハイの鱗製ではなかったが作品を見せてもらったぞ」
「おや、そうでしたか」
追及できるはずもないので、ヘルムス様は別の話を始める。
だが、天竜は『アーティスト』については既に知っていたらしい。
ちなみに、ワタシとヘルムス様は概要や彫刻の模写は知っていても、実物を見た事はない。
ウェルフの時の奴は、ワタシが『はいよるもの』で砕いてしまったので、見る機会が無かったのだ。
「うむ。ワガハイが見た『アーティスト』の作品は、見た者の気持ちを明るくすると言う絵画であったのだが、あの絵からは畏敬の念を感じた」
そう言う天竜の顔はどうしてか誇らしげなものだった。
「そして、だからこそ分からなかった。あれほどの畏敬の念を絵に込められる者が、ワガハイの鱗が秘める力に気が付かぬ物だろうか? 価値の分からぬ愚物に渡すのだろうか? とな」
「それは……なんだか妙な事になりますね」
「だろう?」
だから、続いた天竜の言葉に、ワタシも同意せざるを得なかった。
ただ、その意味合いは天竜のそれとはちょっと違う。
ワタシは『アーティスト』の作品が古物商経由で流れている事は知っている。
なので、『アーティスト』の中に手癖が悪い者が居たり、単純に盗まれていたり、とにかく即金が必要だったり、と言った事情があったのだと思っている。
しかし、天竜……つまりは人間でないものにすら分かるほどの畏敬の念を絵に込められるほどの芸術家ならば、もっと表舞台に出てくるのでは? と言う疑問をワタシは抱いていた。
そう言う方針であると流してしまえば、それで終わりなのかもしれないが……ちょっとおかしいように感じた。
「天竜殿。その辺りは人間だからこその事情もあります」
「ふむ。説明せよ」
「分かりました」
ヘルムス様が、さっきワタシが内心で考えていた事の一部を天竜に説明していく。
「集団?」
「ええ、込められている属性から、複数人であると判断していますが……どうかされましたか?」
「いや、何でもない」
ただ、その説明の中で一度だけ天竜がおかしな反応を見せた。
『アーティスト』が芸術家の集団であると言う部分に対して、どうしてか、少しだけ納得が行っていないような表情を見せたのだ。
もしかして……そう言う事なのだろうか?
いや、そう言う事であるにしても、何で天竜にそれが分かったのか、と言う新たな疑問が生まれてしまうのだけれど。
「ふむ。興味深い話を聞けた。礼を言うぞ。ヘルムスとやら」
「ありがとうございます。天竜殿」
なんにせよ、これで話は終わり。
どうにか乗り切れたようだ。
「しかし……スープ含めて、ちとワガハイが貰い過ぎたな。何かしてもらいたい事などあるか?」
「してもらいたい事ですか?」
「!?」
天竜の言葉にワタシは背筋が凍り付くような感覚を覚える。
天竜に何かをしてもらうなど、恐ろしくて仕方がないからだ。
「では、こちらのメモ帳を宮廷魔術師長に届けていただけますか?」
だが、ヘルムス様は気にした様子も見せずに、天竜にメモ帳を渡す。
「ふむ。その程度で良いのか?」
「十分です。天竜殿にしか出来ない事でもありますし」
「ふふふっ、そうか。では、届けてやろう」
天竜が姿を消す。
たぶん、今頃はもうグロリベス森林の深層どころか、その外に居るに違いない。
「へ、ヘルムス様……」
「はああぁぁっーーー……」
「ヘルムス様!?」
ワタシはヘルムス様を問い質そうとした。
だが、その前にヘルムス様は大きく息を吐き出し、疲れ果てた様子で水の船の甲板に崩れ落ちてしまったため、ワタシは慌てて駆け寄る。
「な、何とか乗り切れましたね。ミーメ嬢」
「そ、そうですね。ヘルムス様」
気が付けばヘルムス様は全身冷や汗塗れで、震えてもいた。
なので、ワタシは魔術による正常化を図り、ヘルムス様の肉体の状態を正していく。
ワタシは一切気付く事が出来なかったが、どうやら、ヘルムス様は表面上は平静を保って見せていたが、内心では必死な状態だったらしい。
「でもヘルムス様。天竜様に頼み事なんて……」
「ミーメ嬢。あのように言われた時は、何も頼まない方が失礼な場合もあるのです」
「それはそうかもしれませんが……」
「しかし、上手く行って良かった。天竜殿の性格と能力なら、私の内心など容易に察していたに違いありませんが、叶うならば次は勘弁してもらいたいですね」
「それについてはワタシも全面的に同意させてもらいます」
本当に、本当に上手くいって良かった。
ワタシはヘルムス様の手を握りながら、何度も頷く。
そうこうしている内に思う。
「ただ、ヘルムス様」
「何でしょうか。ミーメ嬢」
「もしもまた同じような事をする時は、その時は必ずワタシにも相談してください。その、力になれるかは分かりませんが、一人で不安になり続けるのも嫌でしたし、ヘルムス様に何かあったらと思ったら、気が気でなかったので」
役に立つかはともかく、頼っては欲しい、と。
「分かりました。ではその時はミーメ嬢に相談すると共に、良いところを見せられるように奮起しましょう」
「奮起はしなくてもいいです。その時の事情とか目標とか色々とあると思いますので。状況に合わせましょう」
「それもそうですね。では、程々に頑張る。としておきましょうか」
「それでお願いします」
その後、ヘルムス様とワタシは暫くの間、船の甲板から夜空を見上げて、呼吸を整えた。
それから船の中へと移動。
何も知らずに食事と会話を続けていたグレイシア様たちと合流したのだった。
発売から一週間と言う事で、改めて宣伝を。
『トリニティアイⅠ -転生平民魔術師の王城勤務-』
オーバーラップノベルス様より発売中でございます!
格好良くて可愛いミーメが表紙となっております。
勿論、本文には色々と手を加えておりますし、特典SSも色々と書きましたので、是非手に取っていただければと思います。




