277:意地汚い竜
「なるほど。イアキレミと一緒に居る半分腐った獣。その中身がシミヒからドラゴンに代わっている可能性ですか」
「はい。可能性がある。程度の話ですが」
ワタシたちの築いた簡易拠点はそれなりにしっかりとしたものである。
周囲はイバライトクモの糸で囲われているため、糸に気づかずに突っ込んで来たら、その時点で毒に侵されてマトモに戦えなくなる。
グレイシア様、ジャン様がそれぞれの魔術で逆茂木のような物を作ってもいるので、イバライトクモの糸の棘程度なら無視できる甲殻を持っていても、足止めは叶う。
その上で、ヘルムス様が水の船を作っていて、普通に寝られるベッドと、十分な厚みを持つ壁があるのだから、快適なものである。
勿論、そもそも気づかれない方が都合がいいと言う事で、ワタシの魔術によって人間の気配を極限にまで闇に紛れ込ませてもいる。
そして、その他にも、色々と仕掛けが施されている。
よって、普通の魔物が簡易拠点内に居るワタシたちに気が付く事はなく、例え気が付いてもそう簡単には侵入も攻撃も出来ないのが、この簡易拠点の現状である。
「ふむ……。どう思う? ジャン、グレイシア嬢」
「んー……元となるドラゴンの性格が分からないから、俺っちには何とも。ただ、そこら辺の魔物や、場合によってはシミヒよりも頭が良くなっている可能性は考慮してもいいかもな。『村潰し』の時はドラゴンと言えど、ただの魔物。なんて驕りのせいで、ああなった面がある事も否定は出来ないし」
「わたくしとしては、今更知っても。と言うところでございますね。今からできる準備があるわけでもございません。出来る事としては、最初から始末するつもりで動くように方針を変える事ぐらいではございませんか?」
さて、今現在だが、ヘルムス様の水の船の中に準備されたダイニングで夕食を摂りつつ、今日一日の振り返りや、しておくべき情報の共有をしているところである。
なので、ワタシはヘルムス様たちに懸念事項を伝えたわけだが……ジャン様もグレイシア様もどうした物かと言う顔をしている。
うんまあ、情報不足の現状で、伝えられても困ると言うのは分かる。
「ふふふふふっ、中々に美味であるな」
ちなみに、本日の夕食のメインは、今日の道中に狩ったモスディアのスープである。
肉だけでなく、角も骨も煮込み、闇属性魔術も使って溶かしてしまった、滋養強壮効果に溢れるスープに、香りづけや栄養バランスを考えて、道中に拾えた野草や果物を投入。
漂う香りだけでも美味しいと分かる、逸品である。
それこそ、いつの間にか入って来た天竜も喜んで……。
「くぁwせdrftgyふじこlp!?」
それに気づいたワタシは思わず意味不明な叫び声を上げてしまう。
だが、その事にワタシ以外の誰も異常を覚えていない。
いや、脅威に思えていない。思えなくされていた。
「はははっ、デザートの脅威もまた美味しいものよなぁ」
気が付けば、テーブルの上に白い毛並みを持つ三つ目の猫……天竜がやって来ていた。
此処に来れる事、ワタシたちの位置を探れた事、守りをすり抜けられた事については、色々と規格外の相手なので納得出来るが、何でやってきたのかがまるで分からない上に、機嫌を損ねるわけにもいかない相手が居た。
「あ、あの……天竜様……。どうしてこちらへ?」
ワタシは恐る恐る尋ねる。
なお、ジャン様、グレイシア様、グレッグさんは雑談をしているのだが、ヘルムス様は今になって気づいたのか冷や汗を流し始め、ニワシガラスのダニーも気づいてしまったのか震えている。
どうやら、ワタシが気付いたことを切っ掛けに、この猫が天竜だと知っている生物は認識できるようになってしまったらしい。
そう考えれば、ダニーも何処かで知ってしまう機会があったと言う事で、筋が通る。
「宮廷魔術師長とやらに貴様らの行き先を尋ねたのだ。そうしたら、こっちに居ると聞いたのでな。こうして遊びに来たのだ」
「そ、そうですか……」
きっと宮廷魔術師長は普通の猫に教えるような感じで、教えてしまったのだろうな……。
後から気づく可能性はあるけれど、人のいい人間が、天竜の質問に答えないのは、答える事で誰かの脅威になる可能性を想像出来なくされている時点で無理だし。
「しかし、あやつめ。未だに生き延びる事を諦めていないらしい」
