209:対人警備用魔道具
「これでよし」
午後。
ワタシは予定通りにトレガレー公爵の王都屋敷を訪れて、警備用の魔道具を設置した。
うん、見た目におかしなところはないので、公爵家の美観は損ねていない。
魔力を隠す隠蔽もちゃんと働いているので、魔道具だと気づかれる事も無いだろう。
「お疲れ様です、ミーメ嬢。では、家の者に今から試験を行うと通達しますね」
「よろしくお願いします。では、通達が終わるまでの間に、改めて説明をさせていただきますね」
設置に当たっては、ヘルムス様、公爵家の執事と侍女、それと警備を担当されている方が責任者含めて数名ついてきてくれている。
そして今は、ヘルムス様の言葉で執事と侍女の方が公爵家の中へと走っていった。
「今回ワタシが設置したのは、指定した範囲を通り抜けた人間を検知して、捕縛と警報の魔術を放つと言うものです。柵に設置した物は検知範囲を無色透明にしていますが、色を付けるとこんな感じですね」
ワタシの言葉と共に、ワタシの横に縦横2メートルずつある黒い壁のような物が出現する。
今回設置した魔道具は、これを無色にした上で、公爵家と外を隔てる柵とその上方向20メートル、下方向3メートル程度の範囲を検知範囲としている。
なお、柵の上下にしか検知範囲を設けていない事から分かるように、門に関してはノーマークである。
あくまでも、柵を飛び越えてくるような狼藉者対策でしかない。
「なるほど。これを通り抜けると別の魔術が発動するのですか。試しても?」
「試すのは通達が終わってからにしてください、ヘルムス様。妊婦の方だって居るのですから。それと試すなら、こっちのではなく、柵に設置した実物の方でお願いします」
「分かりました。では、通達も終わったようなので試しますね」
「みたいですね」
執事と侍女の方が戻ってきたところで、楽しそうにしているヘルムス様が一度門から外に出て、柵の前に立つ。
そして、自分の足元に間欠泉のような勢いの水を発生させて、それに乗る事によって、無色透明の検知範囲を通り抜けつつ、公爵家の庭に着地する。
「何が起き……っ!?」
直後。
ヘルムス様の影から、ヘルムス様の両足首を掴みながら闇人間が出現、拘束する。
『侵入者だー!』
加えて、闇人間が大きな叫び声を上げる。
うん、事件性を感じさせる、迫真の叫び声だ。
我ながらいい仕事をしたと思う。
いい仕事過ぎたのか、思わずと言った様子で公爵家及び近所の家々の窓から、何の声だとこちらを覗く顔が少なくない。
……。うん、やり過ぎたかもしれない。
「執事さん」
「かしこまりました、『闇軍の魔女』様。こちらで周辺の方々には事情説明をしておきましょう」
「お願いいたします」
ワタシは執事の方に頭を下げてから、足を掴まれて、その場から動けなくなっているヘルムス様の方へと向かう。
なお、本番ならばこうしている今も闇人間は侵入者が居ると叫び続けているのだが、今はワタシが手動で隠蔽を上乗せして、音を消している。
「素晴らしいですね。流石はミーメ嬢です。まるで動けません。それでミーメ嬢、この魔術はどれぐらいの時間維持されるのですか?」
「拘束部分については一時間。と言うところですね。検知については無補給でも一か月ほどは維持できるようにしてあります」
「なるほど。では解除していただけますか?」
「……。いえ、折角なので自力で解除してみて下さい。ヘルムス様でどれくらいの時間がかかるかによって、警備の方の動きも変わるでしょうから」
「分かりました。頑張らせていただきます」
ヘルムス様は見るからに楽しそうな雰囲気を滲ませると、その場に水のクッションを作り出して座り、ワタシの魔術がどんな物かを解析し始める。
ちなみにこの魔術。
系統としては呪いの一種であり、『八顕現』で言うならば付与を主体とした魔術である。
つまり、検知範囲を通り抜ける瞬間に、通り抜けた相手へ魔術を付与。
この魔術は付与された人間の影から闇人間を出現させると言うもので、出現した闇人間は事前指示に従って影の主を物理的に拘束しつつ、叫び声を上げて警報を発するのだ。
