210:今のストリン嬢
部分的には以前にも説明したことだが。
王都屋敷と言うのは、王都の外に領地を持つ貴族が王都で過ごすための家である。
役割としては前世知識で言う所の大使館に近く、普段は王都駐在官と言う領主の代わりが住んでいて、領地の為に必要な王都での活動をしている。
これが主な役割である。
だが、王都駐在官だけで全ての活動が出来るわけではないし、王都に用事があって一時的に滞在している人間が居たり、領地の期待を背負って貴族院に通う学生だって居る。
なんなら、正式な住居を借りるまでの一時の宿として利用されることだってあるらしい。
と言うわけで、王都屋敷には王都駐在官とその家族だけでなく、実は様々な人間が滞在あるいは居住している。
それで何故こんな話をしたかと言えば……。
「綺麗な糸ね……。『シロートガイ』の貝殻をこんな綺麗な糸に出来るだなんて凄いわ」
「えへへ……」
「こっちは魚の魔物の鱗を糸にした物ね。濡れていないのに濡れているような、不思議な感触ね」
「ふふふふふ……」
現在、ストリンさんはトレガレー公爵の王都屋敷に部屋を与えられて、そこで魔物素材の糸化作業を行っているから。
そして、ストリンさんの隣に見知らぬ……見た目からしてストリンさんと近い年頃であろう少女が居て、感心した様子でストリンさんの糸を扱っていたからである。
「ヘルムス様。彼女は?」
「サマリナ・コンコロ男爵令嬢ですね。貴族院の二年生で属性は『火』。我が家から出しても良い情報を貴族院で広めると共に、他家の情報を探る役目も持った生徒の一人でもあります。何処まで表に出していいのか理解している人間なので、警戒は不要です」
「なるほど」
要するに諜報員の類であるらしい。
ただ、二人とも楽しそうに会話をしていて、その表情に嘘のような物も感じないので、単純に友人関係でもあるようだ。
「では行きましょう。ストリン嬢、調子はどうですか?」
「ヘルムス様!? あ、はい。頼まれていたギガントスイムクラブの糸については出来上がっていて、こちらでございます」
ヘルムス様が声をかけつつ、近づいていく。
そして、ヘルムス様の声を聞いたストリンさんは、直ぐに部屋備え付けの金庫を開けて、そちらから一巻分の糸を取り出す。
うん、ギガントスイムクラブの甲殻そのままの色をした糸。
間違いなく、ギガントスイムクラブの糸である。
「ありがとうございます。ただ、性質確認は宮廷魔術師長の予定が空いたらになりますので、もう暫くは金庫の中に保管しておいてください」
「わ、分かりましただ!」
「ストリン。言葉遣い」
「分かりました!」
なるほど。サマリナさんはストリンさんの礼儀作法のフォロー役でもあるのか。
まだ出会ってから数日程度だろうけど、フォローを疑わないだけの信頼が築けているようで何よりである。
「ストリンさん。糸化の方で何か困った事や相談したい事などはありますか?」
「『闇軍の魔女』様! だ、大丈夫です! はい!」
「本当に?」
「はい。本当に。本当に良くしてもらっています。この部屋にあるような立派な設備を用意してもらった上に、ウチみたいな田舎娘がこんなに良い物を食べさせてもらっていいのかと悩むような食事や、着て大丈夫なのか不安になるような綺麗な服を毎日準備して貰っているけれど、その分だけ頑張らせてもらっています!」
ワタシの質問にストリンさんは元気いっぱいに応える。
ちなみにヘルムス様曰く、ストリンさんに出している食事と衣服は貴族院に通っている学生たちに出されているそれと大差ないとの事。
なんならトレガレー公爵領領都にある本家の時の方が食べ慣れてはいても、質は高かったはず。
なのにストリンさんがこの感想を挙げるのは……まあ、緊張の類か。
隣にいるサマリナさんも苦笑いだ。
そうして苦笑いしている事に気づかれたのを向こうも察したのだろう。
サマリナさんはヘルムス様に一度目配せをしてから、一歩前に出てきて、ワタシの方を向く。
「お初にお目にかかります、『闇軍の魔女』様。私は貴族院二年生、サマリナ・コンコロと申します。貴族院では基本的な学科だけでなく、応用魔術、魔道具なども拙いながら学ばせていただいておりますので、今後機会がありましたら、その時は良くしていただけると幸いでございます」
「ご丁寧にありがとうございます。ワタシは『闇軍の魔女』ミーメ・アンカーズと申します。若輩者ながら宮廷魔術師として王城に勤めさせていただいております。そうですね。宮廷魔術師である以上、安易に教えを授けるわけにはいきませんが、機会がありましたら、その時はよろしくお願いします」
サマリナさんはマナー通りに丁寧な挨拶をしてくれたので、ワタシもマナーの教本通りに出来る限り丁寧に返す。
なお、サマリナさんは応用魔術と魔道具を学んでいると言っているが、他にも広く浅くで色々と取っていて、諜報員として多くの生徒と教員へのパイプを繋いでいるようだ。
「あわわ……サマリナも『闇軍の魔女』様も凄い……」
後、ワタシたちのやり取りを感動した様子で眺めているストリンさん?
