275:魔物に溢れた魔境
「これがグロリベス森林の深層と言う空間です。本当に何処までも森が続いているようにしか見えないんですよね」
ワタシは慎重に足を進めて、崖の端に立つ。
崖下まで高さにして十数メートルほどだが、斜面にも少なからず木が生えているし、崖下にも当然木はあるので、遠目にはこの崖の上も多少森が盛り上がっているようにしか見えない事だろう。
明確に崖である此処ですら遠目には森が続いているようにしか見えないのだから、遠くから見た時点で緑のカーペットの下にどんな地形が広がっているのか分かる人間はまず居ないだろう。
「はー。なるほどな。外の魔境とは全くの別物だな。山一つないんじゃ、ちょっとのうっかりで、自分が何処に居るのかが分からなくなりそうだ」
「同感でございます。目標になりそうな物が全くございませんね。これでは迷った方々が出てこれなくなるのも当然の事かと」
続けて崖から見える森を見渡す。
此処から見える範囲にも、ワタシが知る森以外の地形……沼やら池やらはあるはずだが、はっきりとは見えない。
僅かに森の密度が下がっているように見える辺りにはあると思うのだが……。
うん、この高さでは分からない。
やはり、ニワシガラスが居なければ、深層で目標に向かって進むとか、近場以外は無理だろう。
そうして、ジャン様とグレイシア様が圧倒され、ワタシが色々と考えている中。
「……」
ヘルムス様は空を見上げ、何かを考えるような素振りを見せた後、懐の手帳を取り出して、何かを書き始める。
「どうかしましたか? ヘルムス様」
「いえ、山が一切見当たらない事から、地形は王都周辺とはまた別だと思うのですが、空については王都周辺と変わらないのだなと思いまして」
「空? ですか?」
「ええ。昨晩に星の位置も確認したのですが、天体の位置は深層でも王都でも変わらないようです。これまでに観測した限りでは、ですが」
「なるほど」
船乗りとしての知識あるいは特技だろうか?
ヘルムス様は天体の位置から、自身のだいたいの位置を把握できるらしい。
深層は空間がおかしくなっているので、何処まで通じるかは分からないし、情報の有用性も分からないが……うん、覚えてはおこう。
「そろそろよろしいでしょうか? 皆様方」
「カアッ」
「あ、すみません。どうぞ。グレッグさん」
「ありがとうございます。では、これから、どちらの方角に向かうかを一応示します」
そう言うと、グレッグさんは腕を、ダニーは翼を同じ方角に向かって伸ばす。
伸ばすが……うん、森に特徴も何もないので、何処を指しているのか全く分からない。
同じことを思ったのだろう、ジャン様、グレイシア様、ヘルムス様も何とも言えない顔をしている。
「カアカアッ」
「これから、アチラの方角に向かって進みます。ですが、道中には立ち入る事も危険な場所もあるので、決して近道など考えないようにお願いします。との事です」
「危険な場所……あー……」
グレッグさんの言葉にワタシは一つ思い当たるものがあって、声を漏らす。
いやまあ、危ない気がするだけで、ワタシは近づいたり、中に立ち入ったりはしなかったのだけど。
ただ、そんなワタシの反応でもヘルムス様たちが危険視するには十分だったらしい。
三人とも気合いを入れ直しているのが見えた。
「では進みます」
ワタシたちは移動を再開する。
少しだけ戻って、安全な道で崖の下に降りると、ダニーの先導に従って、道なき道を歩いていく。
そして、本格的な樹海探索行が始まる。
それはつまり……。
魔物の生息密度が上がり、襲われやすくなる。と言う事でもある。
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「ーーーーー!」
「ミーメ嬢!」
「イバライトクモの子供ですね」
と言うわけで、ケース1。
早速と言わんばかりに、ワタシの腰ほどの体高を持つ蜘蛛型の魔物が現れると、ワタシたち目掛けて口から糸を吐き出してくる。
その糸は口の外に出ると共に有刺鉄線のように棘を生やし、しかも毒が塗布されていて、触れるだけで痺れて溶けると言う危険なものである。
まあ、糸を闇人間で受け止めてしまえば、後はヘルムス様が水の船を飛ばして仕留めるだけで終わってしまう相手だったのだが。
「あの、ミーメ嬢。何を? まさかとは思いますが……」
「流石に食べたりはしません。ですが、糸は夜に拠点を築く時に便利なので、回収出来るだけ回収しておこうかと」
「なるほど。狩人の知恵ですね」
