272:シミヒの死 ※
今回は第三者視点となります。ご注意ください。
「「……」」
グロリベス森林の深層が夜の闇に包まれる中、そんな物は関係ないと言わんばかりに歩き続ける者たちが居た。
一つは人間の女。名はイアキレミ・ノセルフ。その表情に意志のようなものは感じられず、淡々ともう片方を追い続ける。
もう一つは獣。目深にフードを降ろし、体の大半は布に覆われて見えないが、フードで隠れていない部分の顔は人にはないマズルであり、袖から覗いて見えるのは明らかに人の物ではない手であり、裾から覗く脚もまた人ではない形をしていた。
その名を『実験体459号』と言うが……。
「んんっふっふ。まーだ着きませんか。まったく、魔境風情が我が道を阻むとは、不遜にもほどがある。力を手に入れた暁には、まずはこの森の全てを飲み込まなくてはいけませんねぇ」
ミーメたちが予想した通り、精神はシミヒ・アネチックのものであった。
そう、グロリベス森林の深層に入ったイアキレミが事前に指示された通り、数日経っても目標物も他の人間も見つからなかったため、シミヒの知識と思想を『実験体459号』にインストールして生まれたのが、このシミヒ・アネチックだった。
「んんっふっふ。足を止めましょう」
「はい」
シミヒはイストフィフス侯爵領に存在していた、とある家に生まれた光属性の魔術師であった。
彼は他の多くの魔術師がそうであるように、トリニティアイ……となる事は無理でも、第二属性を得て宮廷魔術師になるべく熱心に魔術を学んだ。
しかし、どれほどの努力を重ねても第二属性に目覚める兆候を感じられず、それ故に第二属性を得られるのは才能ある一部の人間だけであると決めつけて、絶望した。
そして、絶望するだけに留まらず、外法に手を染めた。
つまり、他者の瞳を奪って属性を得ようとし、それが為せるかを他者の身体で確かめ、上手く行かなければ他者を蔑んだ。
実験を重ね、人も魔物も切り刻んで、無理やり結び付けた。
悍ましい事に成果はあった。
それが魔道具を体内へと埋め込む技術であり、『実験体459号』であり、イアキレミの使う他の生物をシミヒ・アネチックに変えてしまう魔術であった。
「んんっふっふ。さてどうした物ですかねぇ。行けども行けども森ばかり。分を弁えぬ魔物共のお陰で腹は満たされていますが、それでは私の目的が達成されない」
シミヒにとって、己とは知識と思想さえあれば十分なものであった。
知識があれば、経験など無くても問題はない。
思想があれば、記憶など無くても行動の指針がぶれるような事は無い。
この二つさえ受け継がれていれば、体が魔物であろうとも、継ぎ接ぎであろうとも、腐敗臭を体の内外から漂わせていようと、魔物や魔道具を喰らう事で強化されようとも、自分がシミヒである事は間違いない。
そのような知識と思想を持っていた。
そして、シミヒの知識と思想は囁く。
『実験体459号』の肉体を作るに当たっては、異常な回復力を発揮する魔法薬と、膨大な魔力を秘めた小型の像が用いられたが、それらの魔道具はレリックでないにも関わらず、多大な成果を上げている。
グロリベス森林の深層には『開拓王』の残したレリックが存在している。
『実験体459号』は魔道具を取り込むほどに強くなる事が出来る。
ならば、『開拓王』のレリックを取り込む事が出来れば、莫大な力を得る事が出来るはずである。
レリックを取り込んでいない今の状態ですら、森の魔物たちをものともしない強さなのだ。
つまり、レリックを手にする事が出来れば、この私は、どのシミヒよりも強く、偉大な存在となり、邪魔をするもの全てを飲み込んで己の力とする事も出来るようになるだろう。
そうなれば……それこそ、伝承にしか出てこないような天竜のような強大な魔物すら取り込めるようになるかもしれない。限られた者にしか力を与えようとしないトリニア神だって飲み下すことが出来るかもしれない。世界そのものを飲み込んで、私の世界を作り出す事だって出来るかもしれない。
全てを私に跪かせる事が出来るに違いない。