「あやつ?」
「うむ。貴様たちの話に出ていたドラゴンの事だ。そうだな、上手い飯の礼に少しだけ教えてやろう」
ただ、情報はくれるらしい。
なので、ワタシとヘルムス様は船の甲板の方へ天竜を誘導すると、そこで話を聞く事にした。
「あのドラゴンはな。とにかく生き意地が汚かった」
「それは……悪い事ではないのでは? 死にたくないのは人もドラゴンも変わらないと私は思うのですが」
「うむ。悪い事ではない。だが、あやつの場合は、死なない為ならワガハイ相手に腹を見せる事も躊躇わなかったが、その裏で影に隠れ潜むための魔術を準備していたり。人間を危険視して他の魔物たちを嗾けると共に、母子を積極的に襲う事でその後も含めて被害を拡大させたり。食べ物が被った魔物を半殺しにしてワザと逃がす事で巣を発見、巣ごとその魔物を皆殺しにしたり。自らの生存がより有利になると思ったのなら、文字通りに何でもやったドラゴンなのだ」
「なるほど。それは確かに生き意地が汚いと言いますか……」
天竜の言葉を聞いていると、そりゃあ恨まれると言うか、狩られる対象になっても仕方がないなと思えてしまう話ばかりだった。
だって、人間を危険視して積極的に襲っていたのだし。
そりゃあ、『開拓王』だって多大な犠牲を払ってでも狩ろうとするはずである。
約束を守るタイプでも無いだろうし、こちらが生きるためには殺す他ない。
「そして、それほどまでに生き意地が汚いから、貴様らの言うところの『開拓王』だったか? そやつとの戦いにおいても、何としてでも生き延びるべく、最後の最後まで足掻くのは当然の事。その足掻きの結果が、あの森に出来た空き地だろう」
そう言う天竜が視線を向ける方角には、日中、横を通り過ぎた不毛の地がある。
「あの空き地は、立ち入った者の命を吸い取り、蓄える事で、アチラ側とこちら側を繋げようとしているようだった。いやはや、まさか無明から舞い戻れば生きている事に変わらぬ、とはな。普通ならば、そんな事出来ようはずもないが……この森は、その生まれの影響なのだろうな。元より、地上よりも一段、無明の側に近いように思えるし、五百年と言う歳月の中であやつが様々な手を打ってきたのだろう。だいぶ境界が緩んでいるのも感じる。可能であると言う実績も積み上げているようだ」
「「……」」
たぶんだが、途方もない話を聞いているのだと思う。
えーと、これは要するに、この世とあの世を繋げようとしている、と言う話でいいのだろうか?
つまり……『開拓王』の狩った、建国神話に出てくる闇属性のドラゴン、それが本当に復活しようとしている?
「天竜殿。止める方法などは……あるのですか?」
「ワガハイには分からん。ワガハイの領分はこの世の天であって、無明の側は知らぬ。現状では脅威の一つも感じないから、興味も湧かん。勿論、下知の一つでもあれば動こうとは思うが……その時は消し飛ばす以外に出来る事はないだろうな」
下知? 天竜に命を下せる存在? 一つ思い当たる存在はあるし、トリニティアイに目覚めた時の事を思えば実在も確信しているけれど、ヘルムス様も気づいていないようだし、今は気にしないでおこう。
それよりも、天竜が動かなくて済むような流れを考えた方が建設的だ。たぶんだけど。
「まあ、とにかくだ。あやつは本当に生き意地が汚い奴なのでな。中身のない獣の肉体などあれば、喜んで飛び込むのも当然だろう。作業を効率的に進めるためにも、仮であっても肉体を得れる機会は喉から手が出るほどに欲しいはずだからな」
「なるほど。でも、そう言う事なら、肉体さえ破壊出来れば……」
「嫌がらせにはなるだろう。それ以上の干渉が出来るかは、ワガハイには分からんがな。ニャハハハッ」
「……」
なお、この辺りで気づいたのだが。
たぶんだが天竜は、ワタシと、かのドラゴンを戦わせることで、自分が脅威と感じるような何かが見れる事を期待している。
この猫が脅威ジャンキーなのはよく知っているので。
「さて、こんな所か。他に話す事はあったか?」
「あ、それならば、私から天竜殿に申し上げておきたい事があります」
「ヘルムス様!?」
「ふむ。聞こうか」
これで話は終わり……ワタシはそう思っていたのだが、ヘルムス様からまだ何かあるらしい。
ワタシは内心ドキドキしながら、それを見守る事にした。