貴方は今後、陛下相手に同じような事をするのですが、分かっているのでしょうか?
うん、想像の範疇外で思い描けていないようなので、分かっていないのだろう。たぶん。
とりあえずサマリナさんには、色んな意味で頑張ってくださいと念を送っておこう。
「それではストリン嬢。サマリナ嬢。私たちはこれで失礼させていただきます。二人とも体調と身の回りにはくれぐれも気を付けるように」
「「はいっ!」」
ヘルムス様の言葉にストリンさんとサマリナさんが元気よく返事をする。
そんな二人の背後では、窓の僅かな隙間を通り抜けるように、白い猫が出て行く。
その姿はまるで、何か探し物をしていたけれど、此処に目当ての物は無かったと言わんばかりだ。
まあ、脅威は感じないので、気にしなくていいか。
ワタシとヘルムス様はストリンさんの様子を見ると言う目的を果たしたので、部屋を後にする。
「それでヘルムス様。やはりストリンさんは狙われているのですか?」
「現状では何とも言えませんね。ただ、公爵家の王都屋敷を窺うような目は確実に増えています。それがストリン嬢を狙っての事か、王都で現在増えている誘拐事件に関連した物なのかは判別は付きませんが」
「そうですか」
「ただ、今後ですが、狙われる可能性は多少上がると思います。ストリン嬢の噂は万が一に備えて流していますから」
ヘルムス様によれば、現在公爵家では、サマリナさんが貴族院でとある噂……と言うより、事実を広めているらしい。
それは、トレガレー公爵家が特殊な素材を作り出せる少女を王都屋敷に置いていて、その少女が作り出す特別な品が陛下へ献上される予定である。と言うものだ。
人の口に戸は立てられない。
トレガレー公爵領の舞踏会の時点で耳が早い者、目敏い者はストリンさんの存在に気づいている。
ならば、公爵家はこれからこう言う事をしますと示してしまう事で、万が一ストリンさんが浚われるような事態になっても、他の家が功績を横取りできないようにしたそうだ。
この行動に意味があるかと言われれば……残念ながらあるらしい。
ヤーラカス子爵家の件も、イストフィフス侯爵の件も乗り切った、怪しい様子が見られる家と言うのも一応はあるらしいので。
そして、功績が横取りできないのなら、こう言う家はだいたい諦めるのだとか。
「ただ、ミーメ嬢に本日設置して貰った警備用の魔道具。アレは間違いなく力になる事でしょう」
「ならよかったです。何もないのが一番ではありますけど」
「そうですね。何もないなら、それで構いません。その点については私もミーメ嬢と同感です」
ストリンさんによる陛下への献上が終われば、その後は闇属性持ちの人間の一部に魔物素材の糸化技術は公開されて、以降ゆっくりと広められていく予定になっている。
そうなれば、ストリンさんが狙われる理由は質だけになる。
そこまで行けば、ストリンさんだけが狙われる理由は無くなるだろう。
出来れば何事もなく、その段階まで行って欲しいのだけれど……こればかりは相手がどう出てくるか次第か。
ヘルムス様の言う通り、何事もない事を願うばかりである。
06/16誤字訂正