「んんっふっふ。んふふふふふっ。んははははははっ!」
シミヒの口から人ならざる哄笑が響き渡る。
森に悍ましい笑い声と共に魔力が響き渡って、森の魔物たちを恐れ慄かせる。
「……」
その姿を見て、魔力を浴びて、声を聴いても、イアキレミは何も思わない。そのように教育されているからである。
だから、イアキレミは何も気づかなかった。
『ん?』
笑い疲れたのか、シミヒの笑い声が止む。
その光景を、シミヒは体の外から眺めていた。
人だった頃の肉体を模した精神体で、異形の肉体となった自分を見ていた。
『は? なんだこれは……ーーーーー!?』
シミヒは自分の身に何が起きているのか理解できなかった。
そして、理解する前に気づいて絶叫した。
自らの足が気が付けば消え去っていたからである。
痛みゆえに叫んだのではない。
理解できないが故にシミヒは叫んでいた。
『なに、なにが、ナニが、起キテ……!?』
『くくくくくっ』
シミヒは気づく。
闇から何かがシミヒの事を眺めていた。
『ナ、なんだお前は!?』
『くはははっ、これが天恵と言う物か。天からの恵みなど、アレを思い出して不快な事この上ないが、だが今回ばかりは天恵と言う他ないな』
シミヒは叫ぶ。
闇から何かがシミヒへと近づいていた。
『答えろ! 私に何をし……!?』
『はははははっ! おおっ、何と素晴らしき肉体だ! 無明の荒野より引き戻すか如し霊薬の血! 数多の血肉を継ぎし境界線上の肉体! 内と外に満たされし知と魔、妄執に慟哭! 心の臓がアレに所縁あるものである事は気に食わぬが、そんなものは我が闇にて塗り潰せばよい事! ちと窮屈ではあるが、無明の荒野より舞い戻らんとする我にこれほど相応しい肉体もそうはなかろう!』
シミヒは踏み潰された。
闇から来た何かは、シミヒが居た場所に立っていた。
『ん? くははははっ! そうかそうか! いや何を悲しむ必要がある。知識と思想さえ継がれれば、貴様は継がれるのだろう? ならば喜べ。どうした、何故喜ばない? お前はそうなのだろう?』
闇から来た何かは、ようやくシミヒに気が付いた様子で語り掛ける。
口を思わせる弧を歪に曲げて、シミヒが居た場所に顔を近づける。
『つまらん。同じ人間だからと当たったが、この程度では我が肉体を死に追いやった溜飲も、一度目の機会をふいに帰された溜飲も晴らす事も出来ないではないか。まあいい、ならば、貴様が我の代わりに無明の荒野へと落ちろ。そうすれば数が合うからな。喜べ、貴様は我が復活の礎となるのだ』
闇から来た何かはシミヒが居た場所を何度か軽く踏みつけてから、半分腐った獣の中に己を収めていく。
その様はまるで、中身が足りていなかった獣の中に闇と言う中身が充填されていくようだった。
半分腐っていた獣は、腐っている事には変わりなくとも、何故だか生気にも満たされていく。
既に力で満たされていた半分腐っていた獣から、力が溢れていく。
『貴様に由来しない知識は貰ってやろう。そちらは役立ちそうだ。今の目的も果たしてやろう。我の完全なる復活にも繋がりそうだ』
そうして、シミヒに代わって『実験体459号』の肉体を得た何かは笑みを浮かべ、光に満ちた視界と共に、現状とするべき事を認識していく。
「イアキレミ」
「何用でしょうか? シミヒ様」
何かは立ち上がると顔を森の奥の方へと向ける。
その目は先ほどまでと違い、目指すべき場所をはっきりと認識しているようだった。
「向かうぞ」
「かしこまりました」
何かが移動を始める。
イアキレミはその後をついていく。
シミヒが死んだと言う事実にイアキレミが気付く事は無かった。
疑問や違和感を抱く事もなかった。
だって、そのように教育されていたから。
だから、何もおかしいとは思わなかった。
周囲の闇が半分腐った獣の肉体に纏わりついて、月明かりによって出来る影が存在しないはずの角と翼と尾を持っていても。
Q:なんでシミヒを始末したの?
A:シミヒ如きにミーメが動いた場合の章ボスが務まるとでも?
Q:何かって誰?
A:既出です。
08/21誤字訂正