なお、当然ながら四属性魔術であるので、強度は折り紙付きとなる。
まあ、それでも一度付与した後に追加で魔力を注ぎ込む事はないので、時間経過で解除されてしまうし、ヘルムス様ほどの実力者ならば数分もあれば解除できてしまうだろう。
なので、今回の魔道具はレリックとは呼びづらい程度の出力しかない。
「それではヘルムス様が頑張っている間に質問を受け付けましょう。何かありますか?」
「ミーメ様。今回の魔道具はどのようにして人間とそれ以外を見極めているのですか?」
「ワタシの第二属性ですね。なので、他の方が真似るのであれば、大きさなどの条件で見極める必要があると思います」
「ミーメ様。この魔道具では飛来物は防げない。そう認識しても良いですか?」
「むしろそう認識してください。この魔道具はあくまでも、人の不法侵入を防ぐのみです」
「ミーメ様……」
警備の方々から次々に質問が飛んでくるので、ワタシは順番にそれへと答えていく。
うんうん、業務に熱心かつ忠実なようで、流石は公爵家の警備を勤められている方々である。
「解除できました。ミーメ嬢」
「おめでとうございます。ヘルムス様」
そうこうしている内にヘルムス様が魔術の解除に成功した。
おおよそ五分ほど。ヘルムス様の足や周囲に残っている痕跡から見た限りでは、魔力量でゴリ押しした部分も多少見られるけれど、基本的には丁寧にやったようだ。
「それでヘルムス様。体に不調などはありますか?」
「そう言うのはありませんね。足首が強く掴まれて跡が残るような事にもなっていません。これならば何処からも文句が出る事はないでしょう」
「ならよかった……」
「そう言う事なので、改めて感想を述べさせてもらいますと。今回のミーメ嬢の魔術の素晴らしい点と言えば、まずはその隠密性であり、事前にそこに在ると教えられていたにもかかわらず、付与された瞬間は勿論の事、闇人間が現れて足首を掴まれる圧を感じるその瞬間まで一切の気配を感じる事がありませんでした。これほどの隠密性があるならば……」
「はいはい。長引きそうなので巻きますねー」
ワタシの魔術に対するヘルムス様の感想については後でまた別に聞くとしよう。
今は警備の方たちも居るので、ヘルムス様だけに関わっているわけにはいかないのだ。
「これで分かったとは思いますが、ワタシの魔道具はあくまでも足止めです。なので、その後については警備の皆様次第となります。くれぐれもよろしくお願いしますね」
「「「了解いたしました!」」」
ワタシの言葉に警備の方たちが元気よく応える。
うん、これならばストリンさんは勿論の事、ボースン様、それとボースン様の奥様であり妊婦でもあるテレス様の安全も守られる事だろう。
「にゃーん」
不意に猫の声が響く。声がした方にワタシたちの視線が向く。
うん、猫だ。それも白猫とは珍しい。ちょうど柵の隙間を通り抜けるようにして、公爵家の庭へと入ってきた。
白はこの辺りだと目立つ色なので、逃亡にも狩猟にもマイナスに働く。
よって自然界では生き残るのが難しい色なのだけれど……。
ああ、目の色からして光属性の魔術を使えるのか。
なら、何もおかしくはない。
脅威を感じなかったので、ワタシは視線を戻す。
「ただ、今見て貰った通り、反応するのはあくまでも人間だけです。以前にあったノスタの件のように、魔物やそれに類する者には反応しません。その点にも注意を払ってください」
「「「了解いたしました!」」」
ワタシは折角なので、今の猫を話に盛り込んでおく。
実際、公爵家に何かしたい人間が魔物を利用してくる可能性は、低くはあっても皆無ではないだろうから。
警戒しておいて損は無いだろう。
「それでは、これからもよろしくお願いします」
「はい。こちらこそよろしくお願いします。『闇軍の魔女』様」
「ではミーメ嬢。夕食の時間までは、王都屋敷の中を案内いたしましょう」
「はい、エスコートお願いします、ヘルムス様」
「勿論です」
ワタシはヘルムス様にエスコートされて、公爵家の中へと入っていった。
無害な猫です。脅威を感じません。なので気にされず、愛されるだけなのです。
06/15誤字訂正




