276:不毛の地
「あー、此処はヤベェな。俺っちは属性感知でそう言うのを知れないんだが、それでも此処に限ってはヤバさを感じる。と言うか、森のど真ん中で草一本生えていないのは幾ら何でもおかしすぎる」
「ジャン様の判断は正しいかと。わたくしの『不安』はこの土地から言いようのない不安を感じ取っていますので。なので、立ち入ってはならないと言う判断にも賛同でございます」
ワタシたちは不毛の土地を横目にしつつ、その縁近くの藪を掻き分けて進む。
そうして進みながら不毛の土地の観察もしているのだが、ジャン様は険しい表情をしていて、グレイシア様は恐怖に似た感情を抱いているようだった。
「カア、カアッ」
「ダニー曰く。この土地に踏み入ったら、動物も植物も死んでしまう。それも、命が抜け落ちて、枯れて、砂と化すように死んでしまうのだとか」
「カッカァ、カァ」
「そして、仮に運よく生き残れたとしても、気が狂ったように暴れ続け、とてもではないが、生かしておく事は出来ないのだとか。ちなみに、空も王城の尖塔ぐらいの高さまで駄目だそうですし、魔術もあっという間に掻き消えて、ものによっては術者にまで影響が及ぶとか」
「マジかよ……」
「恐ろしい話でございますね」
ワタシたちを先導してくれているダニーがグレッグさんを介して、どのような土地なのかを改めて話してくれる。
うーん、起きている現象だけを考えるならば、効果が規格外に強力なだけで、土地に呪いが掛かっているかのように思える。
問題は属性だが……『精神』や『土』よりも『闇』の方が近いのだろうか?
この距離まで近づいても、碌に魔力を感じない事からも、隠蔽を得意とする『闇』が使われているように思える。
「ミーメ嬢」
「何でしょうか? ヘルムス様」
「これは以前調べ物をしていて、偶々知った話ですが。ドラゴンのような強大な魔物の一部が埋められていると、その魔力が馴染むまで、その土地は不毛の土地になるそうです。もしかしたら、この地も……」
ヘルムス様の言っている話は、天竜から教わった鱗の欠片にまつわる話だろう。
ワタシは知っている話だが、ジャン様やグレイシア様に天竜の件について話すのは差し支えがあるので、偶々知った、と言う体にしているのだろう。
そして、ヘルムス様の呈示した可能性は、たぶんそこまで間違っていないと思う。
と言うのもだ。
「可能性はあります。ただ、その場合、埋まっているのは『開拓王』が討った闇属性のドラゴンの方だと思います」
ワタシはそう言うと、『ひとのまのもの』の指輪を填めている方の手を挙げる。
今回、ワタシは相手がウェルフ並みである事を想定して、『ひとのまのもの』の指輪も『泳蟹瑠璃』のイアーカフスも持ってきている。
そして、『ひとのまのもの』の指輪だが、そこへ石のように填められているのは、高い確率で『開拓王』が討ったドラゴンの鱗が摩耗した物である事が判明している。
その鱗が……不毛の荒野に近づくと共に震えていた。
まるで、この荒野に眠っている何かに共鳴するかのように。
何かを為さんとするかのように。
「反応しているのですか。危険は?」
「現状では問題は感じられません。グレイシア様から見たらどうですか?」
「わたくしの目で見ても、ミーメ様の指輪から不安は感じません。なので、直ぐに何かが起きる事は無いと思います」
グレイシア様からの安全確認を受けつつ、少し考える。
『開拓王』が討った闇属性のドラゴン……。
そのドラゴンが、この土地に何かを残したとして、さて、何を残したのだろうかと。
真っ当に考えれば、それこそ、生き延びるための何かか、自分を殺した者たちへの復讐か、と言う所だと思うのだけれど……。
「復活と復讐。ヘルムス様、ジャン様、グレイシア様、どちらがあると思います?」