「そこまで過信できる物ではありませんし、闇人間のように安全に触れる手段がある事が大前提ですけどね。とにかく、この糸があれば、察しのいい魔物は近づきませんし、察しの悪い魔物は弱らせる事が出来ます」
ヘルムス様が仕留め終わった後、ワタシは闇人間に命じて糸を回収させて、まとめておく。
本体については、有毒生物でニワシガラスたちも食べないため、ジャン様に燃やしてもらう事で処理しておく。
なお、イバライトクモと言うのは、最近王城側によって付けられた名前である。
「ミーメ様。あちらに羊のような生物が見えるのですが……」
「アレはボムバロメッツと言う名前が付けられた魔物ですね。近づくと大爆発を起こし、硬質の種をばら撒きます」
続けてケース2。
グレイシア様が草の先に羊が付いたような生物……最近、ボムバロメッツと名付けられたそれを見つける。
その正体を知っているダニーとワタシは当然近づかないのだが、グレイシア様は気になったようで、質問をしてきた。
なのでワタシは素直に答えたのだが……。
「っ! 『アイスウォール』!」
唐突にグレイシア様が魔術を使い、ボムバロメッツとワタシたちの間に氷の壁を展開。
直後、爆発音と共に、氷の壁に何かが突き刺さっていく。
「グレイシア様見事です。ですが、何がありました?」
「急激に不安が高まったのを感じましたので、反射的に防御を」
氷の壁が崩れていく。
崩れた先には当然ボムバロメッツは居ないのだが、代わりに血だらけかつ根だらけになった、ランファンボアが倒れていた。
なるほど。どうやらランファンボアがワタシたち目掛けて突っ込んだが、その途上にボムバロメッツがあったため、爆発したらしい。
「うわ、エゲツねぇ……。爆発に加えて、この血肉を栄養として吸い上げる速度。頼まれても回収したくはねえ魔物だな」
「同感だ。間違っても、この森の外に出してはいけない魔物だろう」
爆発に巻き込まれたランファンボアは既に絶命している。
そして、その体内には既に根が張られていて、種からは新たなボムバロメッツの芽が出てきている。
此処から次に爆発できるようになるまでどの程度かかるかは分からないが、そう長い事ではないだろう。
恐ろしい繁殖力である。
「でも、このボムバロメッツが大繁殖できないのが、この森なんだよな。ヘルムス」
「そうだな。何が原因なのかは分からないが、森全体を見回す限り、どちらかと言えば少数派に見える。だから、繁殖を抑えるような何かがあるのだろう。ミーメ嬢、何か心当たりなどはありますか?」
「さあ? ワタシは生物学者ではないので、その辺りは何とも。ただ、昨日見せた『狩人払い』などは間に合えば、ボムバロメッツが根を張った魔物の死骸でも食べると思います。爆発も苦にしないかと」
「とんでもねえな……」
「本当だな……」
ワタシの言葉にジャン様とヘルムス様が苦笑する。
なお、笑っていられるのは、グレイシア様がいち早く反応して見せただけで、先ほどの爆発自体は他の人でも対処可能な範疇だったためである。
それこそ、ワタシなら常駐防御だけでも弾き返せる距離だったし。
「ーーーーー!」
「と、今度は俺っちの番だな! 『フレイムランス』!」
「!?」
「モスディアですね。夕食としてちょうどいいと思います」
はい、そうこうしている内にケース3。
迷彩柄の鹿……モスディアが樹上から躍り出てきて、鋭利な断面を持つ角をこちらへと叩きつけようとしてきた。
ので、ジャン様が炎の槍で首を貫き、一発撃破する。
草食性のくせに人間を見つけると積極的に奇襲を仕掛けてくると言う魔物なのだが、まあ、この森では最下層の雑魚と言っても過言ではないので、当然の結果である。
だが肉は美味しいので、闇人間たちはジャン様から受け取ると、移動しつつ解体、精肉してしまう。
これで今晩の食事は豪華なものになる事だろう。
「カアッ!」
「皆さん。此処から先は気を付けてください。森が無い場所がありますが、ニワシガラスたち曰く、そこへは絶対に立ち入ってはいけないそうです」
さて、此処までは魔物の襲撃だった。
だが、魔物以外も脅威となるのが魔境と言う場所である。
その一例にして、最も特異な事例がワタシたちの前に姿を見せる。
「ニワシガラスたちでもそう言う認識ですか。分かりますけど」
そこは……グロリベス森林の深層と言う緑溢れる土地でありながら、木の一本どころか、草の一本も生えず、赤茶色の土が露出している。
不毛の土地であった。
08/24誤字訂正