「さてどちらでしょうね? 彼のドラゴンの性格が分かりませんので、私にはなんとも」
「俺っちには分からん。復活の方がヤバそうだけどな。ノスタの時に出てきたのだって、結局はそいつなんだろ?」
「両方、と言う可能性もございます。復活して、復讐をする。と言う形でございますね」
「なるほど」
ヘルムス様たちから更に意見を貰えたので、もう少し考えてみる。
ちなみに、こうして話し合っている間も移動は続けていたので、不毛の土地は何時の間にやら背後になり、少しずつ遠ざかっている。
「ただ、わたくしとしては、復活などと言う、この世の理を大きく乱すような事が可能なのか。その点がまず疑問でございます」
「そうですね。その点については私も疑問に思うところです。生者の記憶を受け継いだかのような悪霊系の魔物も居ますが、アレも結局は生前の思考を模しているだけで別物ですし」
「ワタシとしても普通なら不可能だとは思っています。ただ、ジャン様の言ったノスタの件がありますよね。今更な話ですが、あの時のドラゴンは色々とおかしかったような気がしまして……」
ノスタの件で最後に現れたドラゴンは、ワタシが『おさきまっくら』で狩った奴の事である。
ワタシでも目を開きかけた瞬間にヤバいと感じたのはまあいい。
魔力量やノスタの『郷愁』と土地の組み合わせで、何か妙な補正でもかかっただけの事だろうから。
だが、思えば、あの時のノスタは主導権をドラゴンの側に渡しているように見えた。
逆に言えば、主導権を渡されれば、自分の意思で目を開き始めるだけの意思が、あのドラゴンには存在していたと言う事になる。
「ノスタが『郷愁』によって呼び起こし、再現したドラゴンの意思は何処から来ていたのか。罪深き者が死したら無明の荒野へと送られ、闇に溶けて消えるとトリニア教では説きますが、その闇は強大な闇属性の魔物にとってどう感じるものなのか。そう言ったことを考えていくと、もしかしたらですが……『開拓王』の狩ったドラゴン、建国神話にて語られる闇属性のドラゴンは、今もまだ生き延びる事を諦めてはいない。そんな風に思ってしまいまして」
「「「……」」」
理屈……と言えるかも怪しいが、現世から『郷愁』だけで呼びかけるのと、現世と死者の世界の双方から呼びかけるのでは、後者の方が繋がり易くはあるだろう。
いやまあ、そもそも、その当人? 当竜? が、無明の荒野に居るとは限らないし、復活や復讐を目論んでいるとも限らないのだけど。
そんなワタシの考えが伝わったのかは分からないが、ヘルムス様たちも少し考えこんでしまう。
「ミーメ嬢。この件については、後で王城に挙げて、検討をしましょう。私たちだけで収めていい事でもなければ、手に負える事ではありませんので」
「そうですね」
「そして、今はイアキレミを追う事に専念するべきです。此処はそれほどの余所見をしていられるような場所ではないと思いますので」
「確かに。その通りですね」
うん、ヘルムス様の言う通りだ。
今しばらくは置いておくとしよう。
シミヒが死んでいると言う知らせ、半分腐った獣の存在も合わせると、少々嫌な予感もしているが……この可能性については、後で共有して警戒しておけば十分な話だ。
「カアカア」
「ダニーによると、この先に周りよりも少し高く、地面が乾き気味の場所があるそうです。今日はそこで休むのはどうかとの事ですが」
「分かりました。では、そこへ着いたら、今日の捜索は終了して、野営の準備に入りましょう。安全な寝床を確保できるかどうかは翌日以降の体調にも大きく関わってきますので」
やがて、ワタシたちはダニーの言う通り、周囲より少しだけ地面が高く、一番高い所に大きな木が一本植わっている土地に着いた。
そこで木が安全なものである事を確かめた後、今晩の寝床として簡易拠点化したのだった。




